人形裁判と熊チョコ運搬船
その日、私とギンは拘置所に放り込まれた。私は、一晩中ギンをぎゅっと抱きしめていた。ギンは、繭に包まれたみたいに丸くなって、私に身を委ねる。
翌日、まるで真似事みたいなハリボテ裁判が行われた。
「隣人、クロテッド氏によりますと、被告人は『犯人はお前だ』と書かれた紙を掲げて被害者、レディ・スコーン嬢の前に立っていたそうなのです。これはもう、彼女たちがレディ・スコーン嬢の眠っている間に首を糸で縛り上げ、糸の先を時計の長針の先端に結び付け徐々に首が吊れるように殺害したと述べているようなものです!あとは部屋を去って、時間が経過していくと同時にスコーン嬢の体が浮いていくのを待つだけなのですから。」
「貴方、言ってる事がめちゃくちゃだって分からないの!何で犯人が現場に戻ってくるのよ!ましてやあんな紙を持って自供?
…そうだ繭玉社へ連絡してちょうだい。犯行時刻に私はそこに…、いえ、もし旅人先生が繭玉社へ戻っていたら?私、もしかして嵌められたの…?ううん、それでもまだあの編集者はここの人たちほど頭が可笑しくない筈だわ。そうよ、旅人先生に会えば全て解決するんだから!」
「被告人、静粛に。街の外への連絡は禁じられています。」
ここには、私たちの味方はいない。検事も、裁判官すらも、私を犯人と決定づけて止まない。ひげ面の弁護士は口でクルミの殻を割るのに夢中。傍聴席でも私は非難されていた。みんな早く裁判が終わったら良いと思ってる。最悪の判決を待っている。私は、もうどうしようもなくって俯いた。
ガシャン!
「何…?ギン!貴方っ、何をしてるの!?」
突然、物が壊れるような大きな音がして顔を上げる。すると、真ん中に立つ検事に向かって、ギンが勢いよく座っていた木製の椅子を叩きつけていた。検事は足が折れてしまったみたいで、その場に倒れて恐ろしいものを見るような目でギンを見つめ、怯えている。
ゴトリ。
ざわつく裁判所内で、折れた足の転がる音が私の耳に届く。血は出ていない。それどころか、これは…。
「木?…お人形?…そうだったのね。みんな、お人形さんだったのね!それじゃちっとも怖くないわ。」
「こ、この、人殺し!死刑だ!死刑だ!」
もう、どんな言葉にも傷付かなかった。私もギンに続いて座っていた椅子を持ち上げて振り回す。人形を壊すのなんて、ちっとも怖くない。小説の中で人を殺すようなものよ。
私とギンは椅子を振り回しながら出口へ走った。私たちを追う者も、逃げ惑う者も、全部木偶人形。外へ出た私とギンは、ボロボロになった椅子を捨てて、いたずらっ子みたいに笑い合った。そしてまた、街を走り出す。
「捕まえろ!人殺しだ!」
街を走ると、色んな匂いも駆け巡っていった。干してある洗濯ものの石けんの匂い、焼きたてのパンの匂い、潮風の匂い。
「…海よ。ギン、船に乗り込むの!」
予想通り、街の果てには港があって、その先には海が広がっていた。港には船が一隻停まっていて、何かがひしめいている。赤を基調とした木製の船は金の縁取りが可愛らしい。歩み寄って中を覗いてみると、そこにはぎゅうぎゅうにテディベアと、銀紙と赤いパッケージに包まれた板チョコレートが押し込まれていた。
「なんて素敵なの!」
私はギンの手を引いて、テディベアとチョコレートの山へ潜り込んだ。テディベアも街の人形たちと同じように意思を持っているようだったけれど、攻撃的では無かった。異物である私たちを受け入れて、撫でたり抱き着いたり座ったり、好き放題。
やがて、船がボウッと汽笛を鳴らして重い腰を上げた。テディベアに埋もれて、どこに向かっているかなんて分からない。自称旅人先生の行方も、結局分からなくなってしまった。
でも、何となく進んでいるような気がした。船は勿論進んでいるんだけれど。ううん、きっと、私が辿り着くべき場所へ。
「ギン。一緒よね?一緒にいてね。」
手探りで、ギンの手を探し当てて握った。ギンは私の一回り大きな手を握り返す。テディベアに勧められて、板チョコレートを一枚受け取ると銀紙を破って、ギンと分け合って食べた。
この船は、どこに行くんだろう。
心地良いから、私が行くべき場所まで、連れて行ってくれたら良いのに。
口の中で蕩けるチョコレートのように、私の体の力も抜けて柔らかなテディベアのソファに沈んでいった。