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四章・道を繋ぐもの(2)

「あ、ああっ……!」

「スズ……!」

「ヒメ、ツル……!!」

 光に包まれた者達は涙した。胸の中で熱が広がっていく。優しく懐かしい温もりに全身が包まれる。この青い輝きは≪世界≫神マリアの力。精神を司る彼女の権能が発揮された証。記憶ではなくスズランの心が、ヒメツルの心が彼等の中に流れ込んで来る。

 最初は、どうしてなのか不思議に思った。何故自分達がこんなに“愛されている”のか理解出来ない。あの少女は世界の全てを愛している。いや、それはきっと自分達の世界に留まる話ではない。

 彼女はあらゆる世界と、そこに存在する全てのものを深く愛している。

 しばし戸惑い、やがて理解した。


 それは彼女自身が、全ての母マリア・ウィンゲイトだからなのだと。


「さあ、一緒に戦いましょう」

『はい』

 マリア──スズランの声に答えたのは彼等の中の誰でもなかった。いつの間にか小さな背中の隣にメガネをかけた金髪のメイドが一人立っている。この世界の人間は誰も彼女を知らない。異世界から来た二人だけが呼びかける。

「レインさん!」

「やった、繋がったんだ!!」

『ご無事で何よりです雨音(あまね)様、雨楽(うがく)様。今ならいけます。ウィンゲイト様の御力で接続が確立されました。手筈通り同期を』

「はい!」

 雨音が頷き、両目を藍に輝かせる。ネットワークからもたらされた≪時空≫の力が彼女の意志に従い、本来なら人の身では不可能な奇跡を引き起こす。

雨龍(うりゅう)さんの世界の時間と、この世界の時間を同じ速さに!!」

 彼女の力は生身での界球器間跳躍と本来は異なる速度で流れている二つの世界の時間の同期を可能とする。

 この世界の時間は彼女や彼女の仲間達の世界に比べ極端に流れが速い。だから過去五回ソルク・ラサが使われた時にも救援を送り込む暇が無かった。そもそも多数の人間を特定の世界へ送り込む方法さえまだ確立していない。

 しかし彼女が現れた。雨音の力があれば時間の流れる速度を同一に出来る。さらに彼女と雨楽の貢献によって助け船を出す方法も開発された。

 AIメイド・レインを通じ、彼女の開発者がスズラン達へ語りかける。


『やっとしっかり繋がったな。俺は浮草(うきくさ) 雨龍(うりゅう)。そこにいる雨音と雨楽の仲間。早速だが、あんたらに贈り物がある。受け取ってくれ』


 また何かが─、新しい何かが自分達の中に流れ込んで来る。人々がそれを感じ取ったのと同時、彼等を包む青い光の柱に異変が起きた。


『消え失せろ、有色者(ゆうしきしゃ)!!』


 ミナの影が界壁を砕きながら巨体をさらに深く潜り込ませ光の柱を掴んでいた。さらにそのまま握り潰そうとしている。青と黄、二色の光がせめぎ合う。

 ネットワークと繋がったのは界壁だけでなく界球器まで貫くこの柱のおかげだ。だからこれが消滅するとまたしても接続は断たれてしまう。かといって七度目のソルク・ラサを使ったりしては世界が耐えられないだろう。

「ミ、ナ……ッ!?」

「く、うっ!?」

 スズランと同期能力によって接続の維持を補助している雨音の二人が、その圧力に抵抗して苦痛に喘ぐ。柱のダメージがフィードバックされてしまうらしい。

『邪魔をするな!!』

 アルトラインが巨大な剣から光の刃を放出し一太刀で腕を断つ。ところが一瞬のうちに再生され元通り繋がってしまった。

『くっ……!!』

 やはり自分達では無理か。下位の神々の力では最上位神を再現した“影”にダメージを入れられない

 彼がそう思った時──音が消えた。


『えっ?』


 呆然と自分の腕を見下ろすミナの影。何者かに手首から先を切り落とされた。何故だか再生も遅い。

『ぐ、う……あああああああああああああああああっ!?』

 遅れて痛みが襲って来る。痛い? オリジナルの始原七柱に次ぐ深度に身を置く自分が痛みを感じている? それほど深いダメージを受けたと?

「今です、雨音さん! 雨楽さん!!」

「はい!!」

 雨音が再び目を藍色に輝かせる。その光が全身に広がり、アイビーと同じように彼女の周囲の時間だけを遅延させた。

「あ……雨音ちゃんは僕に任せてください!!」

 復活した≪生命≫の力を放ち雨音に注ぎ込む雨楽。彼女の身体にかかる負荷を軽減させ能力の持続時間(タイムリミット)を伸ばす。

 光の柱に魔力を注ぎ、こちらも接続の維持に努めるスズラン。とはいえ、どれだけ奮闘しても数分が限界。勝敗はその短い時間にかかっている。

「それにしてもあの人、どうやってここまで来ましたの?」

 笑って西を見やる彼女。視線を追った人々は荒野を歩き、ゆっくり近付いて来る人影を見つけた。

「見て! あそこに誰かいる!!」

「あっ!」

「王子様だ!!」

 目を輝かせるノイチゴとヒルガオ。


“やあ、久しぶり”


 郵便配達員クチナシは手話で挨拶するなり、剣の柄に手をかける。

 そして目にも留まらない速さで一閃し、納刀。


『な──っ、あ!?』


 一閃、ではなかった。あの距離から瞬時にどれだけの斬撃を放ったのか、斬り刻まれたミナの影はバラバラになって地に落ちる。

 だが彼女は、それでも他の影達のように霧散しない。


『ふざ』『けるな!』『人間』『ただの人間のくせにっ!!』


 落下した破片の全てが大小無数の影となる。そして、それぞれの両手から魔力弾を放った。とても避けられる密度ではない土砂降りの雨。

 それを見上げたクチナシの目が突如虹色の輝きを宿す。彼女の中にも何か──否、誰かが訪れようとしていた。




『マスター、アップデートパッチ、全現地住民に適用完了です』

 薄暗い部屋で液晶モニターを覗き込み、周囲で響く轟音爆音に怯えながら彼女の開発者である浮草 雨龍は、それでも笑って精一杯に強がってみせる。

「よっしゃ、実行だ!!」

「まだなの雨龍!?」

「早くして!!」

「だから今、実行したよ!!」

 ここはいつもの自室ではない。鏡矢(かがみや)グループ本社ビルの最上階にある社長室。この状況に到るまで色々あった結果、やむなくここに立て籠もることになった。家から持って来たノートPCを操りスズラン達を支援する彼は、どうやら優先的に排除すべき対象となったらしい。この世界の月からも怪物達が現れ、地球に降り注いだ。

 そして両親と(しずく)日華(にっか)の四人が必死に彼を守っている。

「クソッタレのバケモンどもが!!」

 際限無く窓から入って来る蜘蛛のような怪物。それを素手でぶん殴る日華。風圧だけで大量の敵が飛んで行った。

「鬼のアンタが言うかね!!」

 空から飛んで来る敵をクチナシも顔負けの遠隔斬撃で撃墜する雫。

「うるせえ、あいつらよりゃまだオメエらに近えだろ!!」

「まあねっ!!」

 外では他の生存者達も戦い続けていた。退魔の家系である鏡矢家と神霊妖魔保護特区を束ねる夏流(かながれ)一家が中心になり、かれこれ一時間ほど抵抗を続けている。

 とはいえ敵の数が多すぎる。次第次第に押し込まれつつあった。

「本当にその“ヒメツル”って子を助けたら、こっちもなんとかなるんだろうな!?」

 父が息子を問い質す。駄目息子だと思っていた。三十路半ばで家に引きこもりパソコンばかりいじくっているクソニートだと。

「なるさ! 必ず!」

 ところがその駄目息子が、どういうわけか今、世界の命運を握っているらしい。すでに通信回線なんて断たれたはずなのにどこかと通信し続ける不思議なPC。彼と妻の役割はそれを動かし続けるための電力供給。手回し発電機で必死にバッテリーを充電する。

 通常の電力網はすでに破壊されているし、ビル内の自家発電機も止まった。だからもうこれしか息子の持って来たPCを動かし続ける方法が無い。モバイルバッテリーで充電可能な低消費電力の端末だったのが唯一の救い。

「も、もうダメ……」

「手を止めるな母さん!! あと何分かだ、それできっと決まる!!」

 根拠は無かった。けれど、あと数分で決まらなければ全て終わる。だから雨龍は母を叱咤する。

「そうだよ姉さん! 頑張って!!」

「し、雫……」

「姉さんなら出来るし、雨龍にも出来る!! 姉さんの子なんだから!!」

「そ、そうね……あたしが、この子を信じなきゃ……!!」

 己を奮い立たせ再び発電を始める静流(しずる)。彼女と夫、彼女の息子を狙って群がる怪物達を雫と日華が切り払い、押し退ける。

 すると、いきなり舌打ちした日華が窓の外へ身を乗り出した。

「ちょっと!?」

「キリがねえ!! オレは大元を叩くからテメエはここを守ってろ!!」

 空中に身を躍らせた彼の巨体がさらに大きく膨れ上がる。皮膚が青くなり額から二本の太い角が生えた。

「夏流を舐めるなよ、バケモン!!」

 眼下では球形の黒い影が次々に怪物を生み出していた。




(おや? なんだべ、こりゃ?)

 飛来する無数の魔力弾。斬って迎撃するしかない。でも周囲に着弾した分の余波だけであっさり死んじゃえそうだなあ、などと困り顔で考えていたクチナシの視界に、それまで一度も見たことの無い奇妙なものが表れる。

 敵の攻撃の軌跡と予測される弾道。そしてどこをどう斬り、どのように移動すれば生き延びられるかを示す数手先までのイメージ。

 胡散臭いが一か八かだと思って従ってみた。必要な分だけ魔力弾を斬り、ここへ行けと示された位置にするりと滑り込む。

 次の瞬間、斬った魔力弾が空中で弾け、爆発に他まで巻き込み最高のタイミングで彼女の滑り込んだ空間に被害の空白地帯を生んだ。そんなことが立て続けに発生する。

 気が付いたら本当に弾幕を抜け生き延びていた。冷や汗ものではあったけど。

(うわ、すげ)

 自力では絶対無理な芸当。素直に驚いた彼女の脳内に声が響く。


『君は剣士か?』


(んだす)


『どうやら、私と最も相性が良いのは君らしい』


(そりゃ光栄だあ)


 クチナシは変態。だから声だけでわかる。

 相手は物凄い美女だと。


『力を貸そう。私の“眼”を役立ててくれ』


(お名前は?)


『アイズ。アイズ・アルトルだ』


 いい名前だなと思いつつ、クチナシは再び剣を振る。


『なんなの!?』『どうしてよっ!!』

『これだけ撃ってるのに!!』


 ミナの影達がさらに魔力弾を放つ。しかしやはり当たらない。未来を予知しているかのような最小限の動きで謎の剣士は攻撃を切り払い、躱し続ける。


『あれは……まさか私と同じ……』

「そうです、アルトライン」

 驚愕するこの世界の眼神(がんしん)にスズランは教えてやった。

「あれは別の界球器(せかい)にいる貴方と同型の神の力。その眼でよく見ておきなさい。下位の神だからと言い訳をして我々上位神に勝てないと諦めているうちは、あのようになれません。貴方達にも人間と同じ“無限の可能性”があるのです」

『我々にも……』

『七柱を超えられる可能性が……』

 クチナシの活躍を目の当たりにしたことでストナタリオとケナセネリカの意識にも同様の変革が起きた。自分達でも上位の神々に打ち勝つことは出来るのだと。

 直後、ミナの影が通って来たのとは別の穴から何体もの巨獣が侵入して来た。ドラゴンやそれに近い神話の獣達。魔素を使って再現された超巨大記憶災害。人間が相手取るには大きすぎる。

『ウィンゲイト様、あれらは我々が引き受けます!』

「頼みます」

『行くぞ、ストナタリオ、ケナセネリカ!』

『うむ!!』

『もうすぐあの子達も来る!! それまで食い止めるわよ!!』

 巨獣の群れに立ち向かって行く四方の神々。

 そして超常の戦闘を見ていることしかできなかった人々にもまた大いなる変化の兆しが表れ始めた。


「力を……貸してくれるというのか?」

 ルドベキアの目が緑に。


「すごい! すごい力が漲って来る!」

 ユリの瞳が橙に。


「なるほど、スズラン様の仰る通り、これならば──」

 ハナズの瞳は紫になった。


「いける……!」

「これなら、我らも──」

「ウィンゲイト様と共に戦える!」

 次々に輝きを帯びる人々。老若男女関係無くこの地に集った数万人全員に祝福が、かのネットワークの恩恵がもたらされる。

 そして地上に虹が生まれた。

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