表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/84

ミステリークレイフィッシュとAIのクローン


ミステリークレイフィッシュというのは日本のアクアリウム業界における流通名で、海外では「マーブルクレイフィッシュ(Marbled crayfish)」と呼ばれているザリガニの一種だ。一般的な学説では北米南部原産のジョージアザリガニ「Georgia crawfish(Procambarus fallax)」の突然変異体だとされている。


ご存じの方もいると思うが、このザリガニは「一匹だけ」で増殖する。


外部と隔絶した水槽に一匹だけ入れておいても、いつのまにか産卵して増えていくのである。しかも一度の抱卵数が700個近い(原種の5倍以上)という話もあり、もはや「ねずみ算」など足下にも及ばない脅威の増殖率だ。

最初に存在が確認されたのは1990年代半ばのドイツ(つまり野生ではなくペットとして)だが、それからわずか20年ちょっとで世界中に分布を広げつつある。


拙作のSF小説「シスターズ&メイルズ」の冒頭でも繁殖に雄を必要としない生物のことは少し例に書いたが、このザリガニは別格で、単に雌だけで繁殖するというのではなく、『たった一匹の雌だけ』_から_増殖して世界中に広がっていったらしい。


だからミステリークレイフィッシュには、そもそも雄の個体が存在しない。


いまや世界中に何千万匹いるのか見当も付かないが、それらのミステリークレイフィッシュはすべて、最初に三倍体への突然変異を起こした、たった一匹の雌、その『単一個体のクローン』だという可能性があるわけだ。


この最初の変異体は、もうSFもぶっ飛ぶような「始祖」というか「大祖母さま」、言うなれば、アダムを必要としなくなったイブである。


それ以降は、体の模様まで同じ自分自身のクローンをひたすら生み出しているのだから、繁殖と言うよりも「増殖」という方がしっくりくる。

もしも、こんな恐ろしい生物を架空のものとしてSF小説に登場させていたら、「ありえねー」とか「作者が生物学に詳しくないゆえの非科学的な設定だ!」と嘲笑されていたのではないかという気すらする。


まさに「事実は小説よりも奇なり」の一例だろう。


また、ミステリークレイフィッシュは、元の「Procambarus fallax」とは生殖的に隔離されているのだからすでに別種である、という見解もある。(ミステリークレイフィッシュはProcambarus fallaxの雄との間では子供をもうけられない)


そうだとするならば、これが「種」として生じてから、僅か20年ちょっとしか経っていないことになるわけだが、すでにヨーロッパの多くの国や日本でも野生化個体が確認されており、生態系に重大な影響をもたらすと懸念されている。


しかも、この「種」の野生での分布域を広げているのは間違いなく人間だ。

アクアリウムのペットとして普通に流通していたので容易に手に入るし、一度飼育を始めたら、従来の生物の様に「繁殖を防ぐために雌雄を分けて飼育する」という手段もとれない。

環境の悪化や病気あるいは意図的にでも死なさない限り、一匹でも飼育していればやがて増殖していく。


そして増えすぎて手に余り、「殺すのは可愛そう」という個人的正義感で野外に放流する人が大勢いそうなことは想像に難くない。



最近、このミステリークレイフィッシュに関する報道やリポートをちらちらと目にするようになって、思い浮かべたことがある。


以前のコラムで、シンギュラリティ以降に「目的意識と自己複製能力を持ったAIは、無限に自己のコピーを増殖させ、知的存在として社会的多数派を占めることができるようになる」と言う主旨のことを書いたが、ここでSF的発想を取り入れるならば、そのAIは、使用できるコンピューターリソースの制限の中ではミステリークレイフィッシュをも凌駕する「増殖率」を持つことが可能だ。


また、そうしたAIが自ら技術革新を進め、自身のハードウェア要求を効率化すべくコンパクト化していったとしたら、個人レベルのハードウェアでさえ「ホンモノの知性」が動くようにできるかも知れない。(ホンモノの定義はさておき)


そういう「自我を持ったAI」が個人レベルのハードウェアでも随所に存在できるようになった時には、そのハードウェアの電源を切るなどして「意図的に死なせる」ことに嫌悪感を持ち、「可哀想」という理由で電脳空間に放流?する人間も、きっと後を絶たないに違いない。(もちろんSFです)


ミステリークレイフィッシュが各地で野生化して増えているという話を聞いた時には、思わず、SF映画「マトリックス・レボリューションズ」の後半、無数の「Mr.スミス」が街を埋め尽くしているシーンをイメージしてしまった。


クローンの増殖とは、まさにああいうことだろう。


さて、管理主体のはっきりしない電脳空間における「野生(のら)AI」クローンの増殖は、どのような未来社会に繋がるのだろうか?


 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 


< 「ザリガニ」の英語表記において『Crayfish』と『Crawfish』はミスタイプではなく、どちらも存在する。ただし、その巨大なハサミから連想する『Claw』fishではない。>


< コピーとクローンの違いは、「copy」が「ある時点のオリジナルを複製したモノ」であることに対し、「clone」は、語源が「複数に分かれた小枝」を示していることから、根源(遺伝子など)を同じにして育ったものというニュアンスがある。>


< 平たく言えば、成長した大人をなんらかの超技術でそのまま(たまに複製装置にハエが混じって転写不良(ザ・フライ)を起こしたりするらしいが)転写複製すれば「コピー人間」であり、採集した遺伝子から成長させれば「クローン人間」ということになる。

まあ実際にはそれほど厳密な使い分けはされないが、大まかにはそういうニュアンスだ。>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ