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アヴニール・ネクト  作者: Yohei
エルドラ編
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第1章9話 愛

1人の男が謎の女に出会って始まった彼らの物語は着実に前に進んでいる。

クリスマスの一件を経て、彼ら彼女らの関係性は大きく進展した。

南と真司はお互いに気持ちを伝え合い、2人で支え合いながらも変わらず毎日からかい合っている。


そして貫とシルフィはクリスマスの後、シルフィがずっと研究所で生活するのは流石にまずいということで貫の一人暮らしの家で同棲することとなった。

はじめは啀み合っていた2人だったが、次第に関係を深め、お互いの一番の理解者となっていた。

そして彼らが出会って3年後の冬、一つの元気な産声が響いた。


研究所へと続く並木道。

そこにはあいも変わらず2人の男女が歩いている。


「なんか緊張してる?」

「そ、そんなわけないだろ」


貫にとっては何回も通ってきた道だが今日に限っては全く違う道に見えていた。

隣にいる妻の両手には1人の男の子がすやすやと眠っている。

名前は篤。

彼の目はシルフィのような朱色みがかかった綺麗な瞳で、彼の口は貫のように小さく薄い。

そう彼は2人の間に生まれた子供である。


そして今日は篤が生まれて初めて真司と南に会う日。

事前に報告してあるのだが、いざ人に見せるとなるとどこか恥ずかしい。

隣のシルフィは全く緊張していないようだ。

彼女の平気な態度に苛立ちを覚え、ちょっかいをかけた。


「シルフィこそまた泣かせるなよ」

「はぁ?あれは貫のせいでしょ?」


怒った。

結婚してからというもの、シルフィの貫に対する態度はさらに強くなっていた。

しかし、これも彼女が心から貫のことを信頼している証だろう。

そう思うと苛立ちよりも嬉しさが優ってしまうのだ。


「ごめんごめん」


何回繰り返したかなんてもう分からない。

でもその一つ一つが今の2人を作っている。

こんな何でもないやりとりが今の貫にとっては大切なひと時なのだ。


「南たちなんていうかな?」

「はしゃぐだろうな」


反応を気にする南の表情は好奇心に満ち溢れており、まるで悪戯をする子供のようであった。

そう、恥じらうことなんて何もないのだ。

素直に感謝の気持ちを伝えよう。

そう決心した貫であった。


そしてついに研究室のドアの前。

シルフィは赤ん坊を抱えているので、貫がドアを開けた。


「うぃーす」


いつも通りの雑な挨拶をしたが、そんなことには一切の反応を示さず2人とも貫の後ろにいるシルフィのもとへと駆け寄っていった。


「おめでとう、シルフィ」

「きゃー可愛いー」


2人ともの注意がシルフィとその両手に抱える赤ん坊にいってしまった。

いつも以上にテンションが上がっている2人の対処に困るシルフィ。

今こそ夫の出番だ。


「それぐらいにしておけ」


「何よー、貫はいつもこの子と遊んでるんだろうけど私たちは待ちに待ってようやく会えたのよー」

「そうだそうだー」


調子に乗った2人の勢いは貫の力ではどうにもならないと一瞬で悟った。

ため息とともに安堵が漏れた。

自分が緊張していたことが何だったのか今ではもう分からなくなっていた。


「じゃあ、みんなも来たことだしそろそろお祝いしよっかー」


赤ん坊と遊ぶのに満足したのか南はせっせと準備を始める。

以前にも増して母親感が増している。


「真ちゃんも手伝って」


まだ赤ん坊と戯れている真司を強引に引き剥がし、準備を手伝わせた。

こちらでも力の差が大きくなっているのだろう。

かわいそうに。


それからは彼らとの会話を楽しみながら夕食をとり、いつも以上に賑やかな空間が広がった。

夕食も終わり、南は研究所の台所でケーキを準備し、シルフィは紅茶を入れている。

赤ん坊は男2人に預けて、ぎこちない様子を楽しむシルフィはどこか機嫌が良さそうだ。


「私たちが出会ってもう3年だよ」

「早いよねー」


初めて出会ったあの雪の日を思い出し感傷に浸る。

この3年間でいろいろなことがあった。

何もないシルフィとただの研究員の貫が出会い結婚し、子供までできることを誰が想像できただろうか。

シルフィにとっては感謝でしかないのだ。


「これからもよろしくね」

「こっちこそ」

「っつ!?」


話に入り過ぎてしまったせいか、ケーキを切っていた南は間違えて自分の指を切ってしまった。

その指からは徐々に彼女の血が滲む。


「大変!」

「絆創膏、絆創膏」


慌てて部屋に置いてある絆創膏を取りに台所を離れるシルフィ。

切った南以上に焦るシルフィを見て笑いながら傷口を水で洗う。


「大したことないよ、傷も浅いし」


すぐに南のもとへ絆創膏を持ってきたシルフィはシールを剥がし指に貼り付けようとした。

南の指から溢れるほんの少しの血を見たその時、


シルフィの形相が一瞬にして青ざめた。

まるで何かを恐れているかのように。

突然フリーズしたシルフィに疑問を持ち南は呼び掛けた。


「シルフィ?」

「はっ」


まるで現実世界に引き戻されたかのように目に焦点が合い、辺りを見回した。

視界の先には心配そうに見つめる南がいるが、それでもなお現実を受け入れられずにいた。


「大丈夫?」


彼女の異変に気づいた南が心配の声をあげる。


「大丈夫」

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」


明らかにいつものシルフィとは様子が違っていた。

南の横を通り過ぎるシルフィの頬にはわずかに涙が流れていた。


心配する南はこのことをみんなに話すべきか迷っていた。

もしかしたら単に調子が悪かっただけかもしれない。

みんなを不安にさせてもしょうがない。

いろんな思惑が南の頭の中を駆け巡り、ひとまず様子を見ることにした。


その後シルフィは何食わぬ顔で戻ってきてみんなと一緒に食後のデザートを楽しんだ。


南の葛藤は帰り際まで続いていた。

彼女なりにどの選択が一番いいのかをずっと悩んでいた。

そして一つの結論に至る。


研究所をあとにし、通り慣れた並木道で楽しそうに振る舞うシルフィと真司を少し後ろから優しく見守る貫。

そして機を待つ南。

先に口を開いたのは貫だった。


「みんな喜んでくれてよかったよ」

「そうだね」


にっこり笑う貫からは優しさが溢れこの人ならばきっと何とかしてくれるだろう。

そう感じた南は決心がついたように真剣な面持ちで貫に呼びかけた。


「貫?」


初めはにっこり笑っていた貫であったが、すぐに南の異変に気づき真剣な顔つきになった。

南も覚悟を決めたように貫の方を向き口を開いた。


「これは真面目に聞いて欲しいんだけど・・・・」


それから今日あった話を貫に伝えた。

シルフィの一番身近にいる貫に助けを求める。

それが彼女にできる唯一で一番の選択だった。


「だから、ちゃんと見ておいてあげて」

「わかった」


貫は優しく彼女からのバトンを受け取った。

南とも付き合いが長い。

彼女がどういう思いで自分に話したのかを貫は痛いほど理解していた。



真司たちと別れ帰路についた貫とシルフィであったが特に違和感はなかった。

子供を寝かしつけ、ベランダのテーブルで休憩を取る。

コーヒーと紅茶の湯気が空に向かって霧散する。


「なにがあった?」


それまで上機嫌だったシルフィの表情が曇る。

何も言いたくないと言わんばかりに貫を睨みつけそして諦めたように優しい声で答えた。


「南に聞いたの?」

「ああ」


やはりなという様子で納得したシルフィはそれでも言いたくないと目で伝える。

これを話してしまったら、また多くの人を巻き込んでしまう。

ましてや自分にとって一番大切な人を。

口を閉ざすシルフィであったが、貫はすでに予想がついていたのだ。


これは出会った当初から決めていたことだった。

いつかは訪れること。

いつかは考えなければならないこと。

南から今日の事件を聞いてからずっと考え込んでいたのだ。


「記憶が戻ったんだな?」


「教えて」

「言っても変わんないわよ」

「それでもだ」


急に立ち上がり、それまでより一段大きな声音で貫を睨みつけた。

そこには不安も、恐怖も、葛藤も、ありとあらゆる感情が複雑に混じり合っていた。


「何で分かってくれないの」

「話しても何も変わらない、、、、、変えられないの」

「それでもだ」


「どうして、どうして、どうして」


彼女の瞳から頬へと一筋の涙が垂れる。

大切な人を守りたい。

自分のせいで不幸にしたくない。

そんな心からの叫びが言葉にできずただ同じ言葉を繰り返すことしかできない。

震える肩を優しく触り、彼女のそばで言った。


「愛してるからだよ」


「困っているなら、聞いてあげたい」

「苦しんでいたら、楽しませたい」

「泣いていたら、笑わせたい」

「たとえ俺に解決できないことでも知りたい」

「どんな時でも、、、、、、そばにいたい」


優しくも力強く語りかける貫の瞳からは今まで見せてこなかった涙が流れる。

そして涙を流すシルフィの頬に手をやり、自分にできる最大限の力で語った。


「それが家族っていうもんだ」


その瞬間彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

声を上げて泣いた。

それまで自分の中で溜めていた感情が溢れ出した。

そんなシルフィをそっと抱き抱え頭を撫でる。


「もう私どうしていいかわかんない」

「大丈夫、俺がいる」


泣きじゃくるシルフィを力強く抱きしめ耳元で囁く。

そして彼女の頬に流れる涙を指で拭き取ると、再び優しい声で聞いた。


「聞かせてくれ」

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