蘇りのビデオ
これは、間もなく寿命を迎えようとしている、ある年老いた男の話。
その年老いた男は、大きな屋敷のベッドの上で、
終わりの時を迎えようとしていた。
若い頃から健康そのもので、大きな病気などしたことが無く、
商売にも恵まれ、こうして大きな屋敷を建てるほどだった。
しかし、そんな順風満帆の人生だったその男も、
寿命には逆らえそうもなかった。
年齢を重ねるごとに体は衰えていき、
そして今日、息をする体力さえ尽きようとしていた。
その年老いた男が横たわっているベッドの傍らには、
一人の孫娘と、往診にやってきた医者が控えていた。
その年老いた男が医者に、すがるように言う。
「先生、お願いだ。わしの体を治してくれ。
わしにはまだ、やりたいことがたくさんあるんだ。」
しかし医者は、すまなそうに首を横に振る。
「御身体の衰弱は、老衰によるものです。
こればっかりは、医者でもどうしようもありません。」
そのやり取りを、孫娘は目に涙を浮かべて聞いている。
年老いた男と、それを看取る孫娘。
静かに悲しい時間が流れる部屋。
その場に、少し異質なものがあった。
それは、孫娘の手に握られた、古いビデオカメラだった。
孫娘が手に持っているのは、真っ黒なビデオカメラ。
カセットテープに記録する、古いタイプのもの。
孫娘は、その黒いビデオカメラで、その年老いた男を撮影している。
その年老いた男は、腕を弱々しく上げると、
孫娘が持っているその黒いビデオカメラを愛おしそうに撫でた。
「やはり頼みの綱は、この蘇りのビデオしかないようだな。
孫娘よ、わしが死ぬその瞬間まで、しっかりと撮影してくれよ・・・。」
それに応えるように、その黒いビデオカメラからは、
ビデオテープが回る音が静かに響いていた。
その黒いビデオカメラは、その年老いた男が若い頃に手に入れたものだった。
昔、商売に成功して大金を手に入れたその男は、次に不老不死を求めた。
もっと成功したい、稼いだ金で楽しみたい、
そのためには、若さと時間が必要だから。
そうして、世界中に伝わる不老不死の薬や治療法を試した。
しかし、どれも効果は感じられなかった。
それでも諦めきれず不老不死を求めたその男は、ある行商人と出会った。
その行商人は、真っ黒な服装をしていた。
黒い行商人が、黒いビデオカメラを取り出して説明する。
「このビデオカメラは、蘇りのビデオだよ・・。」
「蘇りのビデオだって?」
「そうだよ・・。
このビデオカメラで、人生の節目節目を撮影しておくんだ。
そうやって、ビデオテープいっぱいに人生を撮影しておけば、
ビデオテープと一緒に人生も巻き戻して再生してくれるよ・・。」
その説明を聞いて、その男はすぐに飛びついた。
「そうなのか!よし、買おう。
例え効果が無かったとしても、ビデオなら害はないだろう。
人生を再現するなら、これからも成功し続けなければな。」
その男は、豪快に笑った。
黒い行商人が、黒いビデオカメラを渡して説明する。
「ただし、人生を巻き戻すには、条件があるんだ・・。」
「条件?」
「それはね、人生を巻き戻すには、
あんたの死ぬ瞬間を撮影していないとダメってことだよ・・。
どんな映画にも終わりがあるのと同じでね。
ビデオテープを使い切る前に、死ぬ瞬間を撮影しておいてくれ・・。
だから、死ぬ前にビデオテープを使い切らないように気をつけてね・・。」
「なんだ、そんなことか。いいだろう。
では、大事な場面だけを撮影するようにしなければな。」
それからその男は、黒いビデオカメラで人生を記録するようになった。
そして時が経って、現在。
その年老いた男は、寿命とビデオテープの終わりを、同時に迎えようとしていた。
息も絶え絶えのその年老いた男が、孫娘に言う。
「わしの姿を、その蘇りのビデオでしっかりと撮影しておいておくれ。
もうすぐだ・・もうすぐビデオテープは終端を迎える。わしの人生と共に。
そうすればわしは、人生を巻き戻せる。
ビデオテープいっぱいに記録した人生を。
そうしたら、わしはもう一度・・・」
上に掲げていた手から、パタリと力が抜け落ちる。
それっきり、その年老いた男は動かなくなった。
「おじいちゃん!しっかりして!」
孫娘がその年老いた男に寄り添う。
しかしその年老いた男は、ぐったりとして動かない。
その脇から、医者が確認して言った。
「・・・ご臨終です。」
孫娘は涙を流して、その年老いた男の手を握っている。
やはり、蘇りのビデオなど嘘だったのだ。
そう思ったその時、どこかから機械音がした。
孫娘が音の源を探して、涙に濡れた目を向ける。
それは、傍らに置いていた黒いビデオカメラだった。
ビデオテープが終端にたどり着いて、自動的に巻き戻り始めたのだ。
キュルキュルとビデオテープを巻き戻す音が続く。
やがて先頭まで巻き戻ったようで、動きが止まる。
そして再び、ビデオテープがゆっくりと回り始めた。
孫娘が、黒いビデオカメラを確認しようと手を伸ばす。
その時。
臨終してぐったりとしていたその年老いた男が、
突然、目をくわっと見開いて起き上がった。
「・・・おじいちゃん!?」
孫娘と医者が目を白黒させて驚く。
つい今しがた臨終したはずのその年老いた男は、
老衰していたのが嘘だったかように、ベッドから勢いよく起き上がった。
自分の両手を見て声を上げる。
「生きてる・・・生きてるぞ!
蘇りのビデオは本物だったんだ!
これでわしは、もっと生きられる!
人生を再び楽しむことが出来る!」
蘇りのビデオで生き返ったと喜ぶ、その年老いた男。
孫娘と医者が、それをポカンと見ている。
その時、黒いビデオカメラから異音が鳴り始めた。
ガリガリ・・ガリガリ・・。
何かが引っかかるような音がしている。
その年老いた男は、それには気が付かず小躍りしている。
「あのビデオカメラを大事にしていて、本当に良かった!
体が動かなかったのが嘘のようだ。
この体なら何でも出来るぞ!
まずは温泉に行って、その後は・・・」
そこまで言ったところで突然、
その年老いた男は、糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。
そして、泡を吹いて痙攣したかと思うと、ピクリとも動かなくなった。
孫娘と医者は、とっさに何も出来ず、顔を見合わせた。
また起き上がってくるのではないかと思うと、手が出せない。
しかし、その年老いた男は、
それっきり二度と起き上がることはなかった。
何が起こったのか分からず、涙も引っ込んでしまった孫娘が、
転がってる黒いビデオカメラを手に取って確認する。
黒いビデオカメラ自体は大事にされていたようで、
どこにも故障などはしていないようだ。
作動音がして、黒いビデオカメラが、何かを吐き出す。
それは、中に収められていたビデオテープだった。
吐き出されたビデオテープを確認すると、
年老いた男の最期までを記録したそのビデオテープは、
古くなって劣化してしまったのか、
途中でプッツリと千切れてしまっていたのだった。
終わり。
入れ物だけを大事にしても、中身を粗末にしては意味がない。
というようなことをテーマに、この話を作りました。
この年老いた男は、人生を巻き戻すこと無く死んでしまいましたが、
自分の家で孫娘に看取ってもらえて、幸せだったのかもしれません。
お読み頂きありがとうございました。