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銀の繭  作者: ハタ
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海中サーカスと再現される思考実験

「次はー、海中サーカス。海中サーカスー。」


船がまるで電車のようなアナウンスを流して、その言葉に再びテディベアたちがざわめきだした。

きっとそこで降りるのね。私たちも、降りた方が良いのかしら?それとも、終点まで乗っていた方が良いのかしら。


「海中サーカス。海中サーカス。お降りの際は、足元にお気を付けください。」


考えている間に、船は停泊してテディベアたちが流れるようにコンクリートの駅のホームみたいな場所へ降りて行った。


「きゃっ」


そして流れは川の濁流のように、私たちも一緒に流して船から降ろしてしまった。海の上にぽつりと立った駅のホームに、私とギンと、沢山のテディベアがひしめく。ホームは大渋滞だ。

船はやがて駅を離れ、恐らく次の停泊場所へと向かってしまった。目の前には、海が広がっている。後ろを振り向くと、また海が広がっている。


「サーカスなんて、無いじゃない。」


海はどこまでも青い。青いのはライオンの瞳。真っすぐ象を見つめて輪くぐり。金色の象がピエロ乗せてやってくるのは、今日のお天気が海だから。それは、サーカスの日。


「シュールレアリスムの波だわ!」


ざぶん!


大きな波が、駅もテディベアも、私もギンも、丸ごと全て呑み込んだ。私は相変わらずギンと手を繋いでいて、ぎゅっと丸くなって海水の激しい流動に耐える。

すると、どこからともなく拍手が聞こえてきた。


「さあさあ皆さま!ようこそお越しくださいました、海中サーカスへ!本日はお楽しみくださいませ!」


陽気な男性の声に、ぎゅっと瞑っていた目を開けると、いつのまにか私とギンはサーカスの客席へ腰かけていた。青を基調とした海の底みたいなデザインのサーカステントがとても綺麗で、辺りを見渡す。


金の象が鼻で作った水の輪を、下半身が魚のようなライオンたちが次々くぐっていく。

それから夜空に輝く星のように発光したヒトデたちの綱渡り。

全身ウロコに覆われた青いうさぎたちのダンス。


その全てが、見たことのない光景だった。


「さて、最後の大目玉!手品をご覧にいれましょう。お客さまにご協力いただきたい。

そうですなあ…、そこの真っ白なお子さん!ええ、そこの、真っ白い繭玉のような!」


話半分に聞いていたピエロの言葉に、ギョッとした。彼、ギンを指名した?ギンの座っている方を向いたら、ギンは何にも怖くなんかないみたいに壇上から降りて、ピエロの隣に並んで私に手を振っていた。

ピエロの後ろには、太いホースが二つ繋がれた木箱が置いてある。


「皆さま、シュレディンガーの猫という思考実験をご存知でしょうか。いえ、あの物騒な装置を再現しようってんじゃない。今回はこちら!この木箱、中は防音、外からは様子も見えない。中には二つの扉がございまして、一方はこのサーカステント内のどこかへ、一方は海へ繋がっております。つまり海に繋がっている扉をお客様が開けてしまいますと…、泳ぎは得意ですか?いいやそんなの関係ない!君が魚にでもならない限り、生きては出られないでしょうな!

さあ、中に入って!」

「そんな!ギン、やめて!」


十分物騒な木箱に青ざめた。二分の一で訪れる死なんて、あまりに危険すぎる。私の叫びも聞かずに、ギンは木箱の中へと消えていった。

大丈夫、これはサーカスの手品。そう言い聞かせてみても、私は怖くて震えている。


「実験に沿いますならば、我ら観測者がこの木箱を開けるまで白いお子さんの生死は決定しないわけです。お分かりになりますか?この木箱の中では、生きているお子さんと死んでいるお子さんの状態が重ね合って存在しているんですよ。」


分かるわけない。箱の中で結果は出ているんだわ。

私はその思考実験について何度か聞いた事はあったけれど、意図がちっとも分からないでいたのだ。でも、どうか生きていてと願った。私はいつだって、確率に影響を与えない祈りばかりを捧げている。

暫く経つと、木箱の蓋がガタガタと震え出した。海水が漏れだす。木箱がメキメキと悲鳴を上げて壊れ始めて、パン!と弾けた直後、ピエロが慌てて蛇口を捻って海の水を止めた。

客席のテディベアたちが心配にどよめいている。私も怯えていた。大丈夫、手品なんだから。そう舞台を見下ろしてみればそこに、


濡れた真っ白い子どもがぐったりと横たわっているのが見えた。


「ギン!!どうしてっ、どうしてこんなこと…!」


大粒の涙が溢れ出す。ピエロへの怒りに満ちて、青い景色は真っ赤に染まりそうだった。


「パジャマのお嬢さん、落ち着いて。隣をご覧ください。」


泣いていて、ピエロの声なんて聞く気にもならなかった。けれど、パジャマの裾をしきりに誰か引っ張るものだから、嫌でも振り向いてしまう。


「やめてよ…っ、!ギン…?どうして…!ああ、ギン…!」


そこには、笑顔のギンがいた。咄嗟に嬉しくて腕の中に閉じ込めるけれど、ピエロの前で萎れていた子どもを思い出してゾッとする。


「どうして、ギンが二人いるの…!?どっちが偽物なの?これが手品だって言うの!?」

「いいえ。貴女がまだ本当の箱を開けていないからですよ。」


本当の、箱?


「ご安心ください。貴女の胸に埋もれた子供は、確かに貴女と旅をしてきた白いお子さんその人ですよ。そして、ここに息絶えた子どもも。

さあ、今度は貴女が本当の箱を開ける番です!我ら観測者に見せてください、その結末を!」


ピエロの言葉へ言及する前に、水圧に耐え兼ねた蛇口が壊れて、ホースから海水が噴出した。ものの一瞬でテント内が海水に満たされて、抱き合っている私たちはまた海に流されてしまった。


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