第1章3話 運命の始まり
季節は巡り12月、冬の風が肌に触れ白い息が漏れる。
体からは熱が逃げ指先は麻痺したように固まっていく。
白い息と雪のコントラストが絶妙にマッチし幻想的な世界を生み出している。
研究所へと続く一本道。そこには1人の男、貫の姿があった。
はぁっと息を吐き凍えた手に温風を当てながら一歩、また一歩と並木道を進んでいく。
道沿いにあるベンチはいつもカップルで埋まっているが今日は誰も見当たらない。
流石のカップルも今日は家でいちゃこらしているのだろう。
「こんなところで自分は何をしているのだろうか」突然襲いかかる虚無感に打ちひしがれてしまう。
あるあるだ。
空いたベンチに座ろうとしたその時何かが眠っているのに気づいた。
まるでそれはたくましくいて美しい王者たる凛々しさを纏っていた。
かく言う貫も呼吸さえ忘れて彼女に見惚れてしまっていた。
「はっ・・・・・・・」
ふと我に帰った貫は状況を整理しようと自分の頭をフル回転させた。
なぜこんなところに女の子が寝ているのか。
起こすべきか、そのまま放っておくべきか。
そもそもこの子は誰なのか。
きれいだなぁ。
そんなことを考えながら貫は最終的に彼女を起こすことにした。
「あ、あのー。大丈夫ですか?」
声だけでは目覚める気配がないので肩を揺らし再び呼びかけた。
背筋へとかかる長い赤い髪が開き全方向に広がっていく。
首元からほんの少し見える胸元が刺激し何か見てはいけないようなものを見てしまったようで恥ずかしさがこみ上げてきた。
己の欲求と戦う貫をよそに赤髪の女の子は目を覚ました。
その瞳は朱色に輝き美しくどこまでも吸い込まれそうだ。
「んっ・・・・・・」
彼女はぼんやりする視界を晴らしながら辺りを見回し、そして体が一周したところで貫と目があった。
目を丸くしてキョトンとしていた。
まだ寝ぼけているのだろうか。
「あのー。」
恐る恐る貫が話しかけると赤髪の女の子は急に血相を変えて警戒心を剥き出しにした。
「っっ、、、あなた、私に何をしたの?」
「!???」
言われもないセリフだ。
側から見ればまるで自分がか弱い女の子を襲っているようにしか見えないじゃないか。
幸いにも貫たちの周りには人がいない。
「はぁぁ」
思わず安堵が漏れてしまった。
この状況をもし誰かに見られていたら貫の社会的死は免れなかっただろう。
本当によかった。。。
しかしこの状況はまずい。
一旦、冷静にならなければならない。
「どういうつもりですか!?」
「あなたが私をここに連れて、、、あんなことやこんなことを・・・っっ最低!!」
次から次へと彼女の妄想は広がり一言発する度に勢いを増し、猪のように止まるところを知らない。
しかし、貫にとっては日常茶飯事で普段から真司と南の相手をしている故にこんな時の対処法をよく知っている。
貫は彼女の横に座りかわいい我が子を見守るように微笑み彼女を見た。
赤髪の女の子はしばらくしゃべり続けていたが満足したのか次第に冷静になっていった。
「それで、君の名前は?」
彼女が落ち着くと貫は口を開いた。
人は皆聞いてほしいのだ。
相手の意見よりまず自分の意見をぶちまけたいのだ。
ここで相手のペースに合わせたり、反発するような態度をとっていたらこんなに早く彼女を収めることはできなかっただろう。
「・・・シルフィ」
赤髪の女の子は口を詰まらせながら貫の方を見て答えた。
その頬は少し赤らみどこか目を逸らしていた。
「シルフィ、、、いい名前だ」
そういうとさっきまでの勢いは何だったのかと思うほど静かになった。
だんだん自分が変なことをしていたことを理解し始めたのだろう。
火照った顔を冷ますかのように両手を頬に当て顔を隠す。
かわいい。
「君はここで何を?」
間髪入れずに貫が聞くとそれまで無口だったシルフィが息を吹き返し始めた。
「私はここで、、、、何してたんだっけ?」
「おいおい」
驚きというよりもはや、ため息しか出ない。
その後もシルフィは頭を抱えて思い出そうとするが何も出てこないらしい。
情報がなさすぎる。
ひとまず情報収集が大事だ。
それから貫はシルフィに様々な質問をした。
研究室への一本道。
そのそばにあるベンチでは既に1時間ほどが経過していた。
真冬の極寒だがそこだけは常夏のような熱と緊張感が漂っている。
2人の額からは汗がたらりと流れ落ち、コートの上へと垂れる。
「結局1時間かけて分かったのは名前がシルフィアでどこかの研究所にいたということだけか、、、」
どうやらシルフィアはどこかの研究室らしい部屋にいたらしい。
場所まではわからないがどうしてこんなところで眠っていたのかは覚えてないという。
収穫はあった。
しかし、流石にそれだけでは答えに辿りつくことができない。
もっと推理小説を読んでおけばよかったと後悔する貫であった。
「取り敢えず研究室に来て」
「いくあてもないんだろ?」
どこか取り急ぐ貫には研究室に向かわなければならない理由があった。
もう既に真司と南を1時間以上待たせてしまっている。
毎日同じ時間に集まっているから2人とも激おこに違いない。
急かす貫は急ぎ足で研究室の方へ向かっていった。
彼女は不服そうに貫の後をついて行った。
町の外れには王立図書館が存在する。
その外れの一角には研究員がたったの2人しかいない部屋がある。
打ち付けられている表札は曲がりそこには東堂研究室と書かれてある。
その前に立ち尽くす男女の姿がそこにはあった。
女は男の少し後ろに立ち少し緊張している模様だ。
かたや男はというと少しため息をすると大きく息を吸い込みどこか覚悟を決めた表情でドアを開けた。
ガチャ。
部屋からは熱風と同時に2人の大きな声が風に乗って押し寄せてきた。
「真ちゃん、勝手に私のホットココア飲まないでよー」
「良いじゃんそれぐらい」
「南こそこの間俺の楽しみにしてたプリン食べただろ〜」
「むーっ」
2人の喧嘩は熱気を増しながら激化していく。
こうなってしまっては誰かが身を挺して止めに入るしかない。
普通の人であれば引っ叩かれたり、殴られたりするのだがここには唯一無傷で彼らを止められる人物がいる。
自分のデスクに荷物を置きため息をつくと渋々2人のもとへ行く。
「大体南がいつも俺の、、、ぎゃぁ」
「真ちゃんが私の、、、きゃぁ」
それまで2人の間にあった謎のプラズマを破壊した。
首元をつかみ無理やり引き離したのだ。
身長185センチの貫のリーチは相当なものだ。
きょとんとした目で2人は貫の方をみた。
「あー、貫遅いー」
「今月の研究の補助金は俺のものな」
意外と怒っていない。
それ以上に喧嘩に夢中になりすぎて既に1時間以上遅れていることに気がついていないのだろう。
これならばスムーズに状況を説明できるかもしれない。
そう思い振り返ると先ほどまで一緒にいた赤髪の女の姿が・・・・・・・・・・・・ない!?
慌てて部屋中を見渡すがどこにもいない。
「あのバカ!!!」
自然と体が動き出した。
ベンチで寝ていた少し珍しい髪をした女の子というだけでわざわざ助けてあげる理由などない。
しかし、そんなことを考えるよりもはるか前に貫の体は動き出していた。
これはきっと初めて彼女にあったあの瞬間から避けられない運命なのだろう。
研究室から出てすぐの休憩所。
たくさんの自動販売機の間から覗く赤い髪がチラッと視界に入る。
気になり駆け寄った貫は思わず息を飲んでしまった。
そこにはうずくまったか弱い女の子の姿があった。