冒険者ギルドの受付嬢
ようやく、冒険者ギルドです。
取りあえず、《虎の穴亭》の親父さんに10日分の宿泊費を前渡しした。
「ミーアちゃんのサインを頂いた以上は、料金は半額でも……」とか親父さんが言ってきたけど、そこはキッチリさせないと。一回の買い物で終わる場所なら、値切りに値切っても構わない。でも、長く付き合いたい相手と、お金に関するやり取りでナァナァになるのは良くないと思うんだ。
あと、親父さんはミーアの肉球サインに高値を付け過ぎ。
親父さんとの話し合いの末、1日分だけ宿泊代を割り引いてもらうことにした。
で、僕とミーアの寝床の件。
部屋割りを別にしようとする僕に対して、「アタシ、サブローと一緒のところが良いニャ。それに、お金は出来るだけ節約しておくニャン」とミーアが申し出てくれたため、同室にする。
宿屋の2階の端、ベッドが2つある簡素な個室だ。
「ミーアちゃんと同じ部屋に寝泊まりするとか、羨まし……妬まし……怪しからん。2人の間に〝あやまち〟が無いように、チャチャコはシッカリと見張っといてくれよ」
「了解よ、兄ぃ。〝あやまち〟って、アレよね。ミーアお姉さまの肉球をプニプニしたり、お耳をモミモミしたりすることよね。そんな〝あやまち〟、ワタシ抜きには、させないわ!」
「……まぁ、そう言う〝あやまち〟だ」
バンヤルくんとチャチャコちゃんが、ゴニョゴニョ内緒話をしている。
兄妹仲が良さそうで、何よりだ。
《虎の穴亭》で1ヒモクほど休んだあとに、僕とミーア、バンヤルくんは冒険者ギルドへ向かうことにした。
ナルドットの街における冒険者ギルド本部は、《虎の穴亭》から歩いて30ソクほどの距離にあるのだ。
ちなみにウエステニラの1ソクは地球時間での1分、1ヒモクは1時間に相当する。但し、1日は25ヒモク(時間)だ。1ヶ月は30日で1年は360日だし、微妙に地球と違う。夜空に浮かぶ月は、2つあるしね。
《異世界》とは、もしかして遠い宇宙の異なる銀河に存在する別の惑星なんじゃ……。
う~ん……真偽を確かめる術は無いし、今は余計な案件を考えている暇は無い。
もっと重要な関心事が目前に控えている。
それは、〝冒険者ギルド〟だ。
そうなのである。いよいよ、冒険者ギルドなのである。
僕は、ワクワク感を抑えきれない。
〝異世界モノ〟で、現代日本より転移してきた男性キャラが生活費を稼ぐために冒険者ギルドを訪れるのは、テンプレ中のテンプレだ。
女性キャラは、テンプレに従えば、転移直後から王族とか貴族とかにすぐ保護してもらえるので、生活費の心配はあまりしなくて良いみたい。詳細は知らないが。
まぁ、女性キャラのことは置いといて。
冒険者ギルド……夢と希望が詰まった情熱的な名称である。
異世界系男性主人公がお金を得るべく直行する舞台は、〝冒険者ギルド〟でなくてはならないのだ。
〝職業安定所〟では、ダメなのだ。〝人足寄せ場〟とか、もっとダメなのだ。
たとえ、実態が同じようなモノだとしても。
地獄で鬼たちに扱かれている最中、僕はいつも異世界転移後の未来を想像し、自分を奮い立たせていた。
♢
異世界へ転移したら、即行で冒険者ギルドへ赴くぞ!
そこで、「新入りを教育してやろう」なんぞとたわ言を述べつつ絡んでくるロクでなし冒険者を叩きのめすんだ!
冒険者になったあと。
美貌の受付嬢に「凄いわ、サブローさん! 水浴びに最適な湖で集団シンクロナイズドスイミングの練習に励むハタ迷惑なゴブリンの一味を瞬く間に排除するなんて! 人気の観光スポットが台無しで、弱ってたの」と賞賛されるんだ!
可愛い受付嬢に「最高よ、サブローさん! 空き地で連日バーベキューパーティーを開いてドンチャン騒ぎを繰り返すオークたちへ、ゴミをちゃんと持ち帰るように説教するなんて! あと、肉だけじゃ無くて、野菜も食べるようにオークたちへ忠告してあげるサブローさんの優しさにキュンとしちゃう!」と好意を向けられたりするんだ!
クールビューティーな受付嬢と、妖艶系の受付嬢と、癒やし系の受付嬢と、愛嬌のある受付嬢に、「私を、貴方の専属受付嬢にして!」と、せがまれるんだ!
「いやぁ~、マイッタな。僕の身体は1つしか無いんだよ。ハッハッハ」とか1度は言ってみたい。
〝困ってないクセに困ったフリをする〟ってヤツだ。是非、したい。
他人がやってたら、『タンスの角に足の小指をぶつけてしまえ!』と思うだろうけど。
♢
…………などといった野心と願望を抱いていたからこそ、鬼たちによる過酷な特訓にも耐えられたのだ。
冒険者ギルドの受付係と言えば、〝20代の綺麗なお姉さん〟が定番だからね! 間近に迫る、〝美人受付嬢〟とのご対面! あぁ、楽しみだなぁ。
「……にゃんか、サブローが良からにゅことを考えている気配がするにゃ」
ミーアの勘が、鋭すぎる。
「ここが、冒険者ギルドのナルドット本部だ」とバンヤルくん。
灰色の外壁。ガッシリとした造りの武骨な外観。3階建ての、威圧感がハンパない建物だ。
僕はグッと息を呑み、少しばかり緊張しながら、観音開きになっているドアを開けて入館した。
内部は広々としており、奥に受付のカウンター、手前に入館者がひと息つくためのテーブルや椅子が設置されている。
酒を出す食堂や、治療スタッフが待機している診察所も併設されているそうだけど、ココからは見えないな。
ギルド内部の構造は後で把握するとして、まずは受付に足を運ばなくちゃね。
でも、予想してたよりギルドの中は閑散としているな。冒険者らしき人物は、数人居るだけだ。
当然、〝傲慢な先輩冒険者がイチャモンを付けてくるイベント〟も発生しない。
バンヤルくんが、僕の疑問に答えてくれる。
「殆どの冒険者が仕事や業務に出掛けてる時間帯だからな。朝方や夕方は、もっと混むよ」
なるほど。
さて、どの受付嬢のところへ行こうかな。
ひょっとしたら将来、僕の専属受付になってくれるかもしれない人だ。慎重に選ばないと。
受付担当の人は、5人ほど居る。カウンターの向こう側に腰掛けている。
1番右端に座っているのは、頬に傷がある筋肉質のオッサンだ。……オッサン?
右から2番目に座っているのは、髪の毛が寂しくなっている痩せぎすのオッサンだ。……またしても、オッサン!?
中央に座っているのは、熊の獣人だ。獣人の性別や年齢は人間と比べて判別しにくいが、十中八九、オッサンだ。
……ちょっと待て。なんで、受付がオッサンまみれなんだ。美人の受付嬢は? 綺麗なお姉さんは?
左から2番目に座っているのは、オッサンでは無かった。……よぼよぼの爺さんだった。え? どうなってんの? ここ、冒険者ギルドだよね? 老人ホームとかじゃ無いよね?
1番左端に座っているのは、女の人だった。良かった! オッサンONLYとかでは、無いのだ。女性の受付係も居たんだ。……恰幅の良い、オバサンだけど。
オッサン・オッサン・オッサン・ジイサン・オバサン。
若い女性が1人も居ねぇ!!! 〝美人の受付嬢〟は、何処へ消えた! 〝可愛い受付嬢〟を、何処へ隠している!?
呆然と立ち竦む僕へ、バンヤルくんが尋ねてきた。
「何してんだ? サブロー、サッサと受付へ行けよ」
「……あ、あのさ、バンヤルくん。どうして受付の人は、皆……その、〝頼り甲斐がありそうな男性〟ばかりなの?」
「ああ。冒険者ギルドでは、ケガや年齢のせいで働けなくなった冒険者を職員として再雇用してんだ。受付の人たちは全員、元ベテランの冒険者だよ。長年の経験を活かしたアドバイスをしてくれる、有り難い方たちだ」
「……そうなんだ。若い女性の受付さんとか、居ないのかな」
「はぁ?」
『なに、コイツ、アホなこと言ってんだ!?』という眼で、バンヤルくんが僕を見る。
「居るわけないだろ。元ベテランの冒険者は、若いだけが取り得の女より、冒険者ギルドの受付として100倍は役に立つ。どっちを雇えば良いかなんて、馬鹿でも分かる」
「で、でも若い女性が居たほうが、職場は華やかになるし、客の購買意欲を刺激したりも出来るじゃないか!」
「冒険者ギルドは職場に華やかさなんか求めてないし、客が来るのはクエストを依頼するためだ。宝飾店や飲食店じゃあるまいし、女性の笑顔やお世辞は、ここでは必要無い」
バンヤルくんが、僕の期待を一刀両断してしまった。
正論だ。そしてギルドの職員雇用の方針は、正当すぎるほど正当だ。まさに、正しい回答だ。
けれど、正論も正当も正答も、僕の胸に響かない。
『冒険者ギルドで、美人で可愛い受付嬢に専属になってもらう』――――特訓地獄の時代より、心の内で秘かに温め続けてきた僕の夢。
夢は、無残に散った。春先のサクラの如く。〝オッサンつむじ風〟によって、花びらは地面へ落とされた。
――久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ (by 紀友則)
儚いね。
〝人〟の〝夢〟と書いて、『儚い』と読む。『儚』の文字の意味を今、僕は知ったのだった。
ウェステニラに、漢字は無いけど。
と言う訳で、冒険者ギルドに受付嬢は1人(オバサン)しか存在しませんでした。




