地図の縮尺とデジタルマップ
実を言うとちょっと前までは、地図の縮尺を重視しないというのは、とても違和感のあることだった。
ジェネレーションギャップが炸裂するような話だが、GPSを持つナビとスマホが普及する以前は、山に登る人間なら「国土地理院」発行の1/25,000か1/50,000縮尺の地形図を使うのが標準的で、車でドライブを楽しむのなら、出版社が売っている「ドライブマップ」を利用するのが一般的だった。
これらの地図は大抵、シリーズ内では『同一の縮尺』で全地域が網羅されているので、紙の上で見た距離感と実際の距離は完全に比例している。
1/50,000の地図に定規を当てて測った二点間の距離が10cmだったとしたら実際の距離は5,000m、これはどの地域のページを見ても同じだ。
だから地図を一覧すれば、初めて見た地域でも、その広さや距離感は容易に想像できる。これは感覚的に非常に便利だ。
慣れてくると、1/25000地図を眺めるだけで、等高線でおおよその傾斜度から道の険しさを推定し、どの程度のペースで踏破できそうかも想像が付くようになる。(もちろん、予想が外れて泣きそうになりながら暗い道を歩くことも良くあったが)
しかし、実際の移動速度や一度に把握したい面積が変わると、それに合わせて利用する地図の縮尺を変えなければ見づらくなる。
例えば、徒歩の山歩きには1/25,000が最適だ。ルート全体を考える時には1/50,000くらいがいいのだが、それで歩くと細かな枝道を見落とす可能性が出てくるし、現在位置もつかみにくい。
GPSが普及する以前は、自分の現在位置を地図と景色とコンパス(磁針)から正確に知るのは、結構な技量と経験を必要としたので、地図の詳細さは命綱である。
また、車でのドライブでは、1/50,000前後に加えて、大まかなドライブルートを把握するために1/100,000から1/200,000ぐらいも欲しくなる。
それに車での移動は人力での移動と違って、高低差(上り坂や下り坂)もあまり気にしないから、周辺の地形よりも進路を確定する目印の方が大事だ。
以前、北米でバックパッキングをするために自然公園の地図をいくつかまとめて買い込んだことがあるのだが、その地図の縮尺がてんでんバラバラだったことに、国土地理院の地図に慣れ親しんでいた私は衝撃を受けた。
だが、考えてみれば、バックパッキングの地図は、「自分の位置とルートを見失わなければ良い」わけであって、ひたすらだだっ広い公園を全部同じ縮尺で示されても、あまりうれしくは無い。
性格的にはドライブマップに近いと言ってもいいし、砂漠や乾燥地帯の地図など、実質的に上述の海図とあまり変わらないのだ。
(その代わり、正確に距離を取るためのディバイダーかマップメジャーは是非とも欲しい)
これが海図になると、もっと極端だ。
海で使う地図、それが「海図」だ。プレジャーボートなどを自分で扱う人には自明のことだが、意外と多くの人が知らないことの一つが、「海図には決まった縮尺が無い」ということだ。
考えてみると、陸も島もない大洋のまっただ中では、記すべき物がなにもないというか、緯度と経度以外の情報がゼロだ。海面には高低差もないので、その「図」は只のブルーの紙になる。
折り紙にして鶴を折っても違和感が無いほどの、濃淡すら無いただの青い紙なわけで、もしも、海図が国土地理院発行の地形図のように同一縮尺で作られていたら、延々と青い紙を操舵室にストックしておかなければならなくなる。
だから、海図は極端に複数の縮尺を併用する。
その時ごとに針路を決める範囲を一望できることが大切なので、沿岸では1/50,000などの詳細な図を使うが、大西洋や太平洋を渡るとなると1/1,000,000とか1/4,000,000なんていうスケールになる。(さすがに個人レベルの船には無縁だが)
海しかないところは詳細を省いて、出発地と目的地の大まかな位置関係さえ分かればいいので大きな縮尺比になるし、沿岸近くなどで水路の入り組んだところを航行する時は、様々な情報が詳しく書き込まれた詳細な海図を利用するわけだ。
だから紙の海図を利用するには、距離を写し取るためのデバイダーと地点間に線を引くための定規が必須だ。
細かいことを言うと海図も用途に合わせて色々な種類があるし、さらに、最近は統一されつつあるものの、作成国によって違う「測地系」を採用していて、同じ場所の海図や地図でも測地系によって位置基準が違っていたりする。
まあ結局のところ、縮尺だの『基準点』だのと言っても、その基準は人が作るものなので、明確な合理性よりも成り行きで決まったりするものだ。
有名なのは、日本でも2002年までは「日本測地系」という基準で地図や海図を作っていて、これとGPSで使われているアメリカ発の「世界測地系」とでは、場所によって数百メートルものズレがあったりした。
これは2002年に改訂されて、世界測地系に準拠した「日本測地系2000」になり、さらに2011年の東日本大震災で地殻のズレが生じたことから再度更新されて、「日本測地系2011」となって現在に至る。
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ともかく、地図の縮尺は、用途(主に移動スピードと範囲)によって最適値が変わる。
紙媒体の時代は、その目的に応じて異なる縮尺や、ことなる表現(地形の把握か、道路の把握か、地勢や人間の活動状態の把握か、など)の地図を揃える必要があったが、いまはそれがすべて電子地図に集約されつつある。
つまり、カーナビやグーグルマップのような電子地図は、『縮尺』という、かつての固定的な概念を吹き飛ばし、その時点で把握したい範囲を自在に変化させるという、ある意味では地図という『図形言語』の活用方法をまったく変えてしまうほどのパラダイムシフトだったのだ。
なにしろ、世界地図からご町内の私道まで、一つの画面のズーム操作で表示できてしまうのである。
革命だと言っても大袈裟では無い。
基本データさえしっかりあれば、使用目的に応じて、縮尺も表示内容も、どのようにでも姿を変えられる『ユニバーサルマップ』であること。それこそが電子地図の本来の強みなのだと思う。
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< シーカヤックで日本沿岸を一周した人が、その体験談に「海図を使わずに1/25,000地形図を使っていた」と書いていたのが印象的だった。毎晩上陸してキャンプするカヤックの旅では、「上陸地の様子が分からない海図は使いにくい」からだそうだ。また、体力勝負なので、一日あたりの移動距離を適切に把握しておくことも大切だっただろうと思う。>
< 昔の北米のドライブマップは州などの「行政エリア単位」で縮尺がバラバラだったりすることも多く、最初の頃は、ページ毎に変わる距離感が上手く掴めずに度々所要時間を見誤ったりした。>
< 今後は、ユニバーサルな電子地図に加えて、概念としての『ナビゲーション情報』が、地図に変わって人々の行動スタイルを変えていくのだろう。>




