第1章7話 それぞれの歩み
12月25日。
世はクリスマス。
年に一度の第イベントを祝って人々ははしゃぎ、ふざけ、楽しむ。
ここ、東堂研究所でも例年通りみんなで集まってパーティーを楽しんでいる、、、、、、、
はずだった。
いつもより空気が重い。
決して何か言い争いが起きているわけではないが違和感を感じずにはいられない。
己の第六感で感じ取った貫はとっさに部屋の窓を開け空気を入れ替えた。
冷酷で強い風が空の彼方から雪を共えて部屋の中に入り込んできた。
ほんの少し風が入る程度まで窓を戻し、いつもならガミガミいう南の方に目を移した。
怒っている訳ではなさそうだが、どこか不自然だ。
今度は真司の方に目を移したら何か考え事をしているようで困った顔は非常に分かり易かった。
まずは情報収集だ。
頭の中で推理モードに切り替わった貫は自分より早くこの研究室にいてより客観的に状況を見ていたはずの女の子のもとへと足を運んだ。
「どうなってるんだ?」
「それが、、、、」
事情を聞くもシルフィは困った顔でどうアプローチすればいいか分からずにいた。
「なんか昨日2人でお出かけしていたみたいなんだけど、そのときにちょっと言い争いになったみたい」
「だろうな」
ある程度の予想はしていた。
しかし普段の言い争いであればお互いに喧嘩して、怒り丸出しの状態になるはずだが今日の2人はそんな雰囲気ではない。
それは表すならまるでお互いが気にしていてちょっとぎこちないような、そんな感じだ。
「じゃあ、俺は真司から事情を聞いてみる」
「南のほうはシルフィに任せてもいいか?」
「わかった」
お互い一緒にいるとなかなか喋りにくいだろうから分断してそれぞれに聞く方が効率的だろう。
そう考えた貫はなにくわぬ様子で真司の近くに行き、できるだけ自然に話しかけた。
「さーてと」
「今日のパーティーの素材の買い出しいくぞ、真司」
「なんで俺が」
「いいから」
嫌そうな顔をする真司を半ば強引に引っ張り2対2の状況を作り上げる。
少し離れた南の方を向き自分の思いついたシナリオを進める。
「俺たち男は素材の買い出しに行くから2人は料理の準備をしておいてくれる?」
「うん」
「任せて!」
元気のない南とは裏腹にシルフィは大きな声で場を無理やりにも盛り上げようとする。
不自然感は拭えないがここは無理にでも引き離した方がいい。
2人には仲良くして欲しいし、貫にとっては単純に居心地が悪いのだ。
面倒臭そうな真司を連れて再び寒空の中に戻っていくのであった。
研究所から少し歩き雑貨屋に向かう最中、2人の男は特に会話をするでもなくボフッと雪に足を埋めながら進んでいく。
気まずそうな真司を横目に貫はことの真意を探る。
「南と何があった?」
「えっ」
驚きが漏れていた。
気づいていないとでも思っていたのだろうか。
こんなによそよそしくしていたら誰だって気づきそうだが。
そんなことに驚きながら貫は釘を刺すように強く続けた。
「何年の付き合いだと思ってんだ、わかるにきまってるだろ」
「そうか・・・・・」
真司は観念したのか、それまで塞いでいた口を開いた。
「昨日、南に誘われて一緒に夜ご飯を食べに行ったんだけど、その帰りにちょっと喧嘩しちまってな」
ここまでは貫も予想していたことだ。
何も言わず説明の続きを促した。
それに応えるように真司も続けた。
「南にどう思ってるって聞かれた」
「それで?」
薄々2人の関係に気づいていた貫だったがいざ聞いてみるとずっしりと重い球を打ち込まれたようだった。
すぐに冷静さを取り戻し、継いを求める。
これではただの惚気話である。
「俺は友達って答えたんだ」
「は!?」
怒りと呆れが同時に襲ってきた。
貫は冷静を装いながらも内部では親友に対する怒りが沸沸としていた。
その思いが溢れてしまったからかついきつめの口調で真司に問いただした。
「お前、南の気持ちが分からなかったなんて言ったらぶん殴るぞ?」
「もちろん、俺だって気付いていなかったわけじゃない」
「それに俺だって・・・・・」
「なんだよ」
何か言いたげな真司を怒気が冷めやらない声音で責め立てる。
「南が好きだから」
「でも、、、、」
続け様に何か言いたげだ。
こんな歯切れの悪い真司は付き合いの長い貫でも初めてだった。
「俺は今の関係が変わってしまうことが怖い」
普段は何も考えていない貫がここまで悩んでいる。
今貫の目の前にいる男は紛れもなく漢であった。
これが彼が本来持っている優しさなのだろう。
「俺、今が楽しいんだ」
はにかむその表情とは裏腹に彼の声には真剣さが増していた。
「南とシルフィと貫と、4人でなんでもない日常を過ごすのが好きなんだよ」
彼の優しさから来る不安なのだろう。
なんでもない日常を大事にする。
そんな誰しもが当たり前だと思っていることを真剣に考えられるそんな優しい奴なのだ。
「俺たちの関係性はこんなことでは変わらないよ」
真司の態度につられてか自然と貫の口調も優しくなっていた。
「漢ならけつはちゃんと持てよ?」
「好きなんだろ?」
つい熱く語ってしまった。
お互いの気持ちを知っているからこそ、親友には公開して欲しくないし素直でいてほしいのだ。
真司もはじめは驚き顔だったが、次第に安心したように柔らかくなり肩の力が抜けたようだった。
そして、諦めたかのように続けた。
「ああ」
場所は変わり、研究室の中。
貫と真司が買い物に行った後、部屋に残されたのは南とシルフィ。
そんな中シルフィは過去にないくらい緊張していた。
貫に託された南の事情聴取とメンタルケア。
こんな大役を果たして自分1人にこなせるのか、そんな不安でいっぱいだった。
「真司と何かあった?」
シルフィが事情を聞こうと近寄ると南も察してすぐに答えた。
「私、昨日真司に聞いたの」
「私のことどう思ってるかって」
真剣なその表情の奥にはどこか寂しそうないつもの彼女らしくない健気な女の子の姿がそこにはあった。
手に持つコーヒーを少し飲み再び話し始めた。
「でも、はぐらかされちゃって」
微笑む彼女の瞳は完全には開いておらず、やはり落ち込んでいるようだった。
シルフィはどう解決したらいいか分からないでいた。
しかし、彼女には一つだけ確認しておかなくてはならないことがあった。
「南は真司のこと好き、なんだよね?」
「うん」
南は少し顔を赤らめ、うなずいた。
これでやっと話す決心がついた。
そう心に決めたシルフィは南にある話をし始めた。
「私ね、昨日貫にキスしちゃった」
ぽけーっとした南にシルフィは隙を与えず追撃する。
「私も貫のことが好き」
「きっと南も私と同じ気持ちだと思って」
南はさらにぽけーっとしていたが、現実にもどり改めて大きく驚いた。
驚きながらも人の恋を素直に応援できる、そんなところが彼女の優しさだろう。
そういう意味では南も真司も似ているのかもしれない。
「男に任せていたらロクなことないわよ?」
「自分からいかなくちゃ」
実行済みの力強いシルフィのアドバイスは説得力が何倍にも増していた。
そして南も覚悟を決めたように顔を上げ、よしと自分を勇気づけた。
「ありがとう」
「私、真司に告白してみようと思う」
振り切った南にはいつもの明るさに加え力強さが感じられた。
まさしくこれは女の顔であった。
「頑張って」
シルフィが応援のエールを送ると、南はニヤリと悪い顔になった。
「でも南すごいねー」
「告白もしてないのにいきなりキスなんて」
あれ?
確かにこれは順序がおかしいかもしれない。
あの時はつい勢いに任せてキスしてしまったけどもしかして私って変態だと思われてるんじゃ?
そう思うと急に恥ずかしくなった。
「もうそれ以上は言わないで、恥ずかしい」
南は吹き出し、笑いの声が響いた。
シルフィも顔を赤くしながらつられて笑う。
この日2人の男女が一歩成長し、残りの2人の男女にとっても転機となる1日となった。