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知的格差が生まれる要因(の、ごく小さな一つ)


悪意のある見方だと思って欲しくは無いのだが、テクノロジーの発達で、賢い人間と、どちらかというとそうでないタイプの人間が、より明確に篩い(ふるい)分けられるようになりつつあると感じたりする。


例えばPCとスマホ(の、画面サイズ)


今はスマホ全盛で、ウェブサイトの操作も、情報の提示スタイルもスマホの画面に合わせることが前提になりつつある。

それ自体は何も悪くないのだが、スマホの小さな画面を標準にして画面を設計すると、表示する内容を相当に絞り込まざるを得ない。


当然、扱いが優先されるのは企業側あるいは情報提供側として『見せたいこと』だ。そして、細かなことや詳しいことは『見せない・考えさせない』という流れになってきている。


ここで問題にしているのは、ディスプレイデバイスのハードウェアに規定されざるをえない、『情報の提示スタイル』がどうあるべきかという方法論なのだが、テクノロジーの変化が早すぎて、教育や人間の受け取り方の変化が追いついていない。


それに今の学校教育では『情報の探し方』ではなく、『情報の扱い方』に関して教えていることは本当に少ないようだ。

欲しい情報を検索して探し出す方法とか、SNSで個人情報を晒さないように、という類いのリテラシーは教えても、情報を分析する『考え方』や『取り組み方』についてはほとんど教えている様子がない。(自分調べ)


そんな環境の中で、与えられた情報を単にそのまま飲み込んで、成されるがままに自分が『知っていると思い込んでいる世界』に浸っている人間と、自分で工夫して探求する、あるいは仕組を知ろうとする人間のあいだには、長い間にどれほどの差が生じることだろうか?


しかも私自身、冗談抜きに日頃から『なんとなく前者っぽい』という自覚もあるだけに、なおさら恐ろしい。


(もう少し具体的に言うと、自分は外部情報にとても流されやすい。脳のキャッシュメモリーの容量が非常に少ないので、常に最新のインプットに左右され続けるようなのだ。困った物である。)


もちろん、だからといって即「ネット=悪影響」などという単純な発想に至る人もどうかとは思うのだが。


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< さらっと簡単に書いてしまったが、本当はとても難しい問題だと思っている。人間の精神活動は環境や利用技術に依存する、というか、環境や技術が人々の活動と精神を規定する、と言ってもいい。>


< 特に、利用するハードウェアのスペックが情報の受け止め方さえ変えてしまう、という問題に対しては、また別の項目として記してみたいと思う。>


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