第43話『入学式〜3〜』
焼け落ちた服と、みるみるうちに傷が治っていく様子を見て、他の入学式の合格者達は目を見張る。
正攻法ではないにしろ、どうにか学長の元にたどり着く。これで試験は合格したことになるだろうか……
『あぁ、生きてて良かった〜』
完全に元通りになった腕をみながら、脱力を含んだ言葉を柊真が漏らす。
『2つ目の所はすごかったね。もう二度とあんな体験はしたくないな〜』
舞奈も2つ目の試験では相当な精神ダメージを受けたらしく、今でも少し涙目だった。そして、3つ目の試験をすっ飛ばして学長の元にたどり着いた柊真達は、3つ目がどんな試験か分かっていない。つまり、3つ目の試験を受けていないため、普通ならば即不合格だが……
「さて、これで合否は決まったかの?」
「はい、ここにいる10名を今回の合格者と認定致します」
「うむ」
不意に口を開いたのは、今まで黙って試験者たちの様子を見ていた学長だった。それに応えるのは、学長とは反対側の、入口側にいたはずの案内人。一体いつ学長側へ来たのか……
学長は、鋭い眼光を放ち、いかにも高いであろうローブを纏い、威厳のある態度でそこに立っている。その傍にいるのは、未だ笑顔を見せない案内人だ。
「10人のう……今回は少ないように感じるが?」
「はい、それでしたら、今回の試験は少し従来のレベルより上に設定させていただき、より適性のある生徒のみ入学を許可しようと、校長直々に申し出をされましたので、それ故に今回の合格者は少ないのかと。」
「ふむ……確かに今回の合格者たちは特異な者が多いようじゃの。ちと教えがいがあって楽しみじゃわい。」
学長の口元からは隠せない笑みがこぼれていたが、僕ら10人の合格者はそれぞれそっぽを向いて、その笑みを見て見ぬふりをした。それは、皆が感じたであろう不安を隠すように……
「おっと、そろそろ次の試験が始まるのう……ほい」
学長が試験のあった通路側に手を伸ばし、この場で爆弾が爆発でもあったかのような光景の大聖堂内を時間を巻き戻すように修復されていく。
そして、数十秒もしない内に大聖堂内は何事も無かったかのように、無傷に直っていた。
「では、私は不合格者達の対処に当たりますので、合格者の皆さんは教室に戻って少し待機しておいてください。教室へはこの式神が案内を致しますのでご安心を。それでは」
そう一言言い放ち、次の瞬間、案内人の姿と今まで通路の横で横たわっていた不合格者の人達の姿が消えた。と、同時に人型に切り取られた紙が宙に浮いており、手招きをしている。
「よし、それじゃあ、お主達は教室に行ってその10人で自己紹介でもしておれ。これから一緒に頑張っていく仲だからのう」
優しくかけられた言葉だったが、目の奥に控える「久々に教えがいのある10人」に対する好奇心が時折見え隠れしているのを感じ、柊真は寒気を覚える。対して舞奈は、先程現れた式神に興味津々のようで、式神に話しかけたり触ったり、ずっと張り付いている状態だった。
「おっと、もう次の試験かのう……ほれ、もう教室に向かうといい」
何かを感じとり、教室へ向かわせる学長。そして、舞奈にべったりされていた式神がようやく本業を思い出したように、祭壇の裏手にある扉へ皆を誘導する。
〔エラム〜入学式(?)が終わったから一緒に教室に行くぞ〜〕
校門近くの木にいるであろう従魔に念話で伝える。見つかればほぼ100%の確率で騒ぎが起きるはずだが、幸い、大聖堂から出て、校門の方を見ても特に人だかりがないことから、見つかってないと予想はできる。
〔分かりました。それと、パーラさんが先に家に戻る〜だそうです〕
〔はーい〕
エラムを連れ回すだけでもかなりの注目度なのに、さらにパーラも教室に連れていくとさすがにヤバイ。どうやばいかって言うと、まぁ、簡単に言って俺の印象がおかしい事になる。それは目に見えた未来な為、なぜパーラが先に帰ったのかは不明だが、少しありがたかった。
〔大聖堂の裏側にいるからな〜〕
〔もう姿が見えたので大丈夫です〕
と、念話で話した直後、柊真のいる所だけに丸い影ができたのに気づく。そして、頭にひんやり柔らか痛い感触の物体が落ちてきた。
突然の事に驚く余裕もなく、そのまま受け身も取れずに地面に顔面がぶつかる。鈍い音と共に鼻から生暖かい液体が伝ってくるのが分かる。鼻血だ。
すぐさまエラムは頭から退き、触手を使って体を起こしてくれた。
〔すみません!!頭に降りるつもりじゃ……〕
『うん……分かった……大丈夫』
その光景を見ていた舞奈以外の人達は、驚愕の表情を浮かべていた。それは、柊真の『超回復』のスキルによって既に止まった鼻血にでは無く、エラム(エンジェルスライム)に驚いていた。
無理もない。本来なら地上で見ないはずのスライムにどう反応したらいいのか困っている様子だ。
8人の中には鼻で笑う者もいたが、それ以外の人から発せられる「お前何者?」という感情が手に取るようにわかる。確かに他の人に比べて特異な能力を持っている訳では無い柊真にとって、唯一人に言える範囲で自慢できることといえばエラムぐらいだろう。それに、この学校で花咲そうな予感がするのは舞奈の方だし……
―――鼻血は止まり、エラムの必死の謝罪が可愛く見え始めたところで、
『事情は後で話すとして、とりあえず教室に向かおう』
と、皆に促す。しかし、一人の少女が
「ワタシ、すっごい気になるアル!!ちょっとだけ触っていいアルか?」
この口調はなかなか日本では聞いたことの無いもので、違和感を隠しきれない柊真は、目を輝かせながら近づいてきた赤いチャイナ服を着こなした髪はショートで舞奈と同じぐらいの背丈の人物に呆気を取られる。
「おい、シェンシー後にしろ。こいつだって後で話すって言ってたろ?」
勢い付いたチャイナ服の少女事『シェンシー』を止めに入ったのは、この学校の正装らしきものを着こなす少年。髪を左七三分けにしているのがかなり異彩を放っている。且つ口調も少々荒い感じがするため、どうもしっくりこない。
『まぁ、また後で、好きなだけどうぞ』〔許せ、エラム……〕
勝手に話が進められたエラムは、1本だけ触手をのばし、柊真の後頭部へそっと近づける。
冷たい感触が後頭部に感じた時、即座に理解した柊真は体全体が凍りつく感覚と血の気が引いていく感覚を同時に感じ、石化する。
しかし、『水弾』が飛んでくることはなく、そっと触手が引いていくのがわかる。思わぬ死線を回避(?)できた。
〔さっきの事もありますし、今回は許します。次は…………ね?〕
念話での会話は脳に直接語り掛け、尚且つ絶対記憶できる万能なものだと感じていたが、今回のセリフで相当な恐怖を与える凶器にもなりうることが証明できた。
もう二度とこんな事はしないと、柊真は堅く心に誓う。
大聖堂の裏手から出た一行はとても長い廊下を歩き、『1B』の教室の着く。
役目を終えた式神は、そこで効力を失いただの紙へと戻った。それを舞奈は拾い上げ、懐にしまう。




