百合マスター
今回のサブローはサイテーです……。
オリネロッテ様が、落ち着いた足取りで歩み寄ってくる。
「申し訳ありません、お姉様。お騒がせしました。サブローさんたちを宿泊部屋へご案内しようと、立ち寄っただけなのですが……。ドラナドの狼藉について、私からもお詫びいたします」
殊勝な発言の後、オリネロッテ様はゆっくりと僕へ眼差しを向けてきた。
「サブローさん、どうも私たちと貴方との間で行き違いがあったようですね。サブローさんに勘違いされたままなのもイヤなので、今より私の部屋でお話をしませんか?」
え! これって、オリネロッテ様の私室へのお誘い!?
うわわわ! 女の子に自室へ誘われるとか、生まれて初めての体験だよ。フィコマシー様の部屋には、自分のほうから押しかけた格好だからな。
『今日、私の家に来ない? 実は両親は昨日から旅行中で……』と同級生女子(上級生でも下級生でも可)に自宅へ招かれるのは、思春期真っ盛りである男子高校生羨望のシチュエーションだ。
『◯◯ちゃん。僕も、男なんだよ。その言葉の意味が分かってる?』
『もちろんよ、ヤダ! これ以上、言わせないで。恥ずかしい!』
……とか甘酸っぱい展開には、悶えてしまいますね。まぁ、訪ねてみたら大学生の兄と中学生の弟が在宅してたなんてオチが待ってるケースが殆どだけど……。
オリネロッテ様のエメラルドグリーンの瞳が、僕へと注がれる。〝魅惑の視線〟だ。
でも、大丈夫。〝オリネロッテ様の魅了〟への対抗策に関しては、事前にミーアたちと充分に打ち合わせをしてきた。
何よりも『オリネロッテ様の魅力は、マヤカシである』と己へ粘り強く言い聞かせることが肝心だ。
いえ、オリネロッテ様が美少女である事実は否定しませんよ。
けれど『美少女だから=好きになる・崇拝する』という公式が即座に成り立つ流れは、さすがにオカしい。疑ってかかるべきだ。
そして前もって警戒していれば、人は怪しげな勧誘に、そう簡単に引っ掛かったりはしないのだ。
例えは悪いが〝オレオレ詐欺〟の電話がいきなり掛かってきたら、どんな人間でも騙されてしまう危険性がある。しかし、予め〝オレオレ詐欺〟だと知っていれば、冷静に対処できるだろう。
『オレオレ!』と告げてくる犯人に、『ダレダレ?』と反撃してやるのだ。
忘れちゃいけない、更に重要な行いもある。自分にとっての〝オリネロッテ様を超える人物〟すなわち〝エメラルド以上に価値ある宝石〟を、鮮烈に心中で思い浮かべるように努めることだ。
その曇りなき輝きこそ、〝オリネロッテ様の魅了〟に対する堅固な防波堤となり、己の精神を守ってくれる。
きっとミーアは、いま心中に僕の姿を思い描いてくれているはず。
……面映ゆいな。
マコルさんは、心中にミーアの姿を浮かべているんだよね。
……何だろう。なんか、面白くないね。
贔屓の作品のツマラナイ2次創作を見掛けた際に感じてしまう、あのモヤモヤした鬱屈に類似した苛立ちが胸中に沸き立つ。
2次創作を目に出来たこと自体は、とっても喜ばしい。でも、その内容に注文を付けたくて仕方ないような……。
シエナさんの心中には、〝誰よりも大切なお嬢様〟であるフィコマシー様が居る。これは、確実だ。
回顧すれば、シエナさんは〝オリネロッテ様の魅了〟に惑わされる迂闊さを一瞬たりとも見せなかった。シエナさんの忠誠の対象――精神の支柱が、フィコマシー様その人であるために違いない。
つまり、〝オリネロッテ様の魅了を防ぐ城壁〟の役割で、フィコマシー様に勝る人物は居ないのだ。
フィコマシー様とオリネロッテ様……。僕は改めて2人を心の内で見直してみる。
不可解な姉妹だ。
そもそも、どうしてフィコマシー様は妹のオリネロッテ様と身近に接しつつ、魅了されていないのだろう?
オリネロッテ様の美少女っぷりと蠱惑のパワーに思いを馳せれば、フィコマシー様が極度のシスコンになっていても不思議では無い。
肉親だからか?
しかし、ナルドット侯は父親であるにもかかわらず、明らかに〝オリネロッテ様の魅了〟の影響を受けていたよね。
フィコマシー様の置かれている酷い境遇を考えれば、オリネロッテ様を憎んでいないだけでも、奇跡的なほどの〝心の強さ〟であるとは思うんだけど……。
フィコマシー様とシエナさん。シッカリした精神を持つ、2人の少女……心底、感じ入ってしまう。見事な主従、素敵な乙女たちだ。
ちなみに、僕の心の中における〝オリネロッテ様を超える人物〟は誰だろう?
自問自答してみる。
うん、分かりきっているよね。
ミーアと
フィコマシー様と
シエナさんだ。
……………………あれ?
いかんいかん。
3人の少女の姿をいっぺんに想い起こすとか、まるで僕が浮気者みたいじゃないか。
熟慮しなければ。
サブロー、お前にとって〝緑のエメラルド以上に価値ある宝石〟は何だ?
……眩しいゴールドと
……青のサファイアと
……ブラウンの琥珀だ。
……〝オリネロッテ様以上に価値ある少女〟が、心の中に3人も居るなんて、僕は〝気の多い男〟なの?
違うよね? 僕って、純情一途だよね? ピュアボーイだよね? 誠意大将軍だよね?
天空のはるか彼方より、爺さん神が『間中三郎よ! ハーレムを作りたがるピュアボーイなんぞ、居るわけが無かろう。戯けたことを抜かすな! ヘソが茶を沸かすわ』と告げているような気もするけど、無視しよう。
オリネロッテ様による貴重な招待を受けた、僕。
心惹かれるところはあれど、準備無しに敵地へ飛び込む愚は犯せない。とは言っても、頭から断ったら無礼と受け取られかねない。ならば……。
サッと一歩下がる。そして、おもむろにフィコマシー様へ顔を向けた。
「フィコマシー様のご意向次第です」
僕のセリフに、侯爵家姉妹は驚く。
「サ、サブローさん……」
「何故、お姉様の許しが要るのですか? 別に、サブローさんはお姉様に仕えている訳ではないのでしょう?」
「ええ、身分としては、その通りです。でも、心情は、別問題でして」
僕はそう述べて、フィコマシー様をジッと見つめる。
フィコマシー様は、頬を微かに赤く染めながら、意を決したように頷いてくれた。
「サブローさんとは、この後も私はいろいろ話し合わなくてはなりません。ごめんなさい、オリネロッテ。オリネロッテのもとへ、サブローさんを行かせるわけにはいきません」
「……そうですか」
オリネロッテ様の目が、スッと細められる。刹那、剣呑な雰囲気が漂った。が、直ぐに雲散霧消する。
「致し方ありません。今回は、諦めます。サブローさん、また別の機会に語り合いましょうね」
オリネロッテ様が、朗らかな笑みを向けてくる。
僕は、表情を隠すために深々とお辞儀をしてみせた。
「それでは、アズキ、クラウディ、戻りましょう。リアノンは、サブローさんたちを宿泊部屋に案内して差し上げて」
クラウディが壁際で気を失っているドラナドに近寄り、ヒョイと持ち上げて肩に担いだ。細身なのに、凄い腕力だ。
「あ、ハイ! 畏まりました、オリネロッテ様」
リアノンは直立不動になってオリネロッテ様に返事すると、僕らのほうへ振り向いた。
「サブローとマコル殿には男性用の客室を、ミーアには女性用の一室をそれぞれ用意しているぞ」
リアノンが、張り切って僕らを宿泊部屋まで引率しようとする。
僕とミーアは、別々の部屋か……。侯爵家のお屋敷で男女同室の就寝はマズいと言うことか。それは良いんだけど、ミーアを1人きりにするのは、少しばかり不安だな。
フィコマシー様も、僕と同様の危惧を覚えてくれたようだ。
「ミーアちゃんは、今晩は私と一緒の部屋で寝ることにします」と仰ってくれた。
「ホントに! 嬉しいニャ!」
フィコマシー様の申し出に、ミーアが喜ぶ。
「……お姉様のお望みの侭に」
食堂から退出しようとしていたオリネロッテ様が、立ち止まって呟いた。
加えて、オリネロッテ様は振り返り、シエナさんへ問いかけてくる。
「シエナ、貴方はどうするの?」
え? どういう意味だろう?
「この館のお姉様の部屋にあるベッドは、3人で寝ても申し分の無い広さがあるわ。貴方も、お姉様と共に休む? 王都の屋敷でも、貴方は夜にしばしばお姉様にお呼ばれしてたものね」
オリネロッテ様が、突然爆弾を投下した。
え!? 夜にお呼ばれしてた? それって、フィコマシー様とシエナさんが◯✕△▼してたってこと?
「オ、オリネロッテ様!?」
シエナさんが、慌てふためく。
おおおおお! これは、本当の本当の本当に? フィコマシー様とシエナさんが……地球におけるアジア・ヨーロッパ・北米などの亜熱帯・温帯・亜寒帯にかけて広く分布している100種以上の原種を誇る植物…………いわゆる、百合!!! なのか!!!
百合……ユリ……ゆり……日本中の少年たちが求めて焦がれて愛して止まない百合……少女×少女……GL……ガールズラブ……『お姉さま~』『タイが曲がっていてよ』『聖母様が見てますわ』の百合ですか!!! 男子垂涎の夢! 希望! 憧れ!!!
〝お嬢様とメイドのユリユリ〟など、所詮フィクションの中でしかお目に掛かれない絵空事だと思っていたのに。それが何の前触れも無しに急遽、現実のものになろうとは!
まさに衝撃! 晴天の霹靂! ピカピカ、ドッカーン!
フィコマシー様とシエナさんのユリ……16歳のお嬢様と17歳のメイドさんのユリユリ……ふっくら令嬢とモブメイドのユリユリユリ……う~ん、変だな。あんまり嬉しくないな。ちっとも興奮しない。
なんでだろう? 憧憬の百合なのに。
自分が好意を寄せている女の子同士が百合しちゃうのが、残念なのかな? 僕は、そこまで繊細な神経の持ち主だったっけ?
……そうでは、無いな。むむむ、フィコマシー様とシエナさんじゃ、なんかイメージが浮かびにくいんだよね。妄想の翼が広がらないと言うか……組み合わせが悪いように思える。
僕はお寿司もカレーライスも大好物だけど、『それじゃ、お寿司とカレーライスをセットで食べましょうね』と言われたら、多分遠慮する。そんな感じ。
別のコンビなら、どうだろうか?
例えばオリネロッテ様とミーアなら……『ミーアちゃんの毛並みはキレイね』『そんな、くすぐったいニャ。あ! シッポを触っちゃダメにゃん』とか……………………あああああ!!! 堪らん、昂ぶる、ゾクゾクする。テンション上げ上げですね。
良かった。僕は、正常だ。由緒正しき日本男児が、百合に拒否反応を示すはずは無かったんだ。
帰するところ、〝人物選択と取り合わせ〟がキーポイントなんだね!
〝百合なら無条件でバンザーイ〟では、無いのだ。
僕は、また1つ賢くなった。
オリネロッテ様は百合向き!
ミーアも百合向き!
フィコマシー様は微妙。
シエナさんも微妙。
アズキは微妙以下。アンコのアズキは、〝花より団子〟で〝百合よりあんころ餅〟だからね。
そして……そして……リアノンは……イエロー様は……不向き! 最悪! 絶望! だ。
リアノン×イエロー様とか、百合への冒涜だよ。女子プロレスに耽美を求めるのは、間違っているよね。
《百合道》の奥深さには、脱帽だ。
こうして、僕は〝百合マスター〟へ1歩だけ近付くことが出来たのだった。
次回のタイトル「シエナ、百合の球根に求婚される」……嘘です。




