正夢
とある日の事だった。OLをしている真矢は会社にいた。
彼女は勤務年数15年のベテランであり、他のOLから尊敬されていた。入社当初は人見知りであまり喋らない性格だったが、年数が経つほど、温厚で優しい性格になった。
そんな真矢はパソコンで仕事をしていると
「いつになったら分かるんだ!」
その声は部長の声だった。どうやら男性部下を怒っている様子だ。
「この報告書は、こういう書き方じゃないだろ」
すると、隣にいた同期の熊岡が
「また怒られてるよ」
「いつもの事じゃない」
確かにこの部下はいつもこの部長から叱られている。ゆとり世代とはこういうことだと言うほど、ピアスはして金髪に染めている。20代と言っていたが、親はどういう教育をしたんだというほどチャラついている。
「まぁ、私は関係なし」
熊岡はすぐに仕事に戻る。確かに私と彼とは全く接点は無い。関係なしといえばそれまでだが、実はこの同じ光景を見るのは2回目なのだ。
それはなぜかと言うと
夢で見たからだ
昨日の夜、この光景を夢で見た。いわゆる正夢というものだ。
実は小さな頃から正夢というものをよく見ており、嘘かもしれないが阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件なども、正夢で見たことある。
この事は誰にも言っていないが、恐怖以外何物でもなかった。
しかし、2000年を過ぎてから正夢を見ることは無く、少しホッとした生活を送っていた。
だが、この1週間からまた正夢を見るようになった。日常の至る所を見るようになっていて、少し恐怖を覚えていた。
「どうしたの?」
じっと見つめている真矢を見て、熊岡が心配そうに言う。
「大丈夫よ。ありがとう」
笑顔で言うが、少し気にしていた。
以前、大地震・大事件を正夢で見たこともあるため、またそういう夢を見たらどうしよう、そう思いながら仕事を終え、家に戻る真矢。
一人暮らしで誰もいない中、疲れていたせいか、ソファに横になり、寝てしまう。
夢の中では、自分は会社の中にいた。
周りには誰もいなく、自分だけいた。
「誰に向かって口きいているんだ!」
誰の声だろう。そう思い後ろを振り向くと、例の部長が男性部下を怒鳴っていた。真矢は何とも思わずに見ていると、突然
「うるせぇな、このクソジジイ」
そう言い、部下が部長をナイフで何度も刺し始めた。止めようとしたが体が動かずに固まっていると、夢が覚めた。
自分はソファでそのまま寝てしまい、気づいたら朝の4時になっていた。慌ててシャワーを浴び、朝食を食べているといつの間にか朝になっていた。
いつも通り、出勤して部屋に入ると、周りがざわついている。何事かと思い、近くにいた熊岡に
「どうしたの?」
「大変よ真矢。部長の様子が変だよ」
「え?」
すると人ごみの向こうから
「誰に向かって口をきいてるんだ!」
どっかで聞いたことのある言葉だな。そう思いながら人ごみを分けて、一番前まで行くと、少し奥で、部長と男性部下が口論していた。
「お前いつになったら、その口調を直すんだよ。これ何十回言ってきた。いい加減覚えろよ」
部長がいつもより激しめに怒鳴っていた。すると男性部下がズボンのポケットからナイフを出して
「うるせぇな、クソジジイ」
と言いながら、部長に指し始めた。周りが騒ぎ始め、他の社員が男性を取り押さえる。部長は血を流し、倒れていた。
その時、真矢は思い出した。
正夢だ
昨日見た夢がまさにそうだった。しかし、まさかの事で固まってしまっていた。夢と同じ光景だ。
この後、すぐに部長は病院に運ばれ、すぐに死亡と確認されたことを午後に知ったのである。
さすがに怖くなり、今日は熊岡の家で泊まることとした。
熊岡も独身で一人暮らしだったため、部屋は散らかっており、自分の家とは大違いだった。片付けが苦手だなと、すぐに真矢にも伝わるほどだった。
「もうちょっと片付けなよ」
「うるさいな」
笑顔で言う熊岡。同期で同じ苦難も乗り越えた仲間で、今は親友と言ってもいいほどだ。
夜中、酒が進み、2人は気づいたら寝てしまっていた。
夢の中では、自分は熊岡と一緒に道を歩いている。周りはビル街でどうやら、銀座の街を歩いているみたいだ。
すると、靴紐がほどけ、結んでいると
「真矢、早くしてよ」
熊岡が笑顔で言う。
「あっ待って、今行く」
結び終え、熊岡の方に行こうとすると、突然上から熊岡目掛け、隣の店にあった看板が落ちてきた。真矢は思わず腰を抜かしてしまい、座っていると下から這いつくばって熊岡が
「助けて」
と真矢に向かって来ていて
「やだ。来ないで―」
叫んでいると目が覚めた。飛び起きると、熊岡が朝食を作っていた。
「あら起きた?」
「うん」
時計を見ると9時を過ぎていて
「やばい。遅刻しちゃう」
慌てて起き上がると
「何言ってるの?」
「え?」
「今日は土曜日じゃない」
「あっそっか」
確かに昨日は金曜日だったのを今思い出した。少しホッとしながら思わず座り込んだ。
コーヒーを入れたコップを持ってくる熊岡。
「ねぇね。今日さ、どこ行く?」
「え?」
「覚えてないの?一緒に出掛けようって昨日言ったじゃない」
「そうだっけ?」
コーヒーを飲み始める熊岡。
「あっ銀座かどう?」
真矢は、なんでそんなことを言ったのかわからずにいた。本当は新宿や渋谷でもよかったのに、行った事もない銀座に行こうと言ったのは、正直に言って意味が分からなかった。
しかし、熊岡は笑顔で
「いいよ。銀座だったら私行きたい店あるんだよね」
本当は変えたかったが、熊岡の笑顔を見ると行くしかなかった。そう思い、2時間後には銀座でショッピングをしていた。
楽しんでいる熊岡の見ると、あの正夢が起こらないことを祈るしかなかった。
帰り際、ビル街を歩いていると、靴紐がほどけていることに気付いた。
「ちょっと待って、靴紐がほどけたから」
「うん」
熊岡は沢山の買い物袋を持っていたため、あまり待たせるわけにはいかなかったが、思ったほど靴紐が結べずにいて
「真矢、早くしてよ」
熊岡が笑顔で言う。
「待って、今行く」
ふと夢の事を思い出し、上を見ると看板が今でも落ちそうだ。思わず助けに走ろうとすると、誰かに腕を引っ張られている気がして見ると、そこには
熊岡が私の足を引っ張っていた
思わず叫んでしまう。すると大きな音がして、その方向を見ると看板が既に落ちていた。明らかに買い物袋が散乱しており、熊岡が下敷きになっているのは確実だった。
その後、熊岡が救助されたが、即死だったらしい。
警察から事情聴取され、家に帰ったのは夜の12時過ぎだった。ショックと疲れですぐにベッドで寝込んでしまった。
夢の中では、自分はとある住宅街にいる。今まで見たことのない場所に戸惑いながらも歩いていると、小さい子供が後ろから自分よりも先に走っていった。
「危ないな」
そういうと、子供が目の前でトラックに轢かれたのだ。
その瞬間目が覚めた。気づくと汗を少しかいていた。今までに汗をかいたことは無かったため、よほど危険な夢だと思っていると、携帯に着信が入っていた。
相手は中学校の同級生である夏帆で、すぐに掛け直す真矢。
「あっもしもし」
元々明るい子だったため、いつも通り明るい声で
「あっ真矢。元気?」
「う、うん」
苦めな声で言う。元気と聞かれて、元気と答える気力ではなかったからだ。
すると心配そうな声で
「大丈夫?丁度私家いるんだけど、良かったら遊びに来る?」
「うん」
元気が薄れていた自分にとっては、嬉しい一言だった。
笑顔になり、しばらくして夏帆の家に向かう。
住宅街を歩いていると、一瞬足が止まり固まった。
ここ夢の場所だ
そう思っていると、後ろから男の子が真矢の先を走っていった。
「あっ、あぶ」
一瞬口が止まった。もし危ないと言い、飛び込んでいったら私が轢かれてしまう。それは避けたい。酷い話だが見過ごすことにした。
すると、当然夢通り、男の子はトラックに轢かれた。少し音が大きく驚いたが、夢通りだと思い少し冷静に、その場を通り過ごそうとした。
周りには、跳ねられた男の子を救おうと、大勢の大人が集まっていた。すると一人の男性が
「おい、まだ意識がある」
その声に足が止まった。夢ではこの後の展開は見れてないため、本当は救ってあげたいがその場を黙って後にした。
その日は、何食わぬ顔で夏帆と一日を家で過ごし、夜に帰ることにした。
実は、その日のニュースで、子供が亡くなったということも、夏帆の家で知ったのである。その時、夏帆は席を外しており、なんとか難を逃れていた。
帰っている途中、とある公園を通り過ごそうとしたとき、ふとブランコを見ると
誰かいる
本当は通り過ごそうと思ったが、何故か足が勝手にブランコの方に近づき、子供の前で足が止まった。
よく子供の顔を見ると、唖然とした。
轢かれた子供だ
すぐに逃げようとすると
「お姉さん。逃げるの?」
ゆっくりと振り向くと、子供が笑っていて、声が完璧に違う声で
「この人殺し」
少し震え呼吸困難になりながらも、走って逃げようとすると、何故か近くの砂場の中で転んでしまう。
すると、砂場から手が出てきて、足を引っ張り始める。
「助けて。たすけ…」
そのまま砂場の底へと引きずられていった。
その後、砂場の中から、真矢の変わり果てた遺体が発見されたのであった。
~終わり~