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アヴニール・ネクト  作者: Yohei
エルドラ編
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第1章4話 何気ない日常

自動販売機が並ぶ休憩室の一角。

電気による僅かな振動がただ淡々と鳴り、その空間だけはスローモーションかのようにゆっくり時間が過ぎる。

中の熱気と外の冷気が混ざり合うどんよりとした空気のもとに2人の男女の姿がある。

締め切った窓から結露が垂れ落ちると男が口を開いた。


「こんなとこで何やってんだ?」


貫は自販機の間でうずくまっている女の子のもとへ歩み寄る。

先ほどまでの元気さと生意気さの影はなく、小さな彼女の肩は少し震えていてまるで何かを怖がっているようだ。


「あの眼鏡のおじさん怖い」


彼女は小さな声でそういうと貫の方を見つめた。

しかし貫には一つの疑問が頭の中を渦巻いていた。

おじさんって誰?

貫は必死にそれまでの彼女に出会ったベンチから研究室までの自分の記憶の中からおじさんを探したがどこにも見当たらない。

それじゃあ次のヒントに頼るしかない。

眼鏡?

その時、貫の頭の中に1人の人物がよぎった。

真司である。

しかし彼は貫と同じ24歳で、おじさんと呼ばれるには些か早い気がする。

半信半疑で貫はシルフィに質問した。


「真司のこと?あの、、、研究室にいた」

「そう」


そうだった。

確かに冷静に考えればシルフィとは研究室の前まで一緒にいたのだから、原因があるとしたら研究室の中にいた真司か南しかいない。

こんな単純なことになかなか気づけなかった自分に落ち込み、自分と同い年の真司が「おじさん」と言われていたことにもう一度落ち込んだ。


「あいつは大丈夫だよ」

「俺の研究仲間だし」

「なんなら眼鏡を外してもらえるように掛け合ってあげるから」


シルフィはまだ納得していないような素振りだったが、いつまでもここにいても仕方がない。

それに2人を研究室にほっぽり出してきてしまっている。

貫は彼女の手をなかば強引に引っ張り再び研究室の方へと戻る。


「あとあいつは俺と同じ24だぞ」

「だからおじさんじゃないよ」


どうしても言いたかったのだろう。

自分と同い年の真司がおじさんとするのであれば貫もおじさんということになってしまう。

そんなことはプライドが許さないのだ。


「じゃああんたもおじさん?」

「おじさんやめろ」


強烈なパンチが入った。

脊髄反射的に返したがこれは徐々に効いてくるやつだ。

おじさんという一言が貫の胸をその後長きに渡ってえぐり続けるのだろう。


「あと、俺はあんたでもない、貫だ」


ずっと前から気にしていたことだった。

誰しもが思うことだろう。

たとえ今日初めて会った人でも「あんた」と呼ばれる度に胸には針が突き刺されるのだ。


「・・・・・・・・・」


何も返事がない。

さてはまたいつものように人の話を聞かずにどこかで遊んでいるのかもしれない。

怒りを交えて隣を見るとそこにはシルフィの姿がある。

一応ちゃんとついて来たことに驚き、そのまま視界を上げると貫より驚いた顔がそこにあった。


「初めて聞いた、あんたの名前」


きょとんとした顔で彼女は貫の方をみた。

瞳に写る自分の顔もまたきょとんとした顔をしているのに気づき少し恥ずかしくなった。

そういえばまだ言ってなかったかもしれない。

もしかしたら彼女はずっと名前で呼びたかったのに分からなかったから「あんた」と呼んでたのかもしれない。

だとしたらこの状況で悪いのは完全に貫である。

責めるようなことを言ってしまったことに申し訳なさを感じ黙っていると虫のせせらぎのような小さな声でシルフィが何かを言っている。


「貫・・・・・そっか・・・・・貫か」


彼女は一つ一つ確かめるように言葉を紡ぎ口角が少し上がった。

どこか嬉しそうだ。

その笑顔にはさっきまでの貫の罪悪感を一瞬で帳消しにしてしまう力が秘められており貫の口角も上がらざるを得なかった。

2人は研究室の方に戻り、そして再び東堂研究室と書かれた部屋の前に着いた。


「今度は逃げるなよ」


シルフィは自信なさげに小さく頷くと貫の服の端を少しつまみ前を向いた。

気づいたらいなくなっていたなんてことがもうないように貫も注意を彼女に向ける。

そして本日2度目のドアを開ける。


「・・・・・・・・・」


1度目とは違い今回は誰も話していない。

おそらくみんな戸惑っているのだろう。

この状況で全てを知っているのは貫しかいない。

果たしてどう説明すれば良いのか。

悩んでいると1人の女が声をあげた。


「もー何してんのー貫ー?」


重い空気の中1人声を上げたのは南だった。

いつもの陽気さで場が和む。

隣にいた真司も入った瞬間は張り詰めた表情をしていたが今は少し穏やかな顔つきになっている。


「いやそれが・・・・」

「ちょっと、貫、その後ろの綺麗な人は誰?」


貫がシルフィのことを説明しようとする前に南の方が彼女に気づいた。

それまでとは明らかにテンションが違う。

女同士シンパシーでも感じたのだろうか。


「きれいー」


南の口から感嘆の言葉が漏れた。

しかしこれは認めたくはないが認めざるを得ない。

貫自身も彼女と話をしてみるまでは見惚れてしまっていたのだから。


「初めまして」

「・・・・・」


緊張してるからかシルフィは声は出さず貫の後ろに半分身を隠し頷いた。

確実に距離をとられているが南はお構いなしに質問していった。


「お名前なんて言うんですか?」

「・・・・シルフィ」


ボソボソと口を開く。

普通であればイライラしそうなところだがここにいる女はそんなやわな奴じゃない。

南はとても嬉しそうな表情で満面の笑みをした。

きっとマゾの血を引いているのだろう。


「年齢は?」

「分からない」


南はいまいち要領を掴めてない様子で貫の方を向き尋ねた。


「どう言うこと?」

「そのまんま」


これでもまだちんぷんかんぷんな顔をするので貫は渋々説明した。


「こいつ何も覚えてないんだって」

「えええぇ!?」

「それって所謂記憶喪失ってやつ?」


そりゃあ誰でもその反応をするだろう。

予想通りすぎて逆に面白いものだ。

貫はどうしていいか分からず先行き不安な声で続けた。


「そうみたい」


一気に大量の情報を聞いたせいか南の頭からは煙が出ている。

きっと南も混乱しているのだろう。

2人が悩んでいるとその時、後ろからもう1人の男が駆け寄って来た。


「どうしたん?」


南との会話が気になったのか真司が割って入って来た。

少し心を開いていたシルフィが一気に軽快モードに入り再び貫の後ろに隠れる。

そもそもことの発端はこいつだ。

こいつの見た目が彼女を怯えさせていたのだから。

真司がシルフィに近づく前に一つ言っておかなくてはならないことがあった。


「真司、ちょっとその眼鏡外してくれる?」

「ん?ああ、いいけど」


まだ何が何だか理解していない様子の真司だがおそらくこれで少しは軽減されるだろう。

貫は自分の後ろで警戒心最大で隠れるシルフィの方を向き話しかけた。


「どうだ、これで少しは怖くなくなったか?」


眼鏡を外した真司は子供っぽさが増している。

普段は眼鏡などつけていないのだが最近伊達眼鏡にハマっているらしい。

よりにもよってこんな時にハマらなくてもと思うが貫はその思いを自分の中で堪えて消化した。

シルフィもまだ少し怯えているようだがだいぶ軽減されているようだ。


「怖っ!?」


聞き覚えのない言葉に驚き真司は繰り返す。

おそらくあまり言われないことなのだろう。

貫だって彼女のヒントから真司にたどり着くのには時間がかかったのだから。


「昔真司に似た人に怖い思いをさせられたみたいなんだよ」


取り敢えず状況を説明はしたが真司も納得はしていないようだ。


「昔エッチなことでもしてたんじゃないの?」

「馬鹿なこと言うなよ」


いつもの2人の何でもない会話を側で聞いていた貫だったが隣の表情を見て驚く。


「ふふっ」


クスクス笑うその表情は純粋な女の子そのものだった。

当たり前だと思っていたけどこの会話は変なのかも知れない。

みんなそう感じたのか、自然とクスクスと笑いがこみ上げ暖かな空気が流れた。


彼女には秘密がある。

そしていずれその秘密と向き合わなくてはならない時が来るだろう。

だけど、今この一瞬はこの4人でのありふれた日常を大切にしていきたい。

そう思う貫であった。

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