香水職人の正体と共同戦線
わけのわからない胸騒ぎに、急遽予定を変更したシオンは、半日早い帰途にいた。
「夜通し馬車を走らせても、まだだいぶかかります。お休みになっていてください」
理由のない強行軍を強いたシオンは、従者に申し訳なく思いながら、言われた通りに目を閉じる。
「ご主人様、起きてください!」
大きな揺れを感じたと思ったと同時に、いきなり馬車の扉が開き、執事のセイマスに叩き起こされた。
「!? 何事だ?」
目を瞬かせてシオンが尋ねると、執事が身を引いて、後ろにいた3人を指し示す。
「昨日から、至急のご使者がお待ちです」
「昨日から? 一体、何事だ」
胸騒ぎは香り屋だったのか?
うち2人は見覚えがあるが、共通するのは香り屋だけだった。
「ジェスキア公爵から何か?」
「私は、ジェスキア公爵から現状をお知らせするよう仰せつかっただけですので、先に彼のお話をお聞きください」
見覚えのない使者から声をかけると、ジェスキア公爵家の騎士は、文官のジョナスを指した。
「香水の登録が通らなかったのか?」
「いえ、登録は済んでいます。そうではなく、香り屋の職人が行方不明になっているのです、公爵、香り屋に出張の香水製作を依頼されましたか?」
「出張製作? そんな依頼などしていないが、職人が行方不明とはいつからだ?」
焦って早口で告げられた内容に驚き、シオンも早口で問い返す。
「やはり! 俺の責任だ、探しに行かなければ!」
「待て! 闇雲に探して何になる!」
知己の間柄らしい護衛を、ジョナスが止めた。
「閣下、彼女が出掛けたのは、ほぼ4日前です。
此方をお読みいただく方が早いので」
ジョナスが、2通の手紙を差し出してくる。
テレジア様からは、職人捜索の為に、ジェスキア公爵に騎士を動かして貰っていることと、シオンが戻り次第、ゼノア公爵家の私兵も出すようにとの内容だった。
続けて、香り屋の店主からの手紙を読むシオン。
どんどん土気色になっていく顔に、ジョナスが溜め息をつく。
「やはりそうですか…………今、社交界で騒がれているゼノア公爵の想い人というのは、フレデリカさんのことだったのですね」
「……香り屋の職人がフレデリカだというのは本当か?」
「はい、元ロイド侯爵令嬢のフレデリカさんで間違いありません」
「こんな近くにいたのになぜ……」
「口止めされ、黙っていたことは謝罪します。
ですが、お二人はお互いに誤解があります。
端からも想いあってることがわかるのに、何故こんなことになっているのですか! そのせいで、フレデリカさんは拐われたのですよ!」
「わかっている。だが今は、フレデリカを見つけることが先だ」
気が立っているせいで、最後はシオンを責めるような口調になってしまったジョナスに、シオンは同意した。
そのシオンの視線に、すぐに騎士が応える。
「ご報告します。依頼を受けてすぐに捜索を開始しましたが、現状、フレデリカさん目撃の報告は上がっておりません。併せて馬車の捜索と、王都中の空き家の捜索を終えましたが、未だ手掛かりすら発見されておりません」
「ジェスキア公爵は何と?」
「最悪、陛下に指示を仰ぐ可能性があると」
「貴族の仕業ということか……」
「はい。何の証拠もなく、貴族の屋敷を捜索することはかないませんので」
「閣下、証拠はまだですが、犯人はロイド侯爵ではないかと」
そうだしくじった! 俺があんな宣言をしたせいで、フレデリカが…………
「以前、ルシェラ嬢が香水を求めに訪れたことがあったと店主が申しておりました。当然、ロイド侯爵も、フレデリカさんの居場所を聞いていると思われます」
「私への報復か、可能性は高いな」
「テレジア様も同意見です」
「だろうな。
セイマス、騎士を全員叩き起こせ!」
ゼノア公爵家の騎士達は、公爵夫人になる女性が拐われた可能性が高いと聞いて、すぐに主人の元に駆けつけた。
「夜中にすまない。昨日からジェスキア公爵家の騎士も捜索してくれているが、お前達は、ロイド侯爵家のタウンハウスの周囲を固めて欲しい。それとこの二三日中に、侯爵家から領地への行き来がないかも調べて貰いたい」
騎士達と入れ違いに、執事が来客を告げる。
「やぁ、シオン」
「叔父上、それにご店主まで」
「門の前でうろうろしていたのでね、勝手に連れて来たよ」
「ありがとうございます」
「ほら、私はあとでいいから、セイラさんの話を」
「はい。 ご店主、手紙は読ませて貰った。
此方のジェスキア公爵の騎士が既に動いてくれている。私の騎士達も、ロイド侯爵家に向かわせたところだ」
「よかった、ありがとうございます……申し訳ありません、手紙を差し上げたものの、居ても立ってもいられなくて……」
「そうか。遅くなってすまなかった」
「いえ……………公爵、フレドは見つかりますよね?無事ですよね?」
「大丈夫だ、きっと見つけてみせる」
「お願いします……」
「ご店主!」
気を失った店主をシオンが抱きとめる。
「ずっと気を張っていたのだろうよ。テレジア様のお話では、ずっと寝ていないらしいからな」
「そうですか………今まで、彼女がフレドを守ってくれていたのですね」
店主を客室へ運ばせると、シオンは叔父に礼を言った。
「水臭いな。可愛い従姉甥の為だ、礼には及ばんよ。それに、お前の幸せを見届けると従姉に誓ったからな」
叔父も、シオンの母の最後に立ち会っている。
「シオン、私もロイド侯爵が怪しいと思う。
ここに来る前に、侯爵に近いところで、香り屋と同じ香水が出回り始めたと報告があった。
恐らく、強制的に香水を作らせているのだろう」
「叔父上、それはまったく同じ香水ですか?」
「ああ。うちのが買ってあったものと比べさせたが、どうもそうとしか思えないらしい」
「セイマス、ここ最近でうちの花を大量に買った者がわかるか?」
シオンが問うと、執事は領地の報告書から、数人の客をあげる。
シオンが立ち上がり、剣を帯びる
そのなかには新規の客がひとりしかいなかった。
「うちの騎士を向かわせよう。
恐らく、ロイド侯爵と繋がっているはずだ。
そいつ等に証言させて侯爵の逃げ道を塞ぐ。
落ち着け、シオン。お前は騎士に合流しろ。
私が連絡するまで騎士を待機させるんだ。
これ以上、ロイド侯爵を野放しには出来ない。
これは陛下の命でもある。
わかるだろう?……………早まるなよ」
「わかっています」
厩舎に向かっているシオンの横を歩きながら、
ジェスキア公爵が諭す。
自分が、証人を斬りかねないと思ったシオンは、仕方なく騎士達に合流する為に侯爵家に向かった。
俺はまた、大事な人の危機に間に合わなかった
フレデリカを喪うかもしれない事態に、シオンは戦慄する。
落ち着け、香水を作っている間は無事だ
フレドまで、むざむざ死なせたりするものか
真夜中、シオンを乗せた馬が街道を駆け抜けた。
ジェスキア公爵は30代後半のイケメンです。
どれくらい美形かをあとで書きます。
次回は、シオンが何故、ピンクのガーベラだけは、フレデリカに贈れないのかが分かります。
でもすみません、またしても可哀想な人が出ます。