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店主と製造責任者

 


「うーん…………では、こうしたらどうですか?」


 頭をガシガシと掻きながら考えていたジョナスさんが、閃いたと言って話し始める。


「香り屋はお二人のお店なんですよね?」


「はい、そうですが」


「なら、セイラさんに店主になっていただくのです。そしてご店主…フレデリカさんは香水の製造責任者とするのです。もちろん、香水の権利者はあくまでもフレデリカさんのままで」


「えっと?」

 セイラと二人、首を傾げてジョナスさんを見る。


「………香り屋に、香水の権利を持つフレデリカさんが働いている形と言えばわかりますか?」


「なるほど。セイラを店主にするのは構いませんが、彼女は一度売り子として公爵に会っているのです。それに今とあまり変わらないのでは?」


「まぁ待ってください。公爵が恐ろしくて売り子と名乗ったことにすればいいのです。そんなことで怒るような方でもありません。それにセイラさんが店主なら、公爵の対応をするのもセイラさんで問題ありません」


「! それじゃ、フレドは公爵に会わなくてもいいってこと?」


「はい。その上で、香り屋をゼノア公爵領の直営店として契約してもらいましょう。あくまで取引先ですから、香水の権利者と製作方法を教える必要はありませんし、公爵家の庇護も受けられます。公爵家にとっても香り屋は大事な取引先ですからね。それに、尋ねられても店の秘密だと断ってしまえばよいのです」


「そんなこと出来るのかしら」


「大丈夫だと思いますよ。仕入れ先はほとんどゼノア公爵領なのでしょう? 以前から契約していたのだと言っても、誰も疑いません」


「それに、直営扱いにして貰えれば、公爵領から直に仕入れることが出来るので、お値段的にも今より楽になりますよ? 」


 いい話でしょ? と、ジョナスさんが笑って胸を張った。


「ですが、それでは公爵に何の得もないのでは?」


「全然問題ありません。本当は、テレジア様に庇護していただくのが確実なのですが、少々差し障りがありまして。表だっては後援という形しかとれないのです」


 ジョナスさんが心配ないというように手を振ってみせる。


「先ほど言いましたように、公爵には香り屋の香水に思い入れがあります。それに香り屋は、公爵領の花の評判も上げているので、十分お釣りがでますよ

 それでも気になると仰るなら、定期的にその香水を差し上げればよいのでは?」


 自分だと知られない上に心配もなくなる。こんないい方法があるなんて。


「ジョナスさん、それでお願い出来ますか?」


「もちろんです!」


 すぐに手続きを始めましょう、と再び書類を広げ始めたジョナスさんが、思い出したというように注意する。


「直営店になるわけですから、公爵家から店には警護がつくでしょう。お二人の外出の際にも警護がつくと思います」


「警護までつけていただけるのですか?」


「当然でしょう。ただ、『従業員』になってしまうフレデリカさん個人を、四六時中警護してもらうことは出来ません。お一人で出歩く際には充分注意してください」


 フレデリカとセイラに見送られたジョナスさんは、すぐに申請しておきますと言って笑って手を振った。


「フレド、本当に良かった。これで香り屋を続けられるわ」


 思い悩んだフレデリカが、店を閉めると言うのではと心配していたらしく、セイラが嬉しそうに抱きついた。


「これで本当に二人のお店だわ。セイラ、これからもよろしくね」


「こちらこそ! よろしくフレド! ……でも、本当にあの香水をあげちゃうの?」


「仕方ないわ。香り屋が対等な取引先でいるにはそれしかないもの。でないと、しつこく作り方を聞かれたら断れなくなるし。でも、公爵家へのお届けはセイラにお願いしていい?」


「フレドが公爵に見つかったら大変だもの、もちろんよ」



 ◇

 翌日から香り屋は、ゼノア公爵家の紋章を掲げて直営店であると知らしめた。ジョナスさんの言った通り、店には警護がつくようになっている。


「それじゃ、いってくるわね」


 公爵へお礼の香水を届けに行くセイラを見送ったフレデリカは、喜んだ公爵が作り手に礼を言いたいと、店にやって来るとは思わなかった。


「ご店主、お礼が言いたいだけだ、その人に会わせて欲しい」


「お断りいたします。あの者は職人堅気で、表に出ることを嫌っているのです。店主として大事な従業員に無理強いは致しません」


 セイラが店の奥に慌てて自分を押し込むので、何事かと思ったら、シオン様が現れた。それから二人の押し問答が続いている。


 雇い主が相手では警護もどうすることも出来ず、二人を見ているしかないようだった。


 フレデリカは、言い合う声を聞きながらも作業場に隠れているしかない。シオン様が入って来るのではと縮こまっていた。


「閣下、無理を仰るようでしたら、今後、ピンクのガーベラの香水は差し上げられませんが、よろしいですか?」


 セイラの声にピタッと公爵の声がやむ。


「無理強いすれば、その従業員は出ていってしまうかもしれません、同じことでは?」


「………わかった」


 渋々諦めたシオン様に、注文してくれれば香水は届けるから来なくていいとセイラがたたみかけた。


「騒いですまなかった」


 店に迷惑をかけていると気付いたのだろう、シオン様はそう謝罪して香り屋をあとにする。


 フレデリカは思わず小窓に駆け寄って、見えなくなるまで馬車を見送った。


 さっきまで、ここにいらしたのに。

 シオン様………会いたい、会ってお顔が見たい…。



「ああ、怖かった!」


 セイラがフレデリカを慰めるように、大袈裟に二の腕を擦ってみせる。


「セイラ、すごいじゃない! 声しか聞けなかったけど、堂々としてて惚れ惚れする店主ぶりだったわ」


 セイラの気づかいが申し訳なくて、すぐに明るく振る舞った。


「ホントは、あんな脅しが効くなんて思ってなかったの。でも公爵には覿面だったわ。あの香水が本当に欲しかったみたいね」


「そうね、でもなぜ、そんなにあの香水が欲しいのかしら? ガーベラなら、ご自分であんなに育てていらっしゃるのに」


「ルシェラが、ねだったのかな。あんなに必死になるなんて、そこまで惚れられるような女じゃないと思うけど」


「セイラ、そんな言い方したらシオン様に悪いわ」


 フレデリカはセイラを嗜めたけれど、ウィンクしてセイラは店に戻っていった。



 シオン様との繋がりが欲しくて作った香水が、

お姉様への贈り物になるなんて、本当に皮肉だわ。


  ひとりになったとたんに、シオン様の声が甦ってきてフレデリカの心を占めた。









ジョナスさんが喋る回でした。

次回は、久しぶりのルシェラお姉様の登場です。


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