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アヴニール・ネクト  作者: Yohei
エルドラ編
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第1章6話 弱さと強さ

寒空の中多くの人が賑わう通り道。

ほとんど人が通らないこの道でこれだけの人がいるのは一年で1日だけ。

そう、クリスマスの夜だ。

その人混みに混じって2人の男女もまた歩道沿いを歩いている。

その手は強く握られうっすら汗ばむ。


「少しは落ち着いたか?」


返事はない。

ただ小さくうなずき同意を示す。

貫もそれ以上聞くようなことはしなかった。

そこには2人だけの静かな空間が流れ何人たりともそこに侵入することは許されてなかった。


思い返してみればシルフィは金なし、家なし、記憶なしの状態で突然現れたのだ。

不幸の三点セットが揃ってしまっている。

そんな状態で頼れる人なんていたはずがない。

彼女にとって貫たちは唯一の心の在りどころだったのだ。


「ありがとう」


一時の静寂を突き破ったのは隣で歩く小さな女の子だった。

見つけてからほとんど喋らなかった彼女はまだ少し不安な様子だ。

ふと当たりを見回していると周りの客はいつの間にかほとんどいなくなっていた。

それほど貫はふたりの世界に浸っていた。


「私って変じゃない?」

「突然現れて、記憶もないなんて」


シルフィは確認をとるように自分の感情を吐露していった。


「そんな私を貫たちは優しく迎え入れてくれて、、、嬉しかった」


軽く微笑む彼女からは優しさに溢れた暖かい空気が吹き出している。

その言葉は誰がなんと言おうと嘘偽りのないシルフィの本心だった。


「もしかしたらあの人にみんなが似ていたからすぐに受け入れられたのかも」

「あの人って・・・」


聞き慣れない人物。

記憶の無いシルフィがそんなことを知っているはずがない。

その時、貫の脳裏に一つの選択肢が浮かび上がった。


「シルフィ、お前記憶が、、、」

「少しだけだけどね」


シルフィはくしゃっと微笑み空を見上げ再び話を続けた。


「1人で隠れていた時あの人のことを思い出したの」

「その人はいつも私のそばにいて楽しい話をしてくれた」

「それで・・・・・」


少しづつ記憶が戻っているのだろう。

頭にフラッシュバックする記憶をなぞりながら一つ一つ言葉を紡いでいくその時。


「っっ!」


突然の痛みが彼女の頭を襲った。

まるでそれ以上思い出させないように誰かがストッパーでもかけているかのように。


「無理に思い出す必要はない」

「ゆっくり時間をかけていこう」


頭を抱えるシルフィの頭を優しく撫でる。

普段の貫であれば決してこんなことはしないのだが今日に限っては特別である。

あれほど生意気なシルフィがこんなに弱っているのはずっと一緒にいた貫でさえも知らないのだから。


「それまでは俺がそばにいるから」


言いすぎた。

流れでそのまま言ってしまったがこれは相当恥ずかしい。

カッコよく決めたかったが自分の放った恥ずかしいセリフに赤面を隠せない。


「ふふっ」


動揺を隠せずにいるとそれまで今にも消えてしまいそうな弱々しい声音が変わった。

その表情には笑顔が戻り明るいオーラで満ちていった。

貫も言い返そうとしたが彼女の笑顔を見たらそんな些細なことどうでもいいと思えた。

彼女の笑顔には何か不思議な力があるのだろう。

そう潜在的に感じた貫であった。


「しかしシルフィにこんな弱々しい所似合わないな」

「何それ」


この状態まで戻ったらいつもみたいに話せる。

そう思いほっと肩の力が抜け冗談混じりにシルフィをいじった。

シルフィもいつものように不服そうな顔つきになり負けじと言い返す。


「貫だっていっつも真司と南の言いなりじゃん」

「この間だって南に怒られてたじゃん」

「なんだと?」


お互いにムッとした顔で見つめ合うがその頬には怒りの感情ではなくどことなく楽しさが溢れていた。

こんな関係を心地よいと感じる。

暗くて寒い夜空から白くて暖かい雪が降り注ぐ。

そんな冬の夜道を歩く2人の姿がそこにあった。


時刻は0時を回る頃、研究所のすぐ手前で立ち尽くす2人がいる。


「じゃあ、俺はここで帰るから」


シルフィが来てからはとりあえず研究所で生活してもらっている。

住まわせる場所はここしかなかったのだ。

南の家は家族と一緒だし貫や真司と一緒にという案もあったがそれには南が断固として拒否していたのだ。

あの時のまるで猛獣からか弱い女の子を守るような目は2度と忘れることはないだろう。


幸い、ここには貫や真司が研究で夜遅くになった時に泊まって行けるように必要な設備は全て揃っている。

女の子には決していい環境とはいえないがシルフィがこのことで文句を言ってきたことは一度もない。


「ひとりになって寂しいとかって泣くなよ?」


最後の弄りをかますとまたしても不服そうな表情になり怒りの状態を示す。

普段の生意気な態度はイラッとくるが怒らせた時は子供のような無邪気さと可愛さがあり、貫はそれの虜になっていた。


「こっちきて」


表情は変わらず怒ったまま。

ちょっと言い過ぎてしまったもしれない。

そう瞬時に判断した貫は申し訳なさそうに彼女の方に体を近づける。


「!?」


その時貫の唇に柔らかいものが当たった。

マシュマロのように柔らかい感触に2人の温度が重なる。

貫の頭は真っ白になり一切の思考を停止してしまった。

ほんの数秒の口づけが何十倍にも感じゆっくりと時が進む。


数秒後2人の唇離れ女の子は一歩後ろに下がった。

その頬はうっすらと赤らんでいたが、ニンヤリとしてやったり顔をしていた。


「それじゃあね。今日はありがと!」


そう一言残すとシルフィは研究所の方へと走っていった。

その後ろ姿はどこか楽しそうで今にもスキップしそうな勢いだった。


取り残された貫はただ呆然と立ち尽くし唇に残ったわずかな感触を再確認していた。

やられた。

温もりの去った夜空を見上げ大きなため息をついた。

完全な敗北を味わった1日となったのだ。


「今日は眠れそうもないな」


みる影もない小さな肩が冬の寒い道を帰っていくのであった。



小鳥のさえずりが聞こえる並木道。

その真ん中を歩く1人の男。

いつもと違い今日の彼は少し緊張していた。


昨日の衝撃の別れの余韻がまだ残っておりどう会ったらいいのか迷っているのだ。

しかし今日はクリスマス当日。

4人全員が集まってクリスマスパーティをすることになっているのだ。


「あの2人は昨日どうしたんだろう?」


どこかに出かけていたみたいだが、まあ2人のことだ。

いつものように喧嘩しながらも楽しく過ごしたのだろう。

大して気に留めることもなくふと思いついた疑問を流し着々と研究室に近づいていった。


「ふう」


貫は研究室のドアの前で大きく息を吐くと覚悟を決めた表情で部屋に入っていった。


「っはよーす」


出来るだけいつものように装いながら部屋に入るとそこにはすでにみんな揃っていた。


「おはよう」

「うーす」


南も真司もいつもと同じ挨拶を返したが貫はどこか違和感を感じた。

刺々しさがそこにはありすごく居心地が悪い空気を付き合いの長い貫は直感的に感じ取っていた。






チュウしてお別れ。

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