ケモナーアナザーワールド(イラストあり)
★ページ途中に、登場キャラのイメージイラストがあります。
「猫族の女の子、大丈夫よ! 卑劣な誘拐犯は、すぐに自警団へ突き出すから」
「あ、あにょ……」
「可哀そうに、こんなに怯えきって。満足に口がきけないほど、恐ろしい思いをしたのね」
「ち、違うのにゃ」
「何も言わなくても良いのよ! ワタシは全て分かっているから」
チャチャコちゃん、ちっとも分かってないな。
チャチャコちゃんの怒濤の攻めに、ミーアは押されっぱなしだ。バンヤルくんは、チャチャコちゃんの箒により加えられた一撃から、まだ回復していない。
この場は、僕が助け船を出すべきだろう。
「……えっと、君はバンヤルくんの妹さんかな」
チャチャコちゃんは、初めて僕へ目を向けてくれた。
シゲシゲと僕を眺め、ペコリと頭を下げる。ピンクのツインテールが、揺れた。
「はい、チャチャコって言います。どなた様でしょうか? 兄ぃの共犯者ですか? 早く自首したほうが、刑期は短くなりますよ」
「いや、僕もバンヤルくんも犯罪者じゃないよ……」
「自分のことを〝犯罪者〟と認める犯罪者は居ません。……身内なら、受刑者への差し入れが出来たはず。牢屋の中の兄ぃには、どんなご飯を持って行こうかな?」
チャチャコちゃんの頭の中では、僕もバンヤルくんも収監される未来が既に確定しているんだね。でも、刑期中のバンヤルくんに差し入れはしてあげるんだ。
身内に手厳しいんだか優しいんだか、分かんない子だな。
「早とちりもいい加減にしろ、チャチャコ! この2人は、お客さんだ!」
あ、バンヤルくんが復活した。
「兄ぃ、嘘は吐かないで。こんな〝兄ぃの理想そのもののような猫族の女の子〟が家のお客様になってくれるなんて、そんな偶然ある訳ないわ」
「バンヤルくんが言ってることは、本当なんですよ」
「共犯者の証言とか、信じられない」
「本当なのニャ」
「信じるわ」
チャチャコちゃんが信じてくれた。
僕の言葉じゃ無くて、ミーアの言葉だけど。
チャチャコちゃんに先導されて、宿屋《虎の穴亭》に入る。
バンヤルくんの両親の出迎えを受ける。
人の良さそうな親父さんとお袋さんだ。2人は、僕とミーアにとても親切にしてくれる。チャチャコちゃんもちょっと早合点しすぎる傾向があるけど家のお手伝いを熱心にする良い子だし、ここをナルドットの常宿にすれば安心だろう。
「ミーアちゃんは、14歳なのね。ワタシは10歳なの。ねぇ、『ミーアお姉ちゃん』って呼んでも良い?」
「良いにゃよ~、チャチャコちゃん」
「やった~!!! それにしても、ミーアお姉ちゃんは人間語がとっても上手。賢いのね。いっちょ前にケモナーを気取ってるくせに、獣人の言葉もろくに話せないドッカのぼんくら兄ぃとは大違い。ハァハァ。お姉ちゃんの黄金の瞳が輝いて……ハァハァ……黒い毛並みもツヤツヤふわふわ……ハァハァ……シッポも、ふりふり……ハァハァ……誘拐してきた兄ぃの気持ちもチョッピリ分かっちゃう……ハァハァ」
なんか、10歳の女の子がハァハァ喘いでるんですが。
あと、バンヤルくんの冤罪は、まだ晴れていないのか。
「ところで、ミーアちゃんと家のバンヤルとはどのような関係なのかな?」
親父さんが、尋ねてくる。
「ふっふっふ。親父よ、よくぞ訊いてくれた」と不敵に笑うバンヤルくん。
「俺とミーアちゃんは、ただならぬ仲なのさ」
「バンニャルには、ここまで案内してもらったのにゃ。それだけなのにゃ」
「……そういう仲だ」
「つまり、無関係ね」
容赦無く、実の兄へツッコむチャチャコちゃん。
「サブローくんは、バンヤルと何処で知り合ったのかしら?」
お袋さんが、僕に訊いてきた。
「獣人の森です。ナルドットまでの道中、バンヤルくんには大変お世話になりました」
実際、バンヤルくんにはいろいろ助けられたし、有益なアドバイスもしてもらった。
「そうか、バンヤルが少しでも君たちの役に立ったのなら何よりだよ」
親父さんが、感慨深そうに頷く。そして、やにわ眼をギラリと光らせた。
「で、サブローくんはバンヤルの友人なのかな?」
「……は、はい」
僕は、肯定する。
少し、恥ずかしいな。けど、バンヤルくんが僕の〝友人発言〟を否定しないでくれているのが、地味に嬉しい。
「そうか、そうか」
笑みを満面に浮かべる親父さん。
「不躾かもしれんが、聞かせてくれ。サブローくんは、人間の女の子と獣人の女の子、どっちに興味があるんだ?」
ハ??? 親父さんが、変なことを問いかけてくる。
プライバシーに関する質問なので返答を断ろうと思った僕は、ふと知覚した。
親父さんのみならず、お袋さんもチャチャコちゃんもバンヤルくんも、更にミーアまで、僕に注目している。回答拒否は許されない雰囲気だ。
ここは、正直に答えよう。
「……えっと、僕は人間の女の子にも獣人の女の子にも興味があります」
……なんだか、僕が節操なしみたいな……軽蔑されたりしないかな?
でも、僕の返事に場の空気は明るくなった。
ミーアは『にゃん、にゃん』と妙に上機嫌だし、バンヤルくんの一家も歓迎ムードだ。
「サブローくんは、人間の女の子にも関心があるんだね! 素晴らしい!」と親父さん。
「サブローくんは、立派に育っているのね。ご両親の教育が、よほど良かったに違いないわ」とお袋さん。
「サブローお兄ちゃん。兄ぃと同類だと勘違いしてゴメンなさい」と謝ってくるチャチャコちゃん。
バンヤルくん一家が僕を褒めてくれるのは有り難いんだが、評価ポイントがオカしい気がする。
「サブローは、獣人の良さに思い至らないヤツらよりは、ちっとはマシのようだな。まぁ、初心者はこんなモンだろ」と何故か先輩面しているバンヤルくん。
そんなバンヤルくんを一瞥したあと、親父さんはガッと僕の肩を掴んできた。
「うちの宿屋は、メリアベス陛下が獣人差別撤廃令を公布する以前から獣人のお客様を分け隔て無く受け入れてきた。なので、バンヤルもチャチャコも小さい頃より、獣人の皆様と日常的に接する機会が多かったんだ。偏見を持たずに成長してくれたことは、喜ばしい。しかし、私と妻が気付いたときには、バンヤルはケモナーへの道に深入りしてしまっていた」
取り戻せない過去を回想しつつ、親父さんは頻りに悔やむ。
「バンヤルが《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》の会員となっている次第をご近所様から教えられた折には、愕然としたわ」
嘆くお袋さん。
「息子の心に巣くう闇を察してやれなかった私は、親として失格だ」
憂いの眼差しになる親父さん。
う~ん……暴走族に入ってしまった我が子を心配する、現代日本の親みたいだね。
けど、〝心に巣くう闇〟は言い過ぎだと思います。
「ケモナーになったのは、まだ良い」と親父さん
良いんだ。
「問題は、バンヤルが獣人の女の子にばかり夢中になって、人間の女の子に見向きもしないことなの」とハンカチで目元を押さえるお袋さん。
なにも、泣かなくても。
「兄ぃの部屋の壁には、獣人の女の子の絵がいっぱい貼ってあるのよ」とウンザリ顔のチャチャコちゃん。
「そう言えば、兄ぃが秘蔵している猫族の女の子の等身大イラスト……ミーアお姉ちゃんそっくり……」
チャチャコちゃんはミーアを見つめ、何かを悟ったのか、眼をまん丸くする。
「も、も、もしかして、ミーアお姉ちゃん。《ケモノっ娘美少女ランキング3年連続第1位》の栄冠に輝く、あのミーア様なの?」
「え! あ? にゃ!?」
当然、ミーアはチャチャコちゃんの質問の内容を理解できない。困惑するだけだ。
「そうだぞ、チャチャコ。ミーアちゃんは、あのミーア様だ」
己が成果であるかのように自慢げに胸を張るバンヤルくん。
「うわぁ……うわぁ……」
チャチャコちゃんの瞳が、キラキラ輝く。「ミーアお姉さま……素敵……」と吐息が熱っぽい。
10歳の少女が漏らして良い声色では無い。
「コラ、バンヤル!」
親父さんが、バンヤルくんの頭に拳骨を落とす。
「お前は、妹までケモナーアナザーワールドへ引きずり込むつもりか!」
ケモナーアナザーワールド!!! 意味はサッパリ分からないが、とにかく凄いネーミングだ。
お袋さんが、僕へ懇願してくる。
「お願い、サブローくん。友達なら、バンヤルが獣人の女の子だけじゃ無く、人間の女の子にも関心が持てるように、〝チャラ男の道〟へ誘ってくれないかしら?」
僕は、チャラ男じゃありませんよ! ピュアボーイなんですよ!
「ミーアちゃん、息子と娘が失礼したね。それはさておき、色紙にサインを所望しても良いだろうか? 額縁に入れて、屋内の目立つ場所に飾りたいのだが。出来れば肉球手形も、ペタンと押して欲しい」
親父さんが、ミーアへサイン色紙を差し出している。
「ミーアお姉さま。ワタシのことは、『チャチャコ』と呼び捨てにしてください。ワタシのツインテールと、お姉さまの両耳、お揃いですね。まるで、実の姉妹」
チャチャコちゃんが、謎アピールをしながらミーアに抱きつく。
チャチャコちゃんのツインテールとミーアの猫耳の、どこが〝お揃い〟なんだ。
頭部の両側に2つくっ付いてるだけと言うのなら、僕の耳だって〝お揃い〟だ。
「親父、お袋、チャチャコ! ミーアちゃんを家に連れてきたのは俺だぞ。俺に感謝しろ!」
威張るバンヤルくん。
バンヤルくんがミーアのことを大好きなのは承知してるけど、〝連れてきた客〟の中から、ごく自然に僕を省くのは止めてくれないかな?
不安だ。宿屋を変えたくなってきた。
チャチャコのイラストは、ファル様よりいただきました。ありがとうございます!




