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コードは盤上に  作者: 芦田孝祐
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残されたコード

 近所の喫茶店は私の行きつけだった。客の少ない時間帯のためか、他に客の姿は見えない。店内には店主が一人。

 入口から最も離れた席へ移動する。私が座ると、高久圭も向かい合うように座り、何も言わずに鞄からメモ用紙を取り出して私の目の前に置いた。

 訝しみながらメモを手に取ってみると、そこには数字とアルファベットが羅列されていた。

52G43L53B25L

11L12P32G33P13K

 私は何が何やら分からずに高久圭を見返した。高久圭は相変わらず何も表情を浮かべていない。

「あの……これが……」

 私の問いに、高久圭は淡々と答えた。

「分かりませんか?」

 あまりにはっきりとそう言われると、何か心当たりがあるのではないかと思いたくなるが、じっくりと見ても心当たりはなかった。

 本当に私に心当たりがないことを察した様子で、高久圭は息を一つ吐いた。気を緩めることは一切なく、本当に肺から微かに息を吐きだしただけの吐息だった。

「父が意識を失う間際に書いていたものです。書き終わると、安心したように意識を失いました。これを書くことは父にとって必要なことだったということでしょう」

 師匠が死ぬ間際まで書いていたメッセージ。高久啓司の最後のメッセージ。そう考えると、それはものすごく価値のあるものに思えた。

 しかし、私がそのメッセージを手にするには、一つごく常識的な質問をしなければならなかった。

「どうして私なのですか。家族に見守られている中で最期に書くものならば、家族へのメッセージだと理解するのが最も自然ではないでしょうか」

 その質問は、高久圭の表情に初めての感情を燈らせた。その感情は、憎悪か嫌悪かはわからないが、とにかく敵対心だった。予期せぬ反応だったので、私は息を飲んだ。

「将棋のことしか考えていませんでした」

 絞り出すような言い方だった。主語はないけれど、それは十分に補える。師匠の高久啓治のことだ。将棋以外に興味を示さない、自分の身なりすらも一顧だにせず、髪も髭も無造作に伸ばしていた。そう、高久圭とは反対に。

 そんな高久啓司に私は憧れた。そのため、自慢なのか自虐なのか分からないが、二十三のいまでも私は酒も女も博打も一切知らない。修行中の身ということもあり、髭は伸ばせないにしても髪は常に坊主にしていた。将棋以外のことを考える時には常に罪悪感が心に浮かんだ。

「私のことには一切興味を示すことがありませんでした。入学式も、卒業式も、授業参観も、父が私の行事に顔を出したことは一度もありません。大学に合格した時も、就職が決まった時も、『そうか』の一言だけでした。将棋と関係のないことは、父にとって興味の対象の外だったのです。それがたとえ息子であっても」

 それは私にとって初めて知る事実だった。家庭にあまり熱心でないという状況は伺えていたが、そこまでだったとは思わなかった。

「あなたは、高久啓司の唯一の弟子です。そして、あなたに将棋を教えるために父が使った時間は、父が仕事以外で唯一他人のために使った時間でもあります」

 そう、技術は一切教えることがない師弟関係も珍しくない将棋界において、私と高久啓司は極めて濃密な師弟関係だったと言える。私は師匠に毎週のように将棋を教わった。時には叱られ、時には褒められ、私の将棋はほとんどが高久啓司によって形成されたものだと言ってもよかった。

「家族を差し置いてそれだけの時間を捧げさせたあなたです、ですから、我々に意味の分からないこのメッセージが、あなたには読み取ることのできるメッセージなのではないかと考えるのはおかしな発想ではありません。そして、もしそれが本当だとすれば、あなたは持っています。このメッセージを解き明かす権利と、解き明かしたメッセージを父に省みられることのなかった私たち家族に伝える義務を。そうは思いませんか」

 少々強引な論理ではあったが、私がそのメッセージを解き明かす努力をする理由としては十分だった。

 高久圭は私の手元からメモを抜き取ると、別の用紙を私に差し出した。

「メモの写しです。一緒に名刺も置いていきます。裏には私の携帯の番号を書きましたので、何か解ったら連絡をください」

 そう告げると、何も注文することなく高久圭は喫茶店を去っていった。私は渡されたメモと名刺を見る。メモは先ほどと同じ数字とアルファベットが書かれていた。

52G43L53B25L11L21P32G33P13K

 名刺には高久圭の名前と勤務先、それに手書きで携帯電話の番号が書かれている。勤務先は私でも名前くらいは聞いたことのあるような大手企業だった。大学を卒業して有名企業へ就職、本当にあの高久啓司の息子かと疑いたくなるようだった。

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