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コードは盤上に  作者: 芦田孝祐
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春の意識

 春眠暁を覚えず、という言葉がある。あの日からの私は、春のせいかは知らないけれど、半分眠ったような意識のまま生活をしていた。

「負けだな」

 私がそう言って駒台に手を置いて軽く頭を下げると、盤の向かいにいた近藤は丁寧に「ありがとうございました」と言って私より三倍は深く頭を下げた。

「どこで悪くなったかな」

 パチリパチリと軽い駒音をさせながら局面を戻していくと、近藤はすぐに口を開いた。

「あ、そのあたりですかね」

 私が負けを認めたところからさほど遡らない地点だった。

「ここか?いやあ、ここはもうダメだろう」

 その局面を迎えていた時の自分の心情を振り返りながら言う。どう見てもこちらの攻めが細い。

「そっちの玉に迫る術がないからな」

 しかしそれでも、近藤ははっきりとした口調で自分の読みを披露した。小柄で気弱そうな男だが、将棋のことに関しては目上に対しても臆せず意見を言う。

「いや、そこで金を打って囲いを補強されたら大変だったと思います。実際には攻め合いに来てくれたから明確にこちらの勝ちになりましたが」

 近藤が示した手は、こちらの最後の手駒の金を自陣の補強に使うものであった。本来なら攻めに使うはずの駒を守りに使ってしまうので防戦一方にはなるが、指摘されてみるとなるほど向こうから攻め切るのも容易ではない。

「しかしここで受けに金かあ。浮かばんなあ」

 これで今日近藤との共同研究(という名の練習将棋)は三戦して全敗。近藤が二段で私が三段。一段の違いくらいは簡単にひっくり返るとはいっても三連敗はひどい。実際、近藤と共同研究をやるようになって半年が経つが、これまで平手で三連敗をしたことは一度もない。

「ちょっと休憩。外の空気吸ってくる」

 そう言って私は研究会場だった自分のアパートから外へと出た。築三十年を超える木造二階建ての二〇三号室から階段を下りて外に出る。まだ三月中旬だというのに、もうすぐ桜が咲きそうな陽気だった。

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