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シオンの回想



「余計なことしやがって、あいつめ」


 騙し討ちだろうが!

 あんな風にルシェラに会うなんて最悪だ。


 ロイド侯爵邸で、ルシェラに抱きつかれて気分は最悪だった。


 それもこれも侯爵達が、俺がルシェラに求婚したなんて吹聴するせいだ、畜生どもめ!

 おかげで、俺がルシェラを追いかけてるなんて馬鹿げた噂まで流れたじゃないか!

 いつ結婚するのか訊くヤツばかりでウンザリなのに!

 

 でも、今日はっきりした。

 あいつらは、俺にフレデリカの居場所を教える気がない────ルシェラと結婚しない限りは。




 ◇


「フレドちゃん、こちらへいらっしゃい」


 母様の具合が良かったから、久しぶりに散歩に出たけど、大丈夫かな? 母様、倒れたりしないかな?


 母が気掛かりで、シオンは片時も離れられない。


「はぁい」


 艶のある黒色の髪をふわふわと弾ませて、幼い女の子が母の元に走って来る。


「リボンがほどけていてよ」

「ホントだ! おば様、なおしてくれる?」

「いいわよ。ほら、あちらを向いてちょうだい。可愛くしてあげますからね」

「やったー」


 嬉しそうに、頭を差し出して言われた方を向く。少女はシオンの母に本当によく懐いた。


「どうせ走り廻って、すぐに外れるさ」


 意地悪を言うシオンに『イーッ』と歯を見せたあと、プイッと横を向いて母に向きを戻されている。


 意地悪言ってごめんね。でも君が来てくれて本当に良かったと思っているよ。



 新しい住人を気にして庭にやって来た少女を、母が手招きしたのが最初だった。


「私はアンジェ、この子はシオンというの。あなたは、誰かしら?」


「フレデリカ・ロイド、おかあさまはフレドってよんだの。アンジェさまはシオンお兄ちゃんのおかあさま?」


 少女は、隣の屋敷に住むロイド侯爵の娘だと名乗り、自分にはもう母様がいないのだと二人にこぼした。


「いいな、お兄ちゃんにはおかあさまがいるのね」


「フレドちゃん、よかったら時々うちに遊びにいらっしゃい。私達も越して来たばかりで寂しいから」


 見るからに大事にされていないと分かる姿とフレデリカの言葉に、可哀想に思った母が屋敷に誘った。


「おばさまー お兄ちゃーん、また来たよ!」


 コイツ、相変わらず通いつめてるけど、大丈夫なのかな?


「わぁー きれーい!」

「本当に綺麗ね」


 フレデリカのおかげで母は元気を取り戻し、庭に手ずから花壇を作った。

 フレデリカと三人で母が一番好きな花を植えて、世話もずっと三人でやってきた。そして今は、ピンクのガーベラで一杯の花壇を手を繋いで見ている。


「アンジェおば様、このお花はなんていうの? わたし、このお花大好き」


「あらそうなの? 嬉しいわ、私が一番好きなお花なの。ガーベラっていうのよ」


「ガーベラ? そっかぁ、このお花アンジェおば様みたいね。きれいでとってもやさしいかんじ」


 そうだろう? 僕もそう思った。

母様は美人で優しいからな。


 うんうん頷き、無言で雄弁に同意していると、フレデリカは真剣な顔で母を見つめた。


「おば様は、ながいきしてね?」


「………フレドちゃん」


 言葉に詰まって、母様がフレデリカを抱きしめてる。僕はちょっとだけ寂しいけど、我慢だ。

 フレデリカにとっちゃ、母様はもう一人の母様だもんな、今だけ譲ってやるさ 今だけな!


「シオンも、今までごめんなさいね。母様はいい母ではなかったのに側にいてくれてありがとう。私はもう大丈夫よ」


「母様! 本当?」

「ええ。シオン、愛してるわ」

「母様は僕が守るよ! ずっと側にいるからね」

「フレドもー!」


 母様は腕を一杯に広げて、僕も一緒に抱きしめてくれた。


 幽霊みたいだった母様はどこにもいない。

 産まれ変わったみたいに笑ってる。


 もう絶対、幽霊みたいだなんて言わせない!

 母様は僕が守るんだ、父様達から絶対に!


 あーでもないこーでもないと、今日も髪型を話し合う母とフレデリカの姿は、シオンの幸せそのものになった。



 初めて逢った日から、2年後、

 実の息子以上に、母に懐いているフレデリカが、まだ小さな腕を組んで真剣に悩んでいる。


「フレド、不細工になってるぞ。どうした?」


「不細工じゃないもん、おば様が可愛くしてくれたもの、絶対かわいいもーん」


「で、どうした?」

「あのね、私、おば様みたいになりたいの。どうしたらおば様みたいに素敵な女の人になれるか考えていたの」


 当の母を前にして真剣に悩むフレデリカに、母と笑いを堪えながら彼女の頭を撫でた。


 君はとっくに素敵な女の子だよ。知らないだろうけど、僕らの幸せは君が運んでくれたんだ。

 ありがとう、フレデリカ




 あの時から君は、俺にとって母と同じくらい大切な人になったんだ。


 でも、いつからこんなに愛しく思うようになったんだろう。



 依然として見つからないフレデリカに、シオンの焦りは増している。


 公爵家の私兵を使っても居場所がわからないなんて、フレデリカ、一体君はどこにいるんだ。


 本当に無事なのか?

 なぜ俺にも黙って出ていった?

 俺からも逃げたかった?


 昔はあんなに近くにいたのに。








フレデリカという名前はごく一般的で、黒色の髪とともに巷に溢れています。特に王都には大勢の似たような女性がいました。


「乾燥」魔法を使って香水を作っていることは公表しておらず、「乾燥」を知っている街の人々は、フレデリカが勘当された元貴族の娘だと知っています。なので、貴族の私兵にフレデリカのことを話しませんでした。



次回、お姉様が香り屋へやって来ます。


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