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「乾燥」の香水と老婦人

 


「フレド、もう香水の練習にいっていいよ、お客さんもだいぶ落ち着いたし」


 私と一緒にお店をしようと誘ったら、セイラが侯爵家を辞めてきてくれた。今は売り子をしてくれている。


「ありがと、セイラ。サシェの追加分を作ったら、そうするね」


 今日も、香水作りの練習が出来るわ。

 ほんと、セイラ様々ね


 店の名前の【香り屋】も、セイラが店には名前が必要だと言い出してつけることにした。わかりやすさが一番と笑って。


 でも、サシェと違って、香水はなかなか上手くいかないのよね、何がいけないのかしら?


 初めは、花と井戸水だけで作っていた。でも出来た物はどれも、半日もせずに悪臭を放った。


 一般的に、香水はエタノールという液体に、花から取り出した油を混ぜて作られる。その花油を集める為には大量の花が必要で、質のいい花だけでは足りなくて、粗悪品も混ぜられるのが普通だ。


 お値段が高い割りに、香りが悪くなりやすいのは、きっとそのせいね。少しの花で、持ちのいい香水が作れたら最高なんだけど。


 そう思って、花油をあとから水に混ぜる、一般的な作り方をしていない。

 

 直接、水に花油を移すやり方なら、上手くいくと思ったんだけどダメなのかしら。悩んでも仕方ないわ、いろいろ試すしかないわね



『箱』にめいっぱいの水を入れ、もうひとつ『箱』を上に重ねた。


 下の『箱』の水を徐々に「乾燥」させ、上に蒸留させていく。


 不純物の抜けた水分が、上の『箱』に集まった。混じりっけなしの水だ。



 “純水”完成、下準備完了っ、と



 右手を振って、下の『箱』を消す。


 新しい『箱』に“純水”の五分の一を注いで、片手で持てるくらいの花を入れて浸す。


 “純水”に花の香りが移ったのを見計らって、徐々に『箱』のなかを「乾燥」させていく。


 “純水”が減り、濃度が濃くなったところで

 別の『箱』に移す。


 これをあと4、5回……



 数回繰り返して出来たのは、食前酒用の小さなワイングラスの半分だけ。


 ここまでは順調なんだけど…………マドラーも使わないし、『箱』のなかで作ってるから不純物も入らない。なのに、思うような香水にならないのは、何故?


 腐敗防止の魔法とかが使えたらいいのに。

 王族しか強い魔法を使えないのは、残念ね。


 貴族でも魔法を使える人は少ない。

 ロイド侯爵でさえ、娘ふたりが魔法を使えると、最初は自慢していたくらいだ。


 私だけ、段々見向きもされなくなったけど。

 …シオン様は水の魔法をお持ちだったわ………


 頭を振ってシオン様を追い払う。


 よし! 今日は聖水を入れてみよう!



 神殿から分けて貰った聖水を、数滴落として『箱』を揺すって混ぜ、馴染むのを待つ。


 また想いが飛んでいる間に、何回目かの試作品が完成した。


 出来上がった香水を小瓶に移すと、ふわりと広がるガーベラの香り。


 今までで、一番いい香りだわ!

 やっぱり水よ、水なのね!



 今度の香水は一週間も香りが続いて、腐敗もしなかった。


 それからは、純水に聖水を加えて作ってみたり、割合を変えてみたり、あげく、聖水だけで作ってみたりして、ようやく納得のいく香水が出来た。


 聖水だけでは浄化し過ぎて香りが飛ぶので、

乾燥の最後に少しずつ混ぜていけば、劣化も腐敗もしない香水になることがわかったのだ。


「セイラ、香水が完成したわ!」



 香水の製作の目処がたってから数日後。



 やっと自分でお花を選べるわ


 売り子をしなくて済むようになったおかげで、花市場にも行けるようになった。


 自分で選ぶのがいちばんよ

 同じ花でも、香水に向いている花と向かないものがあるし。


 ふと、市場の中央でピタリと足が止まる。


 ゼノア公爵領のお花だわ。やっぱり、とてもいいお花ばかりね。このなかに、シオン様が触れたお花があるかも。


 どれも質が良くて買いたかったけれど、手が出ない。質の高い花は値段も高かった。


 いつか、シオン様が育てたガーベラで香水を作るのが夢だったけど……


 手頃ないい花がたくさん手に入ったので配達を頼み、抱えられるだけの花を持って市場をあとにする。




「停めて、停めてちょうだい!」


 花を抱えて歩いていると、女性の焦り声がして、横を通り過ぎたばかりの馬車が止まった。


 フレデリカに乗っていた喪服姿の老婦人が声をかけてくる。


「そこの、お花を抱えたお嬢さん!」


「はい、何かご用ですか?」


 老婦人は私と花束を見比べ戸惑っている。


 馬車も、老婦人の衣装も地味で目立たないが、最高級の物で作られているようだ。


 大貴族の奥方様ね、ご不幸があったのかしら。


「あの?」


「ああ、ごめんなさいね、貴女から娘の好きなお花の香りがしたと思ったのだけど……」


 老婦人はまた、フレデリカの抱えた花を見た。


 もしかしたら……


 ポケットに入れてあったハンカチを出すと、ふわりと香りが広がる。ハンカチには試作品の香水を吹きかけてあった。


「まぁ! そうよ、この香りよ!」


 老婦人は興奮して差し出したハンカチを握りしめている。


「この香りはガーベラね?」


「はい、お分かりになりますか?」


「ええ、もちろん。亡くなった娘が一番好きだった花なの…………お嬢さん、これはどちらで?」


 自分の香水を気に入ってくれた方に嘘はつきたくなくて、正直に伝えることにした。


「奥様、この香りは、私が作った香水なんです」


「これを貴女が?」


「はい、まだ試作品で申し訳ないのですが」


「構わないわ。この香水を売ってくださらない?」


「せっかくですが、今は手元にございません。それに、まだ満足出来る品ではないので売り物ではございません」


「どうかお願い、このお花の香りがあると娘が側にいる気がするの……」


 老婦人が涙ぐんでしまう。


 貴族の奥様なら命令することも出来るでしょうに。お優しい方なのね。この方になら………


「でしたら奥様、試作品ですのでお金はいただきませんが、直接、香りをお試しいただいてご満足戴けたら、お譲りするということで構いませんか?」


「もちろんよ!」



 今すぐと急かす老婦人は、遠慮するフレデリカを説き伏せて、馬車に乗せてくれた。



 どうしよう、お店をきれいに掃除しておくんだったわ


 仕方ないと諦めて、馭者に店の場所を伝えた。

 





今日は、もう1回更新出来るはず…

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