第1章8話 覚悟
12月25日。
クリスマスの日。
みんながお祝いをしている中、東堂研究所では謎の緊張感がたちこめていた。
そこには2人の男女が対面し、お互いに覚悟を決めた表情で機を狙っていた。
「南、昨日はごめん」
静寂を破り先に口を開いたのは真司だった。
あらかじめ貫とシルフィには部屋を出て行ってもらっているので、恥ずかしさも少しは軽減されている。
「私こそ」
お互いに朝とは違い冷静さを取り戻している。
貫とシルフィが相談役になれていた証だろう。
「南は小さい頃からいつも俺のそばにいてくれていて・・・」
「俺はそれが当たり前だと思っていた」
隠していた自分の思いをさらけ出す真司にはいつものような陽気さはなく、緊張と恥ずかしさでいっぱいだった。
南も後追いはせずただ真剣に真司の思いを受け止めようとしていた。
「俺は今のこのみんなで仲良く過ごせる時間が好きだったから自分の本当の気持ちを抑えていたんだ」
「俺が本当の気持ちを南に伝えてしまったら今のこの時間が2度と手に入らないと思ったから」
自分の思いの丈をぶつける真司にはカッコよさなど微塵もなくただ泥臭く素直な人間であった。
いつもなら馬鹿にする南もここでは真剣に聞き入れている。
彼女も今の状況をちゃんと理解しているのだ。
「でも違った」
それまでの弱々しい空気を断ち切るように真司は正面の南の眼を見ていった。
「俺はみんなから嫌われるっていう建前を利用して前へ進むことから逃げていたんだ」
彼は気づいたのだ。
たとえ彼が南と結ばれてもそうでなくとも彼から離れるような人はいないということに。
そんな単純なことをついさっき親友から教えてもらってようやく気づくことができたのだ。
「本当は南ともっと仲良くなりたい、知りたい、繋がりたい」
「・・・・そばにいて欲しい」
そこにはそれまで真司自身が作り上げてきた立ち入り過ぎない微妙な距離感をぶち壊し、また1からスタートすることができる無の空間があった。
もしかしたらみんなとの関係性が変わるかもしれない。
でもまた1から作り直せばいい。
そう思えた真司からは自信と覚悟が伺えた。
「だから今度は俺から言わせてほしい」
「俺は南のことが好、、、」
ずっと真司が南に対して抱いていた感情。
今まで自分の中で封をしていたもの。
その感情を伝えようとしたその瞬間。
「私は真司が好き」
最後の言葉を言わせまいと割り込んできたのは目の前の女の子。
きっと彼女も彼女なりに考えていたのだろう。
そしてシルフィから教えてもらった自分の中の大切な感情。
「今までみたいに仲の良い友達なんかじゃなくてもっと、、、、」
「恋人になりたい」
恥ずかしさのあまり一度躊躇ったが、自分の本心を伝えた南は強く凛々しい人間であった。
しかし、当の真司の頭の中ではそんな感動的な現象は起こっていなかった。
「えーーーーーー」
思わず声を上げた真司は先に言われた驚きと悔しさでいっぱいだったのだ。
昨日の2人でのデートから南の気持ちを知っていた真司は拙いながらも頭の中でどう告白するか、シミュレーションしていたのだ。
それが一瞬で吹き飛んだ真司は動揺を隠すことができなかった。
突然の驚きに南はきょとんとした顔で疑問に満ち溢れている。
「何で南が先に言うんだよ」
「俺が先に言おうと思ったのに」
喉元まで出かかった言葉を先に言われた真司は後味が悪くもどかしくて仕方がなかった。
最後の告白は男である自分から。
そう思っていた矢先だ。
ショックで声を上げることもできない。
舌を向き落ち込むしかなかった。
男にはそういうプライドが往々にしてあるのだ。
南はというと真司が落ち込んでいる理由を知るや否やニヤリと笑い真司に向かってピースポーズをとった。
してやったりという顔だ。
先ほどの凛々しい南とは違いそこには16歳ぐらいの愛らしい子供みたいな姿があった。
「やったよ、シルフィ」
すぐそばにいる真司にも聞こえないくらい小さな声でそう呟いた。
昨日の一件を経て彼女自身も色々と考えていたのだ。
そしてシルフィとの会話で「自分からいかなくちゃ」というアドバイスを胸にここにいたのだろう。
その時、しまっていたドアが開き外にいたはずの貫とシルフィが入ってきた。
「じゃー、今日の準備はじめるか」
何食わぬ顔で2人の間に入ろうとした貫だったが、2人は怪しげな表情で貫を睨みつける。
まさか、完璧なはずなのに。
そう思い振り返るとそこには声も出せないほど大泣きしているシルフィがいた。
出会った頃は人見知りをしていたシルフィであったが、一緒に過ごすうちに感情豊かな女の子になっていたのだ。
彼女なりに思うこともあったのだろう。
しかし、この状況はまずい。
せっかくカッコつけて入った貫のシナリオが台無しである。
「みぃなぁみぃ〜〜」
シルフィは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも南のもとへ抱きついた。
泣き付くシルフィをなだめるように頭を撫でる南。
「よがぁった〜〜」
シルフィの頭を撫でる南からはまるで母親かのような母性が溢れており親子のようにさえ見えた。
微笑ましい2人の様子を側からみる貫のそばに真司がやってきた。
「お前、聞いてただろ」
冗談まじりで怒りを表す真司に貫は一言。
「さーどうだろ」
誰がどう見ても聞いていたと分かるが貫本人はそれでもなおシラを切り続けた。
その適当な返事を聞いた途端、肩の力が抜け真司の表情に笑みが戻った。
「さっ、準備準備」
気持ちを切り替えるようにパーティの準備にとりかかる貫は買ってきたツリーの装飾をし始めた。
それに続くように真司もツリーのもとへ向かう。
肩を並べた2人からは親友という言葉だけでは言い表せられない強い絆があった。
パーティも終わり時刻は21時。
4人はパーティの片付けをしていた。
台所では真司と南がいつものように啀み合いながら仲良く洗い物をしている。
今日、この2人は長年の思いをぶつけようやく結ばれた。
彼らが楽しそうにしているのをベランダ越しに見ている貫は一つ考え事をしていた。
それはシルフィに対する自分の気持ちである。
昨日の一件、そして今日の真司たちの変化。
それを通して貫の中にずっとあったこの感情が少しずつ言語化されていく。
この感情の正体はおそらく・・・・・。
すでに貫は気づいているのだ。
すると背後から戸が開く音が聞こえた。
振り返るとそこには両手にコーヒー入りのマグカップを持ったシルフィがいた。
「はい」
コーヒーを渡されるとシルフィはベランダの手すりに身を預け体を少し乗り出して空を見た。
「今日はうまくいってよかったわね」
「ああ」
今日の彼らの成就には貫だけでなくシルフィの功績も大きい。
自分に割り振られた役目を無事こなせたことに安堵しているのだろう。
空を見る彼女の横顔はまるで彗星のように美しく輝いて見えた。
隣に並ぶ貫は最初に出会ったときのように彼女から目が離せなくなっていた。
「好きだぞ」
思いがけず口から漏れた一言に驚きながらも手を当て抑えた。
きっと聞いてないだろう、そんな微かな希望を胸に恐る恐る横を見た。
一瞬フリーズしたように驚くシルフィであったが、すぐにニヤリと笑い貫を揶揄う。
「え、なんて?」
絶対に聞こえていた。
彼女の性格の悪さを知っている貫はこれが嘘だということはすぐに気付いた。
しかしすでにマウントを取られてしまっている。
先ほど自分で言った恥ずかしいセリフをもう一度言わなければならない空気になってしまっている。
「あー、もうっ」
「好きだ!」
いつからこんなに小悪魔になってしまったのだろうか。
赤く染まった頬の貫はこめかみに手を当て自分の状況を嘆く。
「私も」
その表情には満面の笑みを浮かべており、嬉しさをあらわにしていた。
これはズルである。
不意の告白に耐えられる男など存在しない。
貫ももちろんその衝撃に打ちのめされ撃沈してしまった。
今日1日だけは何も思ったようにいかない貫であった。