新しい生活 (フレデリカ)
【フレデリカ】
元ロイド侯爵家次女
乾燥の魔法を持つ。
自分苛む家族と侯爵家を捨てた。
【シオン】
ゼノア公爵家 現当主
破産寸前だった公爵領の産業を花の栽培に
切り替え、領民を守った。
花公爵と呼ばれている。
水の魔法をもつ
【ロイド侯爵】
フレデリカとルシェラの父
子どもを持てない正妻に代わり、
2人の愛妾を持った。
女好きで、フレデリカの母シルビアを
愛したがすぐに心変りした。
公爵家と縁戚になれるのなら、娘のどちらが
結婚しても構わなかった。
(セイラに出会えて幸運だったわ)
ひとりで頷いていたら『箱』が揺れた。
(わっ いけない、集中!)
『箱』を安定させて中に入れた花の水分を魔法で直接抜いてゆく。
(今日は湿気が強いから少し長めに、と出来た!)
『箱』を使えば時間もかからないし早い。
『箱』は魔力で作った空間のようなものだ。その中で『乾燥』させれば少しの魔力で十分だと思いついて始めたのは、伯爵家を出て暫く経ってからだった。
(次は、鈴蘭と春草のサシェか。乾燥温度が違うから別々に……いつかこの組合せの香水も作ってみたい)
『乾燥!』
手軽で安価なサシェは普段使いが出来るから香水よりもよく売れる。
最初は『箱』を作るのにも手こずったけれど、今では条件の違う「乾燥」を同時に出来るようになった。
──どんどん作っておかないと、またセイラに急かされちゃうわ。
セイラに出会ったのは雨の季節だった。
まだロイド侯爵家の令嬢だった頃、雨が続いたせいでシーツが足りないと、叱られていたのがセイラだ。
ランドリーメイドは重労働で、雨で干せなければ、一枚一枚、重いアイロンで洗濯物を乾かさなければならない。精一杯やっても間に合わず叱られてしまったという彼女が気の毒で、手伝いがしたいと魔法を使った。
「なんてありがたい魔法でしょう!」
「ふふ、お洗濯には便利でしょ? でも私、これしか能がないのよ」
「何を仰るんですか! お嬢様この魔法は宝よ」
卑下する私の両手を握ってくれたセイラとは、その時から友人になった。
(セイラには感謝しかないわ。あの時出会ってなければ私は今頃……)
ロイド侯爵領では見つかってしまうからと王都を薦めてくれたのも、暮らしていけるよう手伝ってくれたのもセイラだ。
仕事が見つかったのだって、風で乾燥させるより勝手がいいからと、私をみんなに紹介してくれたお陰だ。
肉屋さんからは干し肉作りを。
魚屋さんでも乾物作りを。
野菜市場に行けば、乾燥果物作りに呼ばれる。
お金も貰えたし感謝もされた。顔馴染みが増えた今は侯爵家にいた頃よりも充実している。ポプリと洗濯以外にも、自分の魔法が役に立つことが分かって、自信がついたからかもしれない。
何よりも、役に立てているのが嬉しくて、王都での暮らしは毎日が楽しかった。
そうやって過ごすうち、『乾かすしか能がない』と蔑まれた暗い記憶は薄れていた。
暫くして、ロイド侯爵に貴族籍を抜かれたことを知ったけれど、虚しいだけで悲しくはなかった。今の暮らしは楽しいしやり甲斐もある。
(私は家族には恵まれなかったけど幸せね)
でも、シオン様を想うと胸が痛いのは今も変わらない。
(私のことなど、もうお忘れよね………)
昔のままでいられると思っていたのは私だけだった。ただそれだけ。立場が変われば考え方も変わるもの。
でも、あの家で頑張れたのはシオン様のおかげだから、ずっと幸せでいて欲しい。
(これからはお会いすることもないわ。今はもう公爵様と平民なのだもの……遠くから祈ることしか出来ないのね)
お読みいただき、ありがとうございます。