フレデリカの救出(前編)
長かったので、前後編に分けました。
両方同時に投稿しています。
前編
騎士達→シオン→護衛ロンの視点。
後編
シオン
「隊長、ほんとにコイツら捕まえます?」
男ふたりは、洗いざらいしゃべりながら、ポケットの紙の束を、自ら出してきた。
それで今回の捕り物は終了である。
たった一言の「動くな!」で。
主に褒めて貰える!と、わざわざ志願して仲介人の捕縛に来たものの、騎士5名全員が、手応えの無さに拍子抜けしているところだ。
簡単過ぎて、逆に心配になっている。
なぁ? 閣下、褒めてくれるよな?
小隊長の手にある、何枚もの物的証拠に書かれたサインを見て、皆思う。
『受領証 ゼノア産 花3種 各100本
ロイド侯爵 ジョージ・ロイド』
『代金受領証 百合の香水2本の代金として
ロイド侯爵 第二夫人 ユリア・ロイド』
ロイド侯爵はバカではないのか?
ロイド侯爵邸を囲んでいる、騎士隊中央。
ジェスキア公爵が物的証拠発見の報を、その証拠とともに受け取った。
派遣して僅か半刻の報せに、滅多に見られない主の驚く顔と、自分たちと同じ感想だとわかる顔を見ることが出来たので、まぁ、これはこれでと騎士達は大いに満足した。
何も言わずとも、美人の為に張り切る者は多い。
いつの時代も美人は本当に得だ。
◇
「誰の差し金だ!」
屋敷が騎士に囲まれていると気づいたロイド侯爵が、2階のテラスから怒鳴り続けている。
紋章を隠すよう、俺が騎士達に指示したからだ。
証人か物的証拠が見つかるまでは、いくら公爵といえど、貴族の屋敷に私兵を向けることは出来ない。
万が一証拠が見つからなかった時の為の処置だ。
王都のタウンハウスは、大抵の貴族の場合、屋敷が大きい割に小さな庭しかない。滞在期間の短いタウンハウスに、維持費のかかる庭は必要ないからだ。
したがって、ロイド侯爵家の2階のテラスも大声であれば、十分声が届く距離なのである。
「どうします? これ以上は本当に不味そうです」
ゼノア公爵家の筆頭騎士が、主人に判断を仰ぐ。
「主は誰だ! 家名を名乗れと言っている!
腹の立つ奴等だ。今すぐ名乗らなければ、こちらも私兵を出すがいいのか?」
証拠、証拠はまだか!
「貴族同士が王都で兵を出せば、必ず陛下の耳に届くぞ。私は退かせるよう陛下にお願いするだけだ。沙汰があるのはそちらだろうよ」
侯爵の言う通りだ。証拠も証人もいない今、陛下に訴えられれば、陛下は退却を命じるしかない。
そんなことになれば、陛下のお怒りはもとより、フレデリカが何処かに移されてしまうかもしれない。救出の機会は今しかないのだ。
別件で確たる証拠があがっているが、国王陛下の指示により、今は使うことが出来ない。
『その件だけは、必ず余が裁く』
念押しで伝え聞いた御言葉に、国王陛下の怒りの凄まじさがしれる。
だが、その凄まじさが今は恨めしい。
「くそう、まだか」
こうしている間にも、フレデリカが虐待を受けているかもしれないのに
ゼノア公爵閣下が焦れていた。
「私の騎士だと知れれば、侯爵を刺激するかも知れない。耐えろ。突入したくても、フレデリカを守る為には待つしかないのだ」
口に出しているとは気づいていない主の思いに、護衛のロンが買って出る。
「閣下。彼等は、私を店の護衛だと知っています。私を出してください」
藁にもすがりたい心境だったのだろう、閣下はすぐに俺の提案に頷いた。
「ロイド侯爵閣下、先日は失礼しました。
私を覚えておいででしょうか!」
2階に届くよう、ロンは大声を出す。
「…………あの時の無礼な護衛か?」
「覚えていただき、ありがとうございます。
本日は、侯爵閣下にお尋ねしたいことがあり、まかりこしました」
「なら、なぜ騎士達を連れて来た! お前がいるということは、そいつらもあの若造の騎士だろう! 許さんぞ! 」
「いえ、騎士様方は、香り屋のさる御贔屓筋のご厚意です。私は一介の雇われ護衛でありますので、私ひとりではお目通り頂くのは難しいだろうと、御贔屓筋の方が箔をつけてくださっただけなのです。
早すぎましたので、明るくなるまで待たせていただこうと思っておりました次第で」
「贔屓筋……その方は誰か?」
「申し訳ございませんが、勝手に御名前をお出し出来ないのです。ただ、非常にお力のある方ということだけは保証致します」
「なるほど、力のある……さようか。
誤解を招くような真似をしたとはいえ、咎めるのも何だからな、いいだろう。
だが、これ以上、騎士隊を近づけてはならんぞ!
お前が尋ねている間だけは許してやる」
夜明け前だぞ?
お前なら、あんな苦しい言い訳信じるか?
まさか!
大勢の騎士達が、目だけで会話をしている。
「ありがとうございます。
実はその御贔屓筋から、ロイド侯爵家の御名前で、香り屋と同じ香水が売られていると教えていただいたのです。
御贔屓筋の手前、何もお聞きしないわけにはいきませんので。申し訳ございません。
大変恐縮ですが、私どもの香水を転売なさっておられますでしょうか?」
「香水だと? そんなもの知らん」
「本当に御存じないのでしょうか?」
「くどいな。知らんものは知らん!」
「あら? それはおかしいのではなくて?」
たおやかな声がして振り向くと、2つの香水瓶を手にしたジェスキア公爵夫人 アマンダ様が。
助かった。時間稼ぎ感謝します、夫人。
でも、またジェスキア公爵に引っ付いて来てたのですか? お顔がキラキラされてますね。
浮気が心配なのか、捕り物に興奮する質なのか、どっちですか?
「ア、アマンダ夫人!?」
慌てて注意を戻すと、ロイド侯爵の声が僅かに裏返った気がする。
「ロイド侯爵、先日はよい香水をありがとう。素晴らしい香りでしたわ」
ここは深夜の屋外だよな?
微笑んで香水瓶を掲げてみせるアマンダ夫人に、夜会会場にいるような錯覚を覚えて、瞼を擦った。
「でも、私、困っておりますのよ。
主人に叱責を受けてしまい、屋敷に入れていただけませんの。
公爵夫人たるものが、正規店で買わずに転売品を買うのかと
…………侯爵、どうしてくださいますの?」
よよよ、と、ハンカチで涙を拭いてみせる夫人。
「いえ、あの、アマンダ夫人? 夫人が右手にお持ちの、私がお売りした香水は、けして転売品ではございません。ロイド家が製作した、れっきとした正規品でございます」
香水作りを認めたな! さっきまで香水など知らんと言っていたくせに、筆頭公爵の夫人が相手だとヘコヘコしやがって。
「それは変ですわね? 私は社交界一の香水狂だと自負しておりますのよ? その私が間違えるはずがありませんわ。
ロイド侯爵からいただいた香水は、先に香り屋で購入していたものと瓜二つ、いいえ、まったく同じ香水でしてよ」
いいぞ! 突っ込んでやれ、今俺は俳優だ!
「ロイド侯爵閣下、転売はしておられなかったはずでは? しかも、侯爵ともあろう方が中身を移し変えて売るなど……」
衝撃を受けたかのような顔をして、額に手をあてて嘆いてみせる。
「ま、間違えました。そちらは友人からいただいた香水のようです。お渡しする際に間違えてしまったようですな、ははは」
くそっ のらりくらり逃げやがって!
歯軋りしていると、視界の隅で騎士が何かをジェスキア公爵へ渡している。
その騎士達の背後には、仲介人とおぼしき、証人2人が萎れて立っていた。
30代後半なのに男をも魅了する公爵の美しさ。
美を賛美するのに性別は関係ないのでしょう。
ある人と、『大陸を二分する美しさ』と言われておりました。
後編へ続きます。