ルシェラの茶会
ロイド侯爵邸のテラスでは、これ見よがしに黄色のガーベラが飾られていた。
「皆さま、本日は私の茶会にいらしてくださって本当に嬉しいですわ」
「こちらこそ、お招きいただいてありがとうございます」
令嬢達が口々にルシェラに礼を言うが、誰も心が込もっていない。
同格の侯爵令嬢を集めたにもかかわらず、ルシェラが貴女達より私は上だという態度をとっていたからだ。
私はもうすぐ公爵夫人なのよ。貴女達と違ってね。
そんなルシェラの透けた思いに腹が据えかねた令嬢が、にこやかに問い質してきた。
「ルシェラ様、正式なご婚約がまだのようですけれど、一体、どうされましたの?」
ルシェラは一瞬怯んだものの、すぐに笑みを取り戻して令嬢に向き直る。
「ご心配いただいて嬉しいですわ。でも、大丈夫ですの。シオン様が私の為に、黄色のガーベラでお庭を埋めてくださるそうなの」
「まあ!」「素敵ね」「羨ましいわ」
「そのお庭でもう一度、求婚されるのね!」
キャいキャいと羨ましがる令嬢達に、指摘した令嬢は悔しそうだった。
咄嗟に出た嘘だったけれど、逆に愛されているとアピール出来て良かったわ。令嬢には感謝しなくちゃね。
「で、でも、私覚えておりましてよ? ルシェラ様のお好きな色はピンクじゃございませんこと?」
令嬢が負けじと言いつのった。
「そういえば昔、仰ってましたわね」
「ええ、どなたかのお茶会で」
「私も聞いておりました」
急にザワザワと話し始めた令嬢達に、ルシェラは焦った。
「どういうことですの?」
令嬢がさらに問いつめて来る。
この令嬢がシオン様を狙ってたことなんて、百も承知で招待したのよ、負けるもんですか、このくらい何でもないわ!
「覚えててくださったの? 嬉しいわ。でも、ごめんなさいね。実は私の本当に好きな色は黄色でしたの。幼い頃に、公爵家の求婚のお話を聞いて、シオン様だけに打ち明けておりましたのよ」
「まあ、そんな頃から想い合ってるなんて」
「純愛ですわぁ」
「お二人だけの秘密なんて、本当に素敵ですわねぇ」
「ええ、内緒にしてましたけど、もうその必要もなくなりましたので」
チラリと、周囲に飾られた黄色のガーベラに視線を送る。
「このガーベラもシオン様が?」
答えずに、にっこり笑ってみせた。
本当は知られないように、市場で購入したものだったけれど。
「いいえ、私ははっきり聞きましたもの。
ルシェラ様はピンクのガーベラが一番お好きだって」
この令嬢、なかなかしつこいわね。
まったく、お黙りなさいな、負け犬が!
「ピンクのガーベラを好きだったのは、実は妹でしたの。素行が悪くて、お父様に勘当されてしまいましたので、当家とはもう何も関係ない娘ですが」
「妹さんのお話、お聞きしたことありましてよ。大変でしたのね」
「お恥ずかしいですわ」
少なくとも表面上は好意的な令嬢達のなかで、件の令嬢が憎しみのこもった目でルシェラを見ていた。
「お邪魔するよ」
「お兄様! まあ、シオン様まで、どうしてこちらに?」
「シオンがとうとう求婚したと聞いたからね、妹のお迎えついでに、お相手がどんなご令嬢か拝みに来たのさ、な、シオン?」
ひとりの令嬢の兄らしい青年が、後ろのシオン・ゼノア公爵をからかうように尋ねた。
会話の主人公の、不意の登場に感動していた令嬢達は、慌てて立ち上がり礼をする。
「お久しぶりでございます、閣下。私達、ルシェラ様から、お二人の睦まじいご様子を伺っておりましたの」
「……睦まじかったことなどない」
愛し合う二人の話が聞けると思っていた令嬢達が、シオンの言葉に立ったまま静まり返る。
「まあまあ、シオン、照れることないだろう?
君の求婚の話は俺も聞きたいしさ」
無表情で切り捨てたシオンを、令嬢の兄が取りなす。痴話喧嘩でもしている最中だと思ったらしい。
「君が妹の迎えに付き合えと言うから、ついて来てみれば此処とはね。実に不愉快だ、先に失礼させてもらう」
「おい、シオン、婚約者の前だぞ。言い過ぎだ」
「ふん。これから君の誘いには慎重になることにするよ。それじゃ」
「ねぇ、これはどういうこと?」
「わからないわ。でもシオン様、一言もルシェラ様に声をおかけにならないわ」
「喧嘩でもされているのかしら」
ひそひそと令嬢達が扇の陰で囁き合っている。
「お待ちください、シオン様」
令嬢達の囁きを聞いて、プルプル身体を震わせていたルシェラが、シオンに歩み寄る。
「まだ怒ってらっしゃるの? この間のお約束を、私がダメにしちゃったから?」
そう言いつつルシェラがシオンの胸に抱きつく。
フレデリカの居場所の件だとわかるのは、シオンとルシェラだけだ。
何も知らない令嬢達は、噂の二人の抱擁に黄色い歓声を上げている。
「ごめんなさい、シオン様。お許しになって? 私、約束を破るつもりはなかったの。時間が欲しかっただけですの」
身を固くして離れようとするシオンに、皆に背を向けたルシェラが、目で脅してきた。
やはり恋人同士の痴話喧嘩かと、安心した空気が流れる。
だが────
「ルシェラ嬢、離れてくれないか。私には君と抱き合う気はない」
冷たく言い放つシオンに、友人の青年も令嬢達も驚いて身動きが出来ない。
怒りで悔し涙を滲ませたルシェラを、自分の身体から引き剥がしたシオンは、宣言どおりに青年を残して帰っていった。
令嬢達の前で恥をかかされたルシェラが、振り向けずに扇を握りしめていると、先ほどの令嬢が話し掛けてきた。
「ルシェラ様、喧嘩するほど仲がいいと申しますわ、落ち込まないで?」
一見、優しく慰めているように聞こえる令嬢の言葉に、嘲りが含まれていることをルシェラは気づいた。
やはり、シオン様から求婚されたというのは嘘でしょう?
そう、令嬢の目が語っている。
他の令嬢達も、ルシェラと目が合うと視線を逸らして ひそひそと囁きあっている。
令嬢達の目にはもう、ルシェラへの羨望はなくなっていた。
許さないわ、シオン様! 私にこんな恥をかかせるなんて。絶対に許さない!
令嬢達を、ひきつりながら見送ったルシェラは怒りで眠れない夜を過ごした。
花瓶に活けた黄色いガーベラを見せつける為に、お庭ではなくテラスでの茶会を開いたロイド侯爵一家でした。