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ロイド家の香水と男達の密談



 ドンッ ドンッ ドンッ


 何?! 何なの?!


 早朝、痛みでほとんど眠れなかったフレデリカの部屋の前で、重い音が響いた。


 「失礼します」


 おざなりな挨拶とともに、許可も取らずに使用人達が入って来る。


 「何の用?」


 使用人達はフレデリカを見ずに、樽いっぱいに活けられた花を、次々と運び込んでいく。


  本当に香水を作らせる気ね


 香水は香り屋のものとして登録をしてあるのに、ロイド家のものとして売り出すつもりなんだわ。

 登録してあることを知らないのかしら。


 きっとそうよ、商品監理省に登録されているかなんて、そんなことを調べる人達ではないもの。


 それなら、香り屋で作っていたものと全く同じものを作ればいいわ。

 私の香水がロイド家の名前で出回れば、不審に思ってくれる人がきっといるはず。


 


 フレデリカが、素直に花を手にしたので安心したのか、使用人達がこちらを向いた。


 彼等が顔を歪めて慌てて出ていく。


 私の醜い火傷を嫌ったのね…………


 また暗い気持ちになるのを何とか止めて、火傷がひきつらない程度に深呼吸した。


 大丈夫。セイラの為にも私は負けない!


 痛む腕を持ち上げ、以前より不恰好になった『箱』を作り、花を入れていく。


 途中、様子を覗きに来た侯爵が、素直に香水を作っているフレデリカを褒めてきた。

 気持ち悪くて無視していたら、いつの間にか姿が消えていた。


 お父様は、私が香水さえ作っていればいいのね。


 父親を想う気持ちが僅かに残っていたが、欠片も残さずに消え去っていった。


 


 やっぱり、ゼノア公爵領のお花でないと駄目なんだわ。


 どうにか出来上がった香水は、今まで作っていたものとは比較にならない出来だった。


「全然、違うじゃないの!」


 香りを嗅いだルシェラが、瓶を床に投げつけた。


「フレデリカ、手を抜いたのか?」


「いいえ、そんなことしてない。火傷が酷くて腕がうまく動かないの。そのせいで魔法が扱いにくくて…………このままでは売れるものが作れないわ」


「嘘ではないな?」


「お父様、この火傷を見てそう言うの?」


「うっ」


 気遣いもせず、顔をしかめて背ける侯爵に、フレデリカは薬と包帯を要求した。


「手当てが済んだら作業に戻るんだ、いいな」


 どうにか勝ったわ。小さな勝利だけど助かった。


 すぐに薬と包帯が届けられたけれど、手当てを手伝ってくれる者はいない。


 動かすと痛む腕を伸ばして、やっとの思いで包帯を巻き終えたものの、動けるようになるまでに時間がだいぶかかった。


「前のよりはマシね。でも、全然違うわ」


 また、ルシェラが香水瓶を投げ捨てる。

 

「フレデリカ、どういうことだ? 本当に手を抜いたわけではないだろうな?」


 詰め寄る侯爵に首を振ってみせる。


「前のよりマシなら、そんなことしてないのがわかるでしょう?」


「ならなぜ、こんなに出来が違うモノが出来る?」


「私が作っていた香水は、全部ゼノア公爵領から仕入れたお花を使っていたの。劣るお花で作ったのなら、香水だって劣るわ」


「お前!」


「お父様、待って!」


「ルシェラ、何だ?」


「香り屋の香水の香りが、途中からさらに良くなったと聞いたことがあるの」


「ええ、そうよ。市場で買っていたお花を、途中から、ゼノア公爵領のものに全部切り換えたの」


「お父様………どうします?」


「多少劣っても構わないだろう?」


「ダメよ! 一度、最高のモノを味わった貴族達が、劣るモノに見向きなんてするわけがないわ」


 お願い、お姉様。もっと言って頂戴。


「お父様、ゼノア公爵家直営の店より劣るモノを、ロイド家の名で出すおつもりなの?」


「駄目だ! あの若造に劣るなど我慢ならん! 間に人をおいて、ロイド家の名が出ないように花を買えばいい」


 ありがとう、お父様。

 お姉様も、お父様の扱いがさすがだわ


 また一歩、前進ね。

 香水を作れるくらい、大量にお花を仕入れる店は少ないわ。しかも、ゼノア公爵領のお花ならもっと限られる。

 私の居場所に気付いて貰えるわ!





「セイラさん、いくら何でもおかしいですよ。フレデリカさんは、何の連絡もせずに、店を空ける人ではないでしょう?」


「もちろんわかっているわ。でも騒ぎになって、ロイド侯爵に知られたら、フレデリカが連れ戻されるかもしれない」


「そうかも知れませんが、フレデリカさんの身に何かあったらどうするのです?」


「わかってる、わかってるわ。でも、ロイド侯爵家でのフレデリカの扱いは、とても酷いものだったの」


「しかし…………」


「ごめんなさい、もう少し待たせて。シオン様からの依頼だもの、そのお嬢様のお屋敷で泊まったのかもしれないし」


「………わかりました」


 お互いがフレデリカを心配しているのはわかっている。ただ、その方向が違うだけだ。


 セイラさんは、フレデリカさんの将来を。

 自分はフレデリカさんの命を。


 だが、ロンにはただの依頼には思えなかった。

 だから、香水の出張製作を依頼したのか、どうしても雇い主のゼノア公爵に確認したいのだが、セイラがうんと言わない。


「どうしたものか」


「ロン、どうした?」


 香り屋の閉店後、いつもの飯屋で夕食を取っていると、釣り仲間のジョナスが寄ってきた。


「ジョナス、お前はフレデリカさんの事情を全部知っているな?」


「香り屋のフレデリカさんのことならね」


 ロンはゼノア公爵家の警備をしていたところに、釣り仲間のジョナスの推薦で、香り屋の警護担当になっていた。


 こいつ、もしかしたらこういうこともあるかも知れないと、俺を推薦したのか?

 

 お人好しの惚けた友人が、意外に抜け目がないことをロンは知っていた。


 十分あり得るな。

なら、こいつに相談に乗ってもらおう


「ジョナス、香り屋が困ったことになっている。

話があるんだ、場所を変えよう」




「何で公爵に知らせない! フレデリカさんに何かあったらどうする!」


 フレデリカが戻らないこと、所在がわからないことを伝えると、ジョナスが開口一番に怒鳴った。


「俺もそう言ったさ。だけど、下手に騒いだらロイド侯爵家に連れ戻されると言って、セイラさんが反対するんだ」


「そんなこと言ってる場合か! 大体、依頼先のお屋敷はどうした? 問い合わせていないのか?」


「それが……公爵からの依頼の手紙が、依頼書の代わりだとか言って、持参するように書いてあったらしい。手紙を読んですぐに迎えが来たから、何処のお屋敷か知らないんだ」


「お前バカか! 尚更怪しいだろうが! そんなの、証拠を残さないようにする常套手段だろう! お前はフレデリカさんの護衛なんだぞ! その手紙を奪ってでも見るべきだったんだ!」


「ああ、俺としたことが抜かったよ。面目ない」


「お前の面目なんかどうでもいいよ。公爵にすぐに相談しろ! 俺も朝一番でテレジア様に報告する」


「頼む。俺も今から公爵家に行くよ」


 二人は慌ただしく、それぞれの目的地へ別れた。


 ジョナスは面会をお願いするために職場へ

 ロンはゼノア公爵家へと馬を走らせる。


 どうか、無事でいてくれと思う気持ちはどちらも同じだった。

 







 王都での暮らしが、いつの間にか、フレデリカを強いこに変えていました。

 待ってるだけだった女の子は、生きる為にしたたかに成長します。




次回は、お役所仕事に焦るジョナスさんとテレジア様の面会です。

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