花色の香水
「奥様、こちらがその香水です。お試しください」
大貴族の奥様らしい方を、散らかった作業場には案内出来なくて、お店で待って貰った。隣には護衛らしき男性が立っている。
「ああ…………ジェ…カ…」
聞き取れないほどの小さな声で、老婦人が誰かの名を呼んだ。
きっと亡くなったお嬢様の名前だわ
とても愛してらしたのね……本当に私の香水で大丈夫かしら
不安になっていたら、香りを嗅いだ老婦人が小瓶を抱き締めて泣いていた。
「お嬢さん、この香水を是非譲っていただきたいの。買わせてくださらない?」
一頻り泣いたあと、老婦人は小瓶を離さずに頼んできた。
「奥様、申し上げた通り、まだ試作品ですので代金は結構です。どうぞお持ちください」
「いいえ、この香水からはあの娘の好きだったピンク色のガーベラが浮かんでくるの。他の香水ではそんなことなかったのよ。とても良いお品だと思うわ」
「喜んでいただけて良かったです。その香水は、本当にピンク色のガーベラで作ったものなんですよ」
「まあそうなの?。他のガーベラの香水とは違うのは、そのせいかしら?」
「こちらはどうですか?」
試しに白いガーベラで作った香水を嗅いで貰う。
「これもいい香りね、白いガーベラが見えるよう」
ええ?
慌てて、他の香水も出してみる。
「これは黄色い薔薇」
「オレンジの百合」
「こちらが赤いアマリリスで、そちらは白いアマリリス」
老婦人は香水に使った花だけでなく、色まで全て当てた。
「奥様、何かそういった魔法をお持ちですか?」
ドキドキしながら聞いてみる。
「まさか! 貴女の香水はお花の色ごとに違うのだわ、貴女、これはとても凄いことよ」
「たまたま奥様が当てたということでは?」
「違うわ。作り方が特別なのかしら?」
老婦人に香水を作り出した理由と「乾燥」の魔法で作っていることを伝えた。
「それで納得出来たわ。貴女の香水からだけ、ピンクのガーベラが浮かぶ理由が。でも、作り方は秘密にしていた方が良さそうね」
半信半疑で聞いていると、老婦人は代金の代わりにピンクのガーベラを届けると言ってくれた。
「満足いくものが出来ましたら、またお譲りします。どちらへお届けすれば宜しいですか?」
手紙をくれたら使いの者を寄越すからと、あるお屋敷の住所をくれた。
そこには、ジェスキア公爵邸。王国で最も力のある貴族のお屋敷が書いてあった。
◇
お花の色で香りが違うなんて、そんなことあるかしら。
老婦人が帰ったあともフレデリカは半信半疑だった。いろんな花で香水を作って試してみると、
「この香りは赤い山百合」
「これは知らないお花ね、薄紫の小さなお花が浮かぶわ」
知らない花も浮かんでくるなんて。
セイラは、色の違う同じ花でも、どちらがどちらかはっきり言い当てたのだ。
フレデリカ自身は花を思い浮かべるのは、材料の花を知っているせいだとずっとそう思っていた。
「「乾燥」で作った香水は花の色ごとに香りが出せるのよ! 間違いないわ、フレデリカ」
「それが本当なら、どこにもない初めての香水が出来るわ! 花の組み合わせでオリジナルの香りも作れるし、花束の香りだって出せるかもしれない! 」
ふたりで抱き合って喜んでいるところに、老婦人からのピンクのガーベラが届けられた。
今まで使っていたお花より、とてもいいガーベラだわ。お花そのものも素晴らしいけれど、こんな素敵な香りのガーベラは見たことないわ
『知り合いが育てたガーベラを分けて貰いました。娘が愛したものなの。どうか、またこれでガーベラの香りを作ってくださいね』
花と一緒に届いた手紙には娘を愛する母の気持ちがこもっていた。
数日後、完成品を受け取った老婦人は興奮して店までやって来た。
「娘の好きだったガーベラそのものよ! ピンクのガーベラの花が娘と一緒にいる気分にさせてくれるの。元気だった頃のあの娘が戻ってきたよう。本当にありがとう」
「それだけお褒めいただき私も嬉しいです」
「ねぇ、お嬢さん。 1本だけ、ガーベラを分けてくれた方に差し上げても構わないかしら?」
「ええ是非、差し上げてください。とても素晴らしいお花のお礼に」
「ありがとう、そうするわ」
老婦人は受け取ってくれないと帰れないと言って、代金を多めに押し付けて帰っていった。
追加の香水を注文して。
◇
老婦人が多めにくれた代金で、質のいいゼノア公爵領の花を買うことが出来、他の香水も満足いく物が作れるようになった頃。
花の色ごとに香水を作っていたら、貴族の奥方が買いに来てくれるようになった。
あの老婦人が宣伝してくれているのかも。お礼に、もっとピンクのガーベラの香水をお届けした方がいいわね
あのガーベラが届くようになってからは、いつでも届けられるようにと、ピンクのガーベラの香水だけは切らしたことがない。
けれど、この香水は自分と老婦人の為にしか作らないと決めていた。
まだ半分しか出来てないのにお花が足りない。こんなに人気になるなんて思わなかったわ
質のいいゼノア公爵領の花に切り替えてみると、香りが柔らかで、いっそうはっきりと花の姿が思い浮かぶようになり、香水が飛ぶように売れている。
本当に、ゼノア公爵領のお花はすごい。貴族の奥方に噂が広まって人気が出たのも、お花のおかげだ。
早く追加の花を買いに行かなくちゃ
急いで支度を終え、セイラに市場に行くと伝えて店を出た。
途中、馬車とすれ違ったが、フードを被っていたフレデリカはその馬車がどこのものなのか、気づかないままでいた。
だからその数分後、ガーベラの紋章が描かれた馬車が、店の前に止まったこともわからなかった。
この作品の言う、“純水”は蒸留水を指していて、「純水」とは異なります。
あと、現代の香水を批判するつもりもないのでご理解ください。
お読みいただき、ありがとうございました。