プロローグ
ガチャガチャガチャ。神原義人は戸締りを何度も確認した。そして何か忘れ物はないか頭の中で確認した。明日から夏休みだ。今日でテストも無事に終了した。
久しぶりに地元に帰るとなると、心が高鳴った。地元の友達に会えることはもちろん、母親の手料理が待ち遠しかった。自炊は一人暮らしを始めて一か月で挫折した。今は近所の定食屋に通い詰めている。定食屋のおばちゃんと仲良くなっていくうちに、店のアルバイトをやってみないかと誘われた。近いし、時給も割といい。なにしろ美味しいまかないも食べられる。おばちゃんの料理もおいしいけど、母さんの作ったハンバーグは世界一だと神原は思っている。
神原の実家は埼玉にある。埼玉県は何にもないとよく他県出身の友達に言われたが、まさしくその通りだ。これといった観光スポットがないのだ。京都出身の友達が、家から清水寺まで歩いて三分と言っていたのがとても羨ましかった。夏休み中に、地元の友達とどこかに旅行でも行きたいと思っていた。
リュックをしょって、スーツケースを引き、家を出た。日差しが強く、かなり暑い。スーツケースは服がたくさん入っているから、パンパンだ。荷物が重い割には、自分の歩くスピードが速い気がする。
駅まで歩くだけで、かなり汗をかいた。駅の構内では神原と同じように、スーツケースで移動している若者が多くいた。心なしか、みんな顔が生き生きとしている。
電車が到着して、空いている席に座った。昼間だから空いている。神原はスマートフォンを取り出し、ツイッターやインスタグラムのタイムラインを見始めた。
しばらくして、神原はやらなければならないことを思い出した。バイト探しである。
帰省するため、定食屋のバイトは当分行けない。そのことはおばちゃんに伝えておいたので平気なのだが、地元に帰った時にお金が入らなくなるのは厳しい。バイトする時間は十分あるのにしないというのはもったいない。
神原には、お金を貯めて中古でもいいから車を買うという目標があった。車があれば、買い物も便利だし、大学の友達と気軽に旅行もできる。みんなの足になるかもしれないけれど、その時はしょうがない。
短期のバイトでも探すかと思いながら、求人サイトを開いた。地域を埼玉県に絞り、「短期」という検索ワードを入力すると、思っていたよりも多くの数がヒットした。倉庫の整理、シール貼り、野菜の袋詰めなんてものもある。
探している途中に、短期ではなく、日雇いのバイトの広告がふと目に入った。内容を見てみると、これはなかなか楽しそうなバイトだと思った。いつのまにか神原は応募するをタッチして、個人情報を入力していた。短期のバイトを探すことはすっかり忘れてしまっていた。