閑話 アマンダのプライド
ジェスキア家騎士→アマンダと視点が変わります。
(もうちょっと寄ってくれよ)
(バカ、押すなって)
ジェスキア公爵邸 庭園の中程にある場所。
主がご家族とお茶会を開くと聞いて、仲間を集めて駆けつけた。
早めに来すぎたと詫びる娘婿に、主が構わないと笑って椅子を進めている。
(ああっ 今日初の主の笑顔! )
(本当に美しいなぁ、俺の主は)
(ばっか、お前のじゃなくて、みんなのだ!)
(すまん。しかし、娘さんと婿さんまで、あんなに美形揃いなんて)
(婿とはいっても、主と血が繋がっているからな)
(なら、美形で当然だ)
(全くだ。ここは天上の楽園に違いないぜ)
俺達は警護に駆けつけたわけではない。
庭の茂みや木に隠れて、美形を堪能するべく駆けつけてきただけだ。
運がいい当番のヤツらが、後ろ手でVサインしてくるのが癪に触る。
主を眺めたい!という気持ちが高ぶった結果、こそこそ隠れているしかない俺達に比べて、やつらは近くで堂々と堪能出来るのだ。
もちろん、崇める主の危機となれば、寝ていようが、非番だろうが駆けつけるのだが、今のところは平和だ。だから、心行くまでこの天上の神々を拝んでいても問題はない。
(あれ? 公爵夫人がいないぞ?)
(本当だ。どこ行ったんだ?)
(でもなぁ? 俺、アマンダ夫人を尊敬するよ)
(何でだ?)
(お前なら耐えられるか? あんな美しい夫の側にいるだけでも居たたまれないのに、娘と婿さんまでとびきりの美形ときてる。そんな方々に囲まれて、よく平気で一緒にいられるよな)
(((確かに!)))
「尊敬していただいて、どうもありがとう」
ギギギ、とブリキのぜんまい仕掛けの人形のように、後ろを振り返る。
「こ、公爵夫人……」
「あの、さっきのは………」
「結構よ。あなた達、今日はお休みのはずでしょう? そんなに働きたいのなら、ほら! 屋敷の警備を手伝っておあげなさい」
同じく見つかったらしい警備兵を指し示す。
そうか、お前も楽園を眺めたかったのだな
親近感の湧いた警備兵に同情していると、アマンダ夫人に追いたてられてしまった。
くそぅ アマンダ夫人も美人好きのくせに!
当番のヤツらめ、お前らの飯が残ると思うなよ!
「まったく」
溜め息をつき、ワゴンを押すメイドを連れて、夫と娘夫婦のもとに向かう。
そんなことわかってるわ!
私が十人並みの顔だってことくらい。
あの人と婚約した時に、さんざん言われたもの。
でも、仕方ないじゃない。お父様が冗談を言うなんて思わなかったのよ。それにそれに、アーロン様がとっても美しいのがいけないのよ!
◇
無類の美しいもの好きのアマンダは、なかなか縁談を承諾しない娘に苛立った父親に、冗談半分で、10歳も年上のジェスキア公爵を引き合わせられた。
ひと目会った途端に虜になったアマンダは、ふらふらと近寄って公爵に抱きついてしまう。
慌てた父親が、平謝りで娘を引き剥がそうとするものの、余計にしがみついて離れない。
「離されたらもう一生、お嫁にいきません!」
そう言ってますますしがみつく。
「アハハ それは困ったねぇ」
意外に鷹揚な性格だったらしい公爵が、笑ってアマンダの頭を撫でてこう言った。
「アマンダ嬢、一生お嫁にいかないわけにはいかないから、私のお嫁さんになるといいよ」
「「はい?!」」
「アハハ いいねぇ、二人とも。その顔、なかなか面白いよ」
公爵がアマンダに抱きつかれたまま、身体を震わせて笑っている。
この方、もしかして笑い上戸なのかしら?
現実が信じられずに、あさっての方向に考えていると、公爵が、今度は真面目な顔で言ってきた。
「ねぇ、アマンダ嬢、そうしなさい。結婚すれば、毎日この顔が見られるよ?」
「します!」
「アハハ 最高だ。うん、君がいいな」
顔に釣られたのが明らかなのに、嬉しそうに結婚を迫る公爵に、血迷ったかしら?と思う。
けれど、見透かしたように微笑む公爵の美しい顔に、何もかもどうでもよくなった。
「アーロン様、私のどこが良かったの?」
結婚して1年が過ぎた頃、思いきって尋ねてみると、「何が?」といったあとで、公爵は笑って答えをくれた。
「だって君、倒れないし固まらないし、口が聞けなくなったりもしなかったじゃない。触れても叫ばないどころか、自分から抱きついてきたでしょう?」
「そんなことで……」
「大事なことだよ? 毎日、顔を合わせるんだ、いちいち気絶されてたら、話も出来ないじゃないか。
その点、君はほら、普通に会話が出来てるでしょう?」
「何だかちょっと…複雑です……」
今更だけど、自分の美形好きの性が恨めしい。
「どうして? 普通に会話が出来ることは、夫婦にとって一番大事なことだよ」
「はぁ」
「それに、私の顔を見て頬を赤らめて迫ってくる君は、なかなかに可愛かったしね」
絶世の美人に可愛いと言われるのは、ちょっと複雑だったけど、公爵が本当にそう思ってくれているようなので、また何もかもどうでもよくなってしまった。
◇
本当に美しいもの好きは治らないものね。
テーブルについている自分の家族を見て、ほぅと見惚れてしまっていたことに気づく。
「アマンダ、さぁこちらにおいで」
苦笑していたアマンダを、夫が呼んでいる。
同じように自分を呼ぶ、養女のフレデリカとその夫のゼノア公爵が、立ち上がって出迎えてくれる。
「お義母さん、早く着きすぎてしまいました」
夫に似た、美しい娘婿が恐縮するのを微笑ましく見てしまう。
「いいのよ、シオン。フレドも、具合は平気かしら? つらければすぐに言って頂戴」
娘は第一子を妊娠中だ。あと3月もすれば、自分には孫が出来る。この子達の子どもなら、さぞかし美しい子どもだろう。
「ええ。平気よ、お義母様」
お義母様と、フレデリカに呼ばれると、今でも感動に震えてしまう。
そんな自分を、クスクス笑いながら美しい夫が見ていた。
そうよ! 十人並みがどうだっていうの?
絶世の美人を夫に持って、美しい愛娘がいる。おまけに夫似の息子まで出来た。もうすぐ、孫だって産まれるわ。
美しいものを愛する者として、これほど恵まれた人がいるかしら? いないわね、私だけだわ。
その3人から愛され、大切にされているアマンダにとって、『私は美しいものが好き』ということこそが、彼女のプライドであり、信念だった。
騎士達の『尊敬している』なんて、どうでもよくなったアマンダが、嬉しくて堪らないという顔をしてフレデリカを見ている。
そのアマンダの横顔を、今でも絶世と言われる公爵が、微笑みを浮かべて見つめていた。
アマンダは公爵と10歳差なので、27歳です。
27歳で孫が出来る………
実はアマンダが大好きな公爵によって、フレデリカに7ヶ月遅れで妊娠します。
産まれた子は、平均よりちょっと上くらいの顔なのですが、アマンダに愛されまくって育ちます。
そして、公爵に拗ねられる………という裏話。
次回は、最終話です。
どうぞ最後までお付き合いくださいませ。