第1章5話 孤独の闘い
季節は12月も中盤。
本格的に寒くなり始め空からは白い雪が降り積もる。
町の外れにある研究所も雪国の中にある洋館のように美しくも壮大で、それでいてどこか不気味な雰囲気を漂わせている。
しかし外の寒さとは正反対にここ、東堂研究所ではサウナのような熱気が充満している。
「これは大問題だ・・・」
「解散の危機だな」
冷静に、しかし諸所の動きから溢れ出る敵対心を何とか抑えて対面する2人は真司と貫。
小さい頃からの付き合いだ。
普段はおとなしい貫も真司には自分のありのままをさらけ出せるのだ。
そんな中2人が争っているのはもう直ぐ迫るクリスマスについてだ。
「どう考えても俺がサンタだろ」
真司は近くにあった指示用の棒を貫に向け大きな態度で説得し始めた。
どうやらクリスマスパーティのコスプレについて激しい議論が展開されているようだ。
すかさず追い討ちをかけるように真司の攻撃が入る。
「・・・それで貫がトナカイじゃん」
「逆やろ」
食い気味のツッコミが入る。
まるで次に真司が何を言うかわかっていたみたいな速度でキレの良いツッコミだ。
貫は押されていたのではなく反撃のタイミングを狙っていたのだ。
長年の付き合いからか2人にはお互いに相手の気持ちが手に取るようにわかるのだろう。
しかしここで引いては男が廃る。
やはり男たるものサンタになりたいのである。
トナカイは嫌なのだ。
貫たちの白熱した論争をよそに研究室のテーブル近くでは女子トークが行われていた。
「シルフィはどっちがいい?」
机にあるお菓子を指し尋ねた。
シルフィは腕に手を当て悩んだ表情であったが一つの決心をした。
「んー、じゃあこれがいい」
「えー、私もそれ気になってたのにー」
「半分ちょうだい、私のもあげるからっ」
両手を合わせる南はあざとくお願いをする。
この効果は男だけでなく、女のシルフィにも効果覿面なのだ。
「仕方ないなー」
まんざらでもない表情だが少し上から目線でお嬢様を装ってるようだ。
貫たちとシルフィが出会ってからまだ1週間ほどしか経っていないが南とシルフィはかなり仲良くなっているみたいだ。
もともと口数の多い子だったから打ち解けるのにもあまり時間はかからなかった。
未だに真司のことは少し怖いらしいが、これに関しては少しずつ打ち解けていく以外に方法はない。
「ところでさー、シルフィは貫とクリスマス過ごすんでしょ?」
「!!!?」
突然の質問にシルフィの顔が赤く染まる。
「見てればわかるよ」
「貫のこと好きなんでしょ?」
赤く染まったシルフィの顔がさらに濃くなっていく。
出会ってから彼女の側には貫がいて当たり前になっていたが確実にシルフィの中では貫という男の存在が大きくなっていたことは誰も否定することはできない。
わざと意識しないようにしていたのだ。
しかし南のひょんな一言が彼女の曇らせていた靄を晴らしてしまった。
「告白しないの?」
「でもまだ会って1週間しか経ってないし」
「そんなの関係ないよ」
いつも通りの活気のある南とは反対にシルフィはもじもじして躊躇っている。
シルフィという女性はここぞという時に力を発揮できないタイプなのだ。
「私は真ちゃんに告白しようと思ってる」
「えっ!?」
シルフィの驚いた顔に南も予想外の顔になる。
何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
自分自身に問いかけるがそれに合う回答は見つからなかった。
「どうしたの?」
南は優しい声音でシルフィに微笑み、聞き返した。
驚いたシルフィの顔はまん丸とした目を大きく開き口元に手を置いている。
シルフィのリアクションはいつ見ても新鮮だ。
「てっきり2人はもう付き合ってるのものだと・・・・」
予想外の答えだった。
今度は南が目を大きく開いて呆けている。
お互いに似たもの同士なのかもしれない。
「そんなことないよ」
いつも元気な南には珍しく肩にかかる髪をくるくると回しながら照れた。
頬を赤く染めライトの光が反射して南の小顔を際立たせる。
頬に手を当てて赤く染まった顔を何とか戻そうとする南にはどこか落ち着きがない。
鏡に写る自分の顔が元に戻ったことを確認すると、未だにクリスマスパーティの言い争いをしている真司のもとへ行き腕を掴んだ。
「真ちゃん、クリスマスイブ私とデートしよ」
「えっ、でもパーティは?」
「次の日にやればいいじゃん」
引き寄せられた真司の手にはしっかりと肌の感触と温もりが伝わり真司の頬が赤くなる。
先ほどまでの南の動揺は消えておりいつもの陽気な南に戻っている。
「私ここに行きたいー!」
そのまま強引に真司を引き寄せると1つの携帯の画面を共有する。
そこにはレストランのページがずらりと並んでいる。
そして部屋の隅にはもう1人の女の子が1人ぽつんと座っている。
さて、1人になってしまった。
それまで一緒にいた南が突然いなくなってしまったのだ。
シルフィの圧に気づいたのか南は振り返りピースをする。
親友だと思っていたのに。
しかしそんなに簡単になれるほど単純な話ではないのだ。
貫のいる所へは少し離れている。
どうやっていけばいいのだろうか。
「何してんだお前」
「!?」
至近距離から突然低く、それでいて優しい声がシルフィの耳を突き抜けた。
驚きのあまりその場から動くことができない。
唯一動かすことができる目を最大限使い辺りを見回すと貫の手には「クリスマス直前夜市」と書かれたチラシを持っている。
「ホントはみんなで行こうかと思ってたんだけど・・・」
「夜市行ってみるか?」
思いもよらない一言に自然と口角が上がる。
嬉しさがこみ上げてくるのだ。
「仕方ないなあ、行ってあげる」
いつにも増して感情をあらわにしているシルフィは何もない純粋な女の子であった。
ご機嫌な様子のシルフィを傍目に貫は微笑む。
世はクリスマス。
一般的に24日をイブ、25日をクリスマスという勘違いをみんな1度は経験する。
そして初めての2人での夜市を経験する男女も未だに今日をクリスマス前日だと勘違いしてやってきているのだ。
「あれ何ー?」
初めての夜市にはしゃぐシルフィ。
その横に半保護者的なポジションでたたずむ貫。
この2人を周りが親子だと思う確率は100%間違い無いだろう。
「すごーい!」
「こっちもー!」
すでに彼女の両手には様々な料理が収まっている。
シルフィはこういったお祭りを経験したことがないのだから無理もない。
今日は完全シルフィに付き合う予定で貫も心構えを済ませてあるのだ。
「あら、貫ちゃんじゃない」
見知った声が聞こえた。
この声の落ち着いた感じ、そしてこの呼び方、あの人しかいない。
貫の予想は確信へと変わっていった。
「お久しぶりです、早月さん」
この人は真司のお母さんだ。
昔から付き合いの長い貫は真司の家に泊まることも多くその際よくお世話になっていたのだ。
「大きくなったわね」
「早月さんこそ」
お決まりの世間話をすると早月さんはあることに疑問を持った。
「貫ちゃんひとり?」
「いえ、今日は・・・・・・」
「!?」
いない。
辺りを見回してもいるはずの女の子の姿がどこにもいない。
一瞬にして血の気がひいていく。
「すみません早月さん、失礼します!」
夜店の中を1人の男が走る。
しかしどこにいるのか分からない。
1人でうろついているとは思わない。
その時、貫の脳裏に以前の光景が蘇った。
そういえば以前にも同じようなことがあった。
あの時は確か自販機の隙間に入って。。。
この辺りで人が入れる狭い場所。
貫の脳がフルスロットルで回転する。
時間にしてほんの10秒。
1つの答えにたどり着いたその時にはすでに貫の足は動き出していた。
夜市の離れにあるトイレ。
そこには1人の赤髪の女の子がうずくまっていた。
以前にも見た光景だ。
ただ以前と違うのは彼女の様子だ。
戸を開けたのが貫だと気づいた瞬間に赤髪の女の子は抱きついて泣きじゃくった。
「側にいてよ」
小さな声で一言。
その一言で十分だった。
彼女はいつ思いだすか分からない自分の記憶と恐怖と闘っているのだ。
もう2度と泣かせない。
そう自分に誓う貫であった。