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第③話

 迷宮都市、ああ迷宮都市、迷宮都市。

 一句、10歳の少女が読み上げた。


 ノノは決して暇というわけではなく、やりたいことはたくさんある。 試作機も含めて二年の月日を掛けて、やっと完成した魔道具を試してみたりもしたい。 色々なアイデアがあり、それを形にしたい。


 溢れるばかりの若いエネルギー、無限に湧き出るアイデア、その二つを活かし切るだけの魔道具技師としての腕もある。

 だが、大きな問題があった。


「お金がーーーーない!」


 馬鹿な魔道具を作り続け、時たま、ロウや珍しい物好きの変な奴や、10歳の魔道具技師であるノノの手作りということで買っていく変態はいるものの、殆んど誰も買ってはくれないのだ。

 馬鹿な魔道具を作り続けていたのはノノだけではなく、地獄の底にいると思われる親父もそんな物ばかり作って、貯蓄も殆んどなしに地獄に堕ちやがったのである。


「そんな大声でみっともないことを……地獄にいる親父さんが泣くぞ?」


「なんで僕の親父が地獄にいると思ってんだ!」


 ノノもそう思っているが、失礼にもほどがあると、昼間になってやっと起き出した駄目人間に怒鳴る。


「あの野郎、楽しみにしてた俺のデザート勝手に食いやがったんだ」


「地獄のハードル低い!」


「あっ、そういや、クッキー美味かったぞ」


「何勝手に食ってんだ! 地獄に堕ちやがれ!」


 ただでさえ、お金が足りなくて困っているのに、この男と来たら……と、殆んど居候状態の浮浪者、ロウを睨んだ。


 駄目人間の親父の友人の駄目人間。 類は友を呼ぶ。

 それにしても、なんて置き土産をしていったんだと、ノノは地獄の父親を恨む。


「クッキーは勝手に食うし、発明品は馬鹿にするし、汗臭いし、小汚いし……」


 すぐにどっか行くし、とノノは言葉を飲み込んだ。

 文句を言ったところで、お金が降ってくるわけではない。 浮浪者に言えば降ってくる気もするが、それは不快である。


 仕方ないか。 ノノはため息を吐き出して、やりたくないことをすることにした。

 ガチャガチャと物が溢れかえっている工房の中で、何も紋様が書かれていない金属の板を取り出す。 魔道具の材料だ。 それと、いつも手元に置いている器具の持ち心地を確かめてから、ほんの少しだけ着崩していた作業着をしっかりと着用し直した。


 ノノがやりたくないけれど、生きるために行うこと。 それは、売れ筋商品の製造、である。


 勿論、戦闘用の魔道具ではない。 戦闘用の魔道具なんて物を一つ売れば、一生楽して暮らせるかもしれないが、それだけはしてはいけないことであることを、幼いながらに理解していた。


「……やるか」


 大人に甘える幼い少女の顔から、技師の顔に。

 世界一を自称する腕は伊達ではない、こんな街の片隅にあるような小さな工房。 世界一と異様にインパクトと押しが強い看板を掲げているのに、誰も名を知らないような小さな店でしかない。

 だが、そんなことは技師としての腕に関係はなかった。


 本気で売り出せば、世界一と誰もが謳う技師にはなれるだろう。

 誰もが世界一と謳う技師が、本当に世界一か。

 少女は、ノノは知っていた、世界一の男の背中を。

 誰に認められた訳でもないが、明確に他とは一線を画す腕前に、その腕を正しく扱える信念。

 その信念ゆえに、誰にも認められることなく地獄に堕ちやがったが、その背を恥じに思ったことは一度としてない。


 世界一を受け継ぎし腕前により、奇跡の魔道具を生み出してくれよう。

 その意気込みとともに、ノノは器具を握りしめた。


 事前に材料として作っておいた金属の板を、必要な分だけ切り出す。 切り取る基準は平方cmの単位ではなく、手に持った時の重み、0.001g以下の誤差はあるだろうが、限りなく正確に、脳内にある設計図に近づくように金属の板を切り出すと、次はそれに圧力をかけるための機材を弄る。


 普段から整備は欠かしていないが、埃の一つでも入った時点で失敗になる。 確かに何の邪魔もないことを確認してから、その機材に切り出した金属を設置して、ゆっくりと、それに魔力を込めて圧力をかけていく。


 しばらく待ち、息を止めながら圧力をかけるのを止めて、紙よりも遥かに薄い姿となった金属を取り出す。

 それを特別な器具で掬い取り、作業場に置く。

 金箔のようなそれを、一つの長方形になるように切り、また特別な器具を手に取った。


 魔道具として最も重要な作業である、魔術式の刻印。

 普通の技師ならば、既に存在している指輪や腕輪などに後付けで彫ることが一般的だが、ノノが父親から受け継いだ技は、そんなことはしない。


 重さにして、10gにも満たないような金属の薄い膜は、ノノの身体を越すほどに薄く広がっている。

 1.5m×1.0mの長方形、薄さは現代の技術力では計測不可能。 その板や紙とも言えないような、薄膜に、魔術式を彫っていく。

 ひたすら魔術の知識を演算しながら、完成形を思い浮かべながら……。 埃の一片でも入れば終わり、そんな世界の中で、延々と掘り続ける。


 何時間、何十時間経ったのかは不明だが、全て書き終えた。

 ここからが本番だと、ノノは何かを言うでも、何かをするでもなく気合いを入れ直す。


 この膜を折り畳み、丸め、捻じ曲げて一つの輪とする。

 膜が破れるのは勿論のこと、ほんの少しでも弾性、粘性、塑性、薄さ、を誤れば膜に彫られた紋様が一つ二つ潰れることになり、何の効果もない魔道具になってしまう。


 一切のズレなく折り畳み、丸め、捻じ曲げる。

 当然その過程で紋様に歪みが発生するが……ノノはその歪みや潰れを計算して紋様を書いている。

 漸く、指輪の形になった金属を見て、一息吐き出す。

 山場は越えたが、まだ仕上げが残っている。 このままでも魔道具としては扱えるが、脆すぎる。


 熱したことにより、溶けた金属。 非常に融点が低く、溶けやすいようになっているそれを、指輪に塗っていく。

 この時に力加減や温度を間違えると終わりだが、今迄の作業に比べると幾分も難易度の低いもので、楽々と終える。

 一通りの作業を終えて、指輪を埃の入らない場所に移す。

 作業はもう終わりだが、最後に塗ったメッキから、沸点が低い金属が勝手に蒸発してくれるのを待って終了だ。


 散らかった物を片付けるより前にこの疲れを癒したいと、ノノは身体を伸ばしながら、座れる場所を探した。


 ロウの隣の場所……は避けるとして……。 ノノはロウの隣に知らない男が座っていることに気が付き、驚く。

 ノノが知らない男はパチパチと拍手をして、ノノに賞賛を送る。


「素晴らしい腕だ。 本当に」


「まぁ、世界一だからな」


 ノノは自慢するのも謙遜するのも、嫌味を言うのも面倒になり、事実を伝える。

 男はそんなノノを見て、少し笑う。


「今の魔道具は何を?」


「あれは大した物ではないよ。 所詮指輪程度の小物だからな。 これ、作ってたのの完成品」


 ノノは近くの棚から一つの銀色の指輪を投げ渡す。


「付けて、魔力を流してみな」


 作業着の袖で額を拭いながら言った。

 男は自らの指に嵌め、ゆっくりと魔力を流し込んだ。


 ポロン、ポロン、と聞こえてくる、小さな音楽。

 魔力が切れたのか音楽が止まると男は息を吐き出して、指輪をしげしげと眺めた。


「オルゴール……。 風属性の魔法で、空気を震わしているのか」


 決して、不可能なことではない。

 細々とした巨大な魔術式を用意したら、時間はかかるものの、ある程度の魔術に関する学がある者ならば作ることも可能だろう。

 指輪という小さな物に詰め込もうと思わない限りは。


「ああ、それは僕が作ったものではないけど、いや、僕が作ったものではあるんだけど……」


 父親の設計図通りに作ったものであり、自分の発明品ではないことを示そうとするが、少女の語彙では伝えきれなかったのか、男は首を捻った。


「これは、素晴らしい物だ」


 男がそう言った後、ロウはニヤリと笑った。


「こいつ、来月結婚するんだってよ。 それでお揃いのアクセサリーが欲しいって言うから、連れてきたんだ」


 金蔓か、金蔓である。 二人は目配せをして、その男に売り付ける算段を立てる。


「その……聞き辛い事なんだが、この魔道具はどれぐらいの値段だろうか」


 ノノがロウを見て、ロウが男の姿を見る。

 至るところに怪我があるのは、冒険者だからだろう。 あまり身体が大きくない、帯剣もしておらず、魔術師なのではないかと目星をつける。

 魔術師なのに怪我を積み重ねている、それはベテランの証か、あるいはダメな冒険者か。

 薄汚れた服装から、その服の素材から、ロウはベテランの冒険者であることを認める。


 ノノを見てから頷くと、頷きを見た少女は笑みを浮かべて頷き返した。

 幾ら、この冒険者から毟り取れるかを考える。


「まぁ……これぐらいの指輪なら、金貨十枚って、ところかな?」


 金貨十枚、それはベテランの冒険者であったとしても決して安い物ではない。

 クッキーで換算すると、だいたい十万枚分ぐらいの価値。 ロウで換算すると、だいたい五千体ぐらいの価値である。


 決して安い買い物ではないが。


「この魔道具、二ついただこうか」


 即決出来る程度の収入と、価値を見出す目は持っていた。

 だが、ノノは男の言葉を否定するように首を横に振る。


「何故だ」


「せっかくの買い物だ。 他にも色々見ていた方がいい。

それに、今なら僕が直々にお前用に作ってやってもいいぞ。

嫁さんにも、好きな曲ぐらいあるだろう?」


 ロウは好きな曲がない奴もいるだろうと思ったが、杞憂だったのか、男は分かりやすく笑みを浮かべて立ち上がった。


「親方!」


「おう。

一つ、金貨二十枚ってところかな」


 値段を吊り上げるための言葉だった。

 男は流石に二つで金貨四十枚という値段に少しだけ表情を歪める。

 それはそうだ、金貨四十枚といえば、田舎で小さなお家……という一定の人の理想の家を建築出来るだけの価格だった。


「いや、僕からの結婚祝いだ。 二つで金貨三十五枚、それで引き受ける」


「親方!」


 その値段ならば田舎で小さなお家は不可能だ! 男はその話に飛びついた。


「いいってことよ。

曲が決まったら、また来な」


「はい!」


 男は何度か礼を言ってから出て行った。


「ボリすぎじゃね?」


「……いや、お金ないから」


 自分が連れてきた金蔓ではあるが、いつもの十倍近い値段で売り付けようとされている姿を見て、少しだけ同情する。

 複雑な魔術式と真似出来ない技術を込められた道具として見ては、それでも破格の安さではあるが……。

 少女のクッキー代と、発明品に注ぎ込まれる金と考えると、あまりに高すぎる。


「えへへ、クッキー……」


 ノノの緩んだ顔を見て、ロウはため息を吐き出した。

 この前はいい娘に育ったと思っていたが、やっぱりこいつは駄目かもしれない。


 手に入るお金と、その使い道を考えて惚けているノノから離れ、住宅として使っている部屋からお茶とクッキーを取り出して、ノノの前に置く。


「まぁ、とりあえずお疲れさん」


「おう……僕のクッキー、全部食べてたわけじゃないんだな」


「いや、さっき買ってきた。 客を見つけてくるついでに」


 ノノは一口クッキーを齧り、顔を顰めた。


「いつものところのと違うな。

これだから、アホのロウは駄目なんだ……」


「誰がアホだ」


 二人でお茶を啜る。

 ロウは時々こうして仕事を持ってくることで、ここに泊めてもらうことを許されている。 実際はそんなことをしなくても変わらないのだが、ロウの生業上、そうすることが理念なのである。


 まだ子供だから問題はないが、あと数年もしたら今までのように面倒を見るために泊まることは出来なくなるだろう。

 年頃の女性が、いい歳こいた男が同じ部屋で寝泊まりなんてしていたら、嫁ぎ先がなくなる。

 ただでさえ女らしさの足りない小娘なのに、下世話な噂が立ってしまえば……。 死んだ友人への申し訳なさが溢れてくる。


 ロウはため息を吐き出し、ノノを見る。


「そろそろお前も、家事ぐらい覚えないと駄目だな」


「ロウがやればいいだろう。 僕は技師だぞ?」


「いつまでも、俺がいるわけないだろうが。

あと数年したら、こうしているわけにもいかないだろう」


「いいだろう。 そんなの、僕は気にしないぞ」


 娘ではなく、息子だったならばそんなことを気にせずに世話が焼けていただろう。 その上、技師がだと舐められる。

 なんでこいつが女の身に産まれてきたのか、その不運を嘆くように首を横に振る。


「なんだよ。 お前は小さい女を気にするような奴だったのか……」


「お前も嫁がないとならんだろう。 その嫁ぎ先から見てみろよ。 男と同じ部屋で寝泊まりって」


 ロウが呆れたようにそう言うと、ノノは幼い顔を顰めて舌打ちをする。


「そう思うのなら、早く出て行けよ!」


「何突然キレてんだよ」


 ノノは飲みかけの茶を盆の上に叩き乗せて、食べかけのクッキーを口に含めて一気に飲み込んだ。

 そのまま、工房の床を鳴らすように歩き、散らかっていた工房の床を、もっと散らかすように作業を始める。


 その作業も、まだ何処にもいかない男が気になって集中が出来ない。


 そんな中、工房の中に一人の男が足を踏み入れたのが見えた。

 いつもならばそんなことに気がつかずに作業を続けていただろうが、今日は違った。


 顰めたままの表情を入ってきた物に向ける。 また、知らない男だ。


「……随分、大きくなったな」


 男はノノを見てそう言った。 親父の知り合いか、と手に持っていた物を所定の位置に戻しに立ち上がりーーーーロウが、その男を殴り飛ばしていたのを、見た。


「何、ここに面出してんだ! ラング!!」


 産まれて初めて聞いた、親代わりの居候の男の怒鳴り声。

 ノノはまだ10歳の若さであり女、幼く弱い少女。 恐ろしくないわけがなかった。


 男は工房の扉に引っかかって止まり、口の端から血を垂らしながらロウを見た。


「……お前も、何故ここにいる。 ロウ」


 男は立ち上がりながら言って、ロウを嘲笑うように口元を歪めさせた。

 男が入るために開いた扉、そこから入り込んでくる風が、ヤケに寒々しかった。

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