注目のルシェラ
今回は、ルシェラ→シオンと視点が変わっていきます。
「ルシェラ様、おひとりでいらしたの?」
早速きたわね
先日の茶会で、シオン様との婚約をしつこく疑ってきた令嬢が、夜会の会場でルシェラを待ち構えていた。
「仕方ないですわ。ルシェラ様は、婚約している白昼夢をご覧になるほど、お相手がいらっしゃらないのですもの」
「おかわいそうにねぇ」
「おっしゃって戴けたら、どなたかご紹介致しましたのに」
「まぁお優しいこと」
まだ入り口だというのに、ルシェラは令嬢達の嫌味を湯浴みのように浴びている。
嫌味に堪えた様子のないルシェラに、苛立ちを隠しきれない令嬢達に向け、ルシェラは略式のカテーシーをしてみせた。
「皆さま、ご機嫌よう」
ルシェラの動きにあわせて、ふわりと花の香りが漂う。
「「「「 ! 」」」」
ひそひそと言うには大きすぎた令嬢達の声が、ピタリとやんだ。
「ル、ルシェラ様、この香りは?」
「お気づきになりました?」
「そんなまさか……それだけは売らないと……」
「お疑いにならなくても、皆さまが今思い浮かべていらっしゃるお花の香水ですわ」
「どうしてあなたがそれを……」
「当然でしょう? 私はシオン様の婚約者ですもの。あの香り屋が、唯一無二の香水を私に寄越して参りましたの」
「そんな、だって、婚約は嘘でしょう?」
蒼白の顔で、すがるかのように扇を握りしめる令嬢に、ルシェラが近づく。
「嘘よ、嘘だわ」
強くなったピンクのガーベラの香りが令嬢を打ちのめした。
「なぜ? 嘘だといった覚えはございませんわよ」
「これはこれは。ロイド侯爵令嬢、我が家の夜会にようこそおいでくださいました」
さっきまで、ルシェラを見向きもしなかった主催のエヴァン侯爵が、笑顔で近寄って来る。
聞いていたくせに!
私を笑い者にする為に招いたのでしょう?
思い通りにならなくて残念ね。
せいぜい未来の公爵夫人に媚びるがいいわ!
「閣下、本日はお招きありがとうございます」
「いえいえ、ゼノア公爵の御目がねにかなったルシェラ嬢に、是非お会いしたいと思っていたのですよ」
すっかり大人しくなった令嬢達を無視して、
エヴァン侯爵が会場の中央へルシェラをエスコートする。
「ルシェラ嬢、お美しい貴女とお話してみたいとお待ちしておりました」
「まぁ! そう言って頂けて嬉しいですわ」
「先程の令嬢達をあしらう毅然とした態度、やはりゼノア公爵がお選びになった方だと、私、感服しましたわ」
「いえそんな。お恥ずかしい」
こいつらも、さっきまで遠巻きにしていたクセに、何を言ってるのかしら?
ルシェラの機嫌をとろうと、次々に近づいて来る貴族達を適当にあしらいながら、ルシェラは最高のタイミングを図っていた。
「皆さま、私どもの娘に過分の御言葉をありがとうございます」
打ち合わせ通りに、時間を遅らせて到着したロイド侯爵と夫人が、さも嬉しそうに礼を述べる。
「お父様! お義母様!」
「ロイド侯爵、待ちかねたよ。ルシェラ嬢は非常に聡明でいらっしゃる。貴殿もさぞ御自慢だろうね」
「娘をお褒め頂き光栄です。私どもも、ルシェラをよく出来た娘だとは思っておりましたが、まさか、ゼノア公爵に求婚して戴けるとは。なぁ?」
「ええ、私達も驚いておりましたのよ」
ルシェラ同様、社交界で居心地の悪い思いをさせられていたロイド侯爵と夫人が、満足そうに謙遜してみせる。
同じく年頃の娘を持つ貴族達が、苦虫を噛んだような顔で此方を見ていた。
勝ったわ!
今日の主役は、完全に私達ロイド侯爵家ね
「シオン・ゼノア公爵のご到着です」
入室案内の声に、貴族達の視線がルシェラと入り口の扉に別れる。
今だわ!
「見事な!」「なんて美しいの!」
ルシェラは会場一杯に、いくつもの虹を出した。すべての虹が、自分を引き立てるように計算して。
貴族達があげる感嘆と称賛の声に、ルシェラはかつてないほど高まっていた。
嫌な予感がする
フレデリカ捜索を優先したいと思いつつ、仕方なしに出向いた夜会は、扉の向こうで異様な歓声が沸いていた。
「これは一体、何事ですか?」
開いた扉のすぐ側にいた男性に聞く。
その声に、サッと人垣が割れた。
シオンの前に、ルシェラに向けて真っ直ぐに道が出来ている。
「どういうことだ?」
「ゼノア公爵、さぁ、ルシェラ嬢のもとへ」
「なぜ私が、ルシェラ嬢の側に行かなければならない?」
「ゼノア公爵、もうお惚けにならないでください。我々はお二人を祝福致しますよ」
寄って集って、シオンを中心へと押し出した。
虹の中心にはルシェラ。
その傍らにはロイド侯爵とその夫人。
「シオン様、お待ちしておりました」
「ロイド侯爵、どういうつもりですか?」
ルシェラを無視して侯爵を問い質す。
「どういうつもりも何も、求婚して戴いた娘とともに、閣下をお待ちしていただけです」
「ロイド侯爵、申し訳ない。何度も言うが、私が求婚するのはフレデリカ嬢だ。ルシェラ嬢ではない」
俺を手玉にとろうとするなど、許してたまるか、見くびるな!
「またそのようなご冗談を。当家には、娘はひとりしかおりません」
「そうですわ。閣下は、ルシェラに求婚のガーベラを贈ってくださったではないですか。
お気持ちは十分存じておりましてよ」
「先だっては、この子の為だけに作らせたという、ピンクのガーベラの香水まで、ルシェラに贈って戴きました。それほどにと、私達も閣下のご寵愛に感動しております」
ピンクのガーベラの香水?
「香水など贈った覚えはない!」
「さぁ、皆さまが期待されてますわ」
夫人が、この場で正式に求婚しろと、ルシェラをシオンの前に立たせた。
彼女から、なぜあの香りが!
確かにルシェラはピンクのガーベラの香水をつけていた。
あれは、テレジア様以外には売らないのではなかったか? 俺でさえ、分けて貰うのは大変だったものを、なぜルシェラがつけられる?
「なぜ、その香水をつけている。それは、君のような人がつけていいものではない」
「嫌ですわ。照れるのはいい加減になさって?」
(フレデリカをこの国から追い出しても構いませんの? あの娘が生きていけるとお思い?)
寄り添い、扇の陰からシオンにだけ聞こえるようにルシェラが囁いた。
お前は、実の妹の命まで利用するのか!
「さぁ、期待に応えて差し上げましょう?」
右手の甲をシオンに差し出すルシェラ。
なるほど。妹の命も、俺の想いも知ったことではないということか。ならば────
「もう、我慢ならない」
「シオン様?」
シオンが、会場の貴族達を見渡し口を開く。
「皆さん、私は宣言する!
私、シオン・ゼノアは、ここにいるロイド侯爵がご息女、ルシェラ嬢に求婚していない!
無論、これからもけしてすることはない!
変な噂が出回っているようだが、すべてロイド侯爵家による出任せだ。
私が真に想う女性は別にいる。その彼女を救う為、侯爵の要求に応え、ガーベラを贈っていただけだ。
どのような手段で手に入れたか知れないが、香水など贈った覚えもない。
香り屋は、ルシェラ嬢とも、ロイド侯爵家とも関係ないことをお約束する。
以後、ルシェラ嬢のことで私を煩わせる方がいないことを願う!」
「いや! シオン様! どうか落ち着きになって?
貴方の想い人はここにおりますでしょう?」
「くどい! これ以上はたくさんだ! 私に近寄らないで貰いたい」
腕を掴もうとするルシェラを、シオンは勢いよく振り払った。
ちょっと、ご相談です。
昨日と今日と、原稿用紙8枚と出ているのですが、一体、どのくらいが読みやすいでしょうか?
別作品は大体、3枚~4枚にしていたのですが、だんだん、わからなくなりこの状態です。
気にしなくてもいいのでしょうか……
次回は、嘲笑の的になってしまった、ルシェラと侯爵達が何かを企てます。