〝美〟を見出す心眼
「サブローさん。いくら何でも、その仰りようは酷いんじゃないですか?」
どう言う訳か、シエナさんが怒っている。
「お嬢様やミーアちゃんはともかく、私が〝あの〟オリネロッテ様より美少女なんてあり得ません」
困ったな。僕は本心を語ったにもかかわらず、信じてもらえていないようだ。
「私は、身の程を弁えています。私は平凡な女です。容貌だって〝中の中〟です。自己贔屓の目で見て〝中の中の上の下くらい〟だと思います。いえ、頑張れば〝中の中の上の中くらい〟までいけるかもしれませんけど……」
あの~、シエナさん。剣を振るって襲いかかってくる4人の男と互角に渡り合ったり、袖の下に巨大針を暗器として仕込んだりしているメイドさんを、『平凡な女』呼ばわりするのは、どう考えても無理がありますよ。
あと、ご自分を『平凡な女』と称しながら、やっぱり〝平均点〟はイヤなんですね。〝平均点よりチョット上〟が良いんだ。
これが、切ない女心というモノなのか?
男には、分からない心理です。
「シエナさんは、僕の尊敬する女性です。ご自身を〝中の中〟と見做すのは止めてください。女性をランク付けするつもりありませんが、敢えて言えばシエナさんは〝上の上〟です」
シエナさんは、スーパーモブメイドなのだ。
「そんな! 〝特上〟なんて、ヨイショしすぎです! サブローさん」
そこまでは、言ってない。
特上……高級……お寿司屋さんの握りのランク、松竹梅の松……何か急にお寿司が食べたくなってきた。ウェステニラの料理に、お寿司ってあったっけ?
「私は〝並〟なんです。〝特上〟とか〝上〟では無いんです。でも、ネタは新鮮ですよ。ピチピチですよ。17歳ですよ」と独り言を呟いているシエナさんを放置して、フィコマシー様とミーアへ順に目を遣ると、2人ともポカンとした顔をしている。
フィコマシー様とミーアも、どうやら僕の発言に納得がいっていないらしい。
僕は、溜息を吐いた。
「フィコマシー様、シエナさん。ミーアも。良く聞いてください」
3人の少女の顔を、それぞれ見つめる。
「花には、たくさんの種類があり、その形容や香りはどれも違っています。けれど、どの花も美しい。そして、いずれの花を好むかは、人によって異なります。薔薇は艶やかですが、誰しもがその華麗さに引き寄せられるとは限りません。僕は薔薇よりも、気高い胡蝶蘭や可憐なコスモス、元気なタンポポのほうが好きなんですよ」
そう僕が述べたところ……。
恥ずかしがるフィコマシー様。
「わ、私、花に例えられたのは初めてで……それも〝清純〟〝幸福〟を象徴する胡蝶蘭……」
地球での胡蝶蘭の花言葉は、《純粋な愛》と《幸福が飛んでくる》だったことを思い出す。ウェステニラにおいても、似たような〝花と言葉のカップリング〟があるみたいだ。
息巻くシエナさん。
「コスモス……秋風に揺れるコスモスを見習って、〝儚げな女性〟に私も挑戦してみようかな? でも、サブローさん、勘違いしないでくださいね。私は、コスモスみたいな〝育成手間いらず〟では、ありませんよ。私は、チョロく無いんです」
そう言えば、丈夫で育ちやすいコスモスは園芸初心者向けの花だった。
コクンコクンと、やたら頷くミーア。
「タンポポは、アタシも好きにゃ。だって、食べられるニャン。おひたしにしても、美味しいニャ」
ミーアは食いしん坊だね。タンポポ料理では、天ぷらやサラダもお勧めだよ!
ウェステニラに存在している花に関しては、ブルー先生の授業で習った。
胡蝶蘭・コスモス・タンポポ・薔薇の他に、百合や紫陽花も普通に咲いているそうだ。
しかしながら、ラフレシア(注 地球における通称『世界一巨大な花』。毒々しい色彩で、トイレのようなニオイがする。ハエが集ったりもする)は、無いと聞いた。不思議だ。
まぁ、仮にウェステニラにラフレシアがあったとしても、女性への褒め台詞に使おうとは思わないけど。
♢
以前《彼女欲しいよー同盟》に所属している1人が、意中の女の子に「君はラフレシアのようだ」と告白したことがあったのだ。
その際、女の子は「初めて聞く花の名前。でも、綺麗な響きね」と返事は保留にしつつも機嫌良く帰っていったのである。
告白大成功! 《彼女欲しいよー同盟》からの卒業間近か! と思われた。
だが、女の子は自宅で植物図鑑を開いてしまった。
翌日は、修羅場だった。阿鼻叫喚だった。
結果、フラれた。
フラレシア……では無く、ラフレシアのせいでフラれた。
♢
ちなみに告白した少年の意図は、『君は、僕にとって世界一の女の子』と相手に伝えること。そのために、〝世界一巨大な花〟ラフレシアの名前を引っ張り出してみたのだとか。
意気込みは買うが、単語の選択を致命的に誤った。引用する花は、桜でもスズランでもチュ-リップでも良かったのに。
彼岸花は微妙だが。
後悔、先に立たず。
……それにしても、フィコマシー様・シエナさん・ミーアの可愛さについて、ウェステニラの男性たちは、どう思っているんだろう?
もし彼女たちの〝美しさ〟を感じ取れないのだとしたら、実に勿体ない話だ。
地獄における恋愛特訓。
僕は真美探知機能のトレーニングの際、師のグリーンから徹底的に教え込まれた。
『女性の美しさは、目で見ず心で見よ』と。
♢
「サブロー。真美探知機能を獲得する上での重要ポイントを、教えてあげましょう」
「おお! 何ですか?」
「宜しいですか? そもそも〝美〟とは、〝存在するモノ〟では無いのです。〝見出すモノ〟なんです」
「……グリーン、意味が分からないよ」
「『見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮』なる和歌を、サブローは知っていますよね」
「初耳です」
「学校の古典の授業で聞いたことは?」
「古典の授業は、いつも安眠タイムだったので……」
「……これは鎌倉時代初期の歌人である、藤原定家の作品です」
「藤原定家?」
「百人一首の選定者ですね。ちなみに、定家も立派な真美探知の能力保持者です」
「藤原一族、凄すぎる」
「歌の示すところを、簡潔に解説しましょう。まず、大意は『ある秋の夕暮れ、周りを見渡してみたが、花も紅葉も見えない。海辺の苫屋……苫屋とは貧相な漁師小屋のことですね……が、あるだけだった』となります。けれど肝要なのは、『しかし、心で眺めさえすれば、この風景にしみじみとした感動を覚えることが出来る。ああ、とても美しい』との文言が続いていることなんです」
「え! 定家さんは、そんなこと一言も仰ってませんよ?」
「和歌に付きものの、暗示・省略の技法です」
「はぁ。それが、何か?」
「あのですね。中世の歌人にとって花や紅葉は〝美〟の象徴なんです。本来は、美しいモノが何も無い海辺のロケーション。ところが、定家は真美探知機能を駆使して、そのうらぶれた景色の中に〝美〟を見出してみせたのです」
「真美探知の能力は、女性以外にも適用可能なんですね……」
まさか、男性にも!?
僕は、首をブルブルと激しく振る。深く考えないようにしよう。アブナイ道へと、さ迷いこんでしまいそうだ。如何に美しい花であろうと、薔薇は遠慮したい。
薔薇は~BaLaで~、BとL~BL~。ボーイズラブ~。ハ~ガ~ク~レ~。
……僕とは、無縁の世界です。
「真美探知の超達人級は、森羅万象、あらゆる存在の中に秘められた〝本質的な美〟を見抜くことが出来るのです」
そこまでは、なりたくない。男性の中の〝本質的な美〟とか、目にしたくは無い。それこそ、ホンマモンの地獄。
グリーンが感極まったのか、目尻に涙を溜めている。自分の長口舌に酔ったみたい。鬼の目に涙。
「〝美〟の無い場所で、〝美〟を発見する。これこそが『想像力の勝利』『人間にだけ許された可能性』と言えるでしょうね。まさに、感涙!」
「…………グリーン、何も泣かなくても。あと、グリーンは人間じゃ無くて、鬼族だよね」
「それでは、この和歌を真美探知訓練に活用できるよう、作りかえてみましょう。曰く、『見てみたら 肌も目元も荒れにけり お肉タプタプぽっちゃり体型』」
「…………」
「サブロー、目つきが悪いですよ。ちゃんと、後段があるんです。『……しかし、心で眺めさえすれば、貴方の魅力にしみじみとした感動を覚えることが出来る。ああ、貴方はとても美しい』」
「ただの捏造・妄想ですよね? しかも後段部分に関しては和歌の暗示・省略技法とやらで口に出さない以上、女性の目の前でその歌を詠んだら、即座にぶっ飛ばされますよ」
「……サブロー。貴方は、まだ真美探知の真髄を理解できないのですか? 良いでしょう。より、分かりやすく説明してあげます。これを、見てください」
茶碗だ。
「見窄らしい茶碗ですね。煤けてるし、ひび割れてる。ガラクタですか?」
「これは、戦国時代に茶人の千利休が愛用した高麗茶碗です」
「なんで、そんな国宝級の逸品がココに!」
「そんなの、どうでも良い問題です。肝心なのは、かの茶聖・千利休がこの古ぼけた茶碗の中に〝類い希な美〟を発見したという事実です」
千利休も、真美探知の超達人級なのか。
「もし利休の心眼と出会わなければ、単なる日常雑器として使い捨てられ、後世に伝えられることも無かったでしょう。この高麗茶碗は、もともと美しかったのではありません。利休の真美探知機能により〝眠っていた美〟を呼び覚まされて、美しくなったのです。サブローもウェステニラでハーレムを作りたいのなら、世間の目に惑わされず、自己の心眼を磨き、各々の女性の中に隠されている〝美〟を見付け出していかなくてはなりませんよ」
「僕に、千利休なみの真美探知能力、審美眼を持てと!?」
なんか、教科書記載レベルの偉人になることを要求されている気がする。
「利休も〝美を見極める目〟を所有していたからこそ、あれだけのハーレムを築けたのです。サブローも、利休のようになりたいのでしょう? 頑張って、真美探知機能をマスターしましょうね」
「『ハーレム』と言ったって、利休のハーレムは『茶碗ハーレム』じゃないですか……」
「利休のハーレムメンバーは、豪華絢爛ですよ。黒楽茶碗に赤楽茶碗、天目茶碗、魚屋茶碗、更に井戸茶碗。間違いなく、極上の美を誇るVIP揃いと言えるでしょう」
「VIPはVIPでも、Very Important Personでは無いよね。茶碗は人間じゃ、ありませんので。枉げて述べれば、Very Important Property……『とっても重要な所有物』……利休の茶碗は、紛うことなき重要文化財ではあるけれど……」
「やはり、VIP」
「イヤだ! ハーレムメンバーが茶器だなんて、茶碗が壊れる前に僕の心が壊れてしまう!」
ハートブレイクしたくない。
「サブロー、もっと器の大きい男になりなさい。相手が茶碗なだけに」
「上手いこと、言ったつもりですか!? せいぜい、座布団2枚です」
「付け加えると、利休の茶室は、僅か2畳の狭さです。ハーレム住宅建設費用抑制の参考にもなりますよ」
「2畳って、窮屈すぎる! ハーレムメンバーどころか、彼女が1人だけになっても、僕と合わせて2人分の就寝スペースすら確保できやしない」
「サブローは、外で寝れば良いじゃないですか」
「そんなの、侘しすぎる! 寂しすぎる!」
「〝侘び寂び〟は、茶道の極意です」
なんて、哀しい極意。
「いやいや、話がなんか変な方向にイってるよ! 僕が目指すハーレムは、どこどこまでも『美少女ハーレム』です! 誤解しないでください」
「ちっ! 贅沢なヤツ……」
「いま、舌打ちしましたね! 何でハーレムメンバーを人間設定しただけで、贅沢呼ばわりされなくちゃならないんですか!? 僕は、贅沢なんかじゃ無いです! ピューリタンも真っ青な、質素倹約・誠心誠意・質実剛健な男です」
「清教徒なら、ハーレムは厳禁です」
「あ、やっぱりピューリタンは無しで」
掌を返す。
「サブローは、変わり身が早すぎます」
「言わせてもらうけどね、グリーン。こんな僕にだって、女性の好みはそれなりにあるんです。全ての女性の中に〝美〟を見付けるのなんて無理ですよ」
「もちろん『あらゆる女性を美人と思え』といった無体な注文をサブローに突き付けるつもりは、毛頭ありません。どうしても受け入れられないケースも、あるでしょう。だいたい、真美探知機能によって目にした〝女性の本質〟が、常に〝美〟であるとは限りませんしね」
「え? それは、どういう意味……?」
「サブロー。当たり前ですが、人間だろうと鬼だろうと、女性であろうと男性であろうと、良い方も居れば、悪い方も居ます」
「確かに」
世の中には、とんでもない悪人だって存在する。
「要点のお復習いです。真美探知機能を操れる達人たちは、女性の美しさを〝心の眼〟で知覚します」
「心の眼……」
「サブローに、問います。外見は『真・善・美』、しかし内面は『偽・悪・醜』な女性を真美探知機能で眺めたら、どうなると思いますか?」
「…………」
答えられない。
黙り込んでしまった僕を見て、グリーンが奇妙な行動に出る。
「ちょっと、グリーン。なんで、写真を机の上に並べてるんですか?」
「サブロー。この5枚の写真を、よく見比べてみてください」
「どれも、豪華なお屋敷の外観を写したモノですよね。全部、ヨーロッパ風の建築物だ」
「この5つの洋館の中に、サブローにとって容認しにくい、いわゆる『住人になるのはゴメンだ』と感じてしまう物件はありますか?」
ジックリと、5枚の写真を観察する。
「そうですね~。あ、これだ。この赤い屋根の凝った造りの館には住みたくないです」
「ほほ~、何故ですか?」
「イヤ、なんか分からないけど妙なゾクゾク感を覚えるんですよね、このお屋敷には。青い空と緑の芝生とのコントラストが映える美しい館なのに、見てるとウッスラ寒気がする」
「見事です、サブロー。サブローの〝心の眼〟は恋愛特訓によって確実に鍛えられていますね」
褒められた。
「この赤い屋根の屋敷は、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるウィンチェスター・ミステリー・ハウスです。屋敷の主人であるサラ・ウィンチェスターが、霊に怯えながら38年間ぶっ続けで増改築を繰り返した建物です。この写真には、屋敷の一部しか写っていません。けれど、実際は途方もない大きさで、部屋の数は160、ドアの枚数は2000、窓の数は1万枚にも及びます。内部は、まるきり迷路状態。隠し部屋や秘密通路、天井にぶつかる階段、開いたら目前が壁になってるドアなんてモノもあるそうですよ」
「サラさんは、どうしてそんな不可思議なお屋敷を建てたんでしょうか?」
「数々の不幸に見舞われた大富豪のサラが『自分は呪われている』と信じ込み、悪霊が自身のところまで辿り着けないように多くの部屋や窓、出口の無いドアや行く先の無い階段を拵えたのだと伝えられています。加えて霊媒師より、『屋敷の建築を止めると、貴方は死ぬ』と吹き込まれてもいたようですね」
「なんと、まぁ……」
「正真正銘、呪われた館です。そして屋敷の不気味さを一目で見抜いた、サブローの感受性は素晴らしい。更に修行を積めば、確実に真美探知機能をマスター出来るでしょう」
「やったー!」
意気込む僕に、グリーンが注意する。
「とは言うものの、サブロー。真美探知の能力は、あくまで〝女性の本質的な美〟を知るための手段です。人物判定の方法として安易に活用する行為は、慎んでくださいね」
「そんな……」
「達人級ならともかく、未熟な初心者が頻繁に真美探知機能に頼るようになると、本来の対人接触・交際のためのテクニックが衰えてしまいかねません。裏技は最小限にして、相手と正面から向き合うことも、日常生活においては大切です」
「なるほど」
真美探知機能を常時油断なく働かせているような人間とは、僕もご近所づきあいしたくない。
〝心の眼〟は貴重なスキルだけど、それに溺れてしまうのはマズいと思う。普通の視力より得られる情報だって、大事だよね。
しかし、僕はまだまだ半人前。真美探知の能力を用いなかったら、外見に簡単に惑わされちゃいそうな気もするな……。
「なに。それほど不安に思う必要はありませんよ、サブロー。もとより、人間の本能は侮れませんからね。1つ、アドバイスしてあげましょう。直感を、重要視するようにしてください」
直感とな?
「理由は不明でも『この女性は何かオカしい……』と感じたら、如何ほど美形であろうと、近付かないほうが賢明ですよ。相手の悩みと最後の最後まで付き合う覚悟があるなら止めませんが、薄っぺらな気持ちで『お付き合いしたい』などと考えるのは危険です。内面に埋まっている地雷は、裸眼には見えません。踏んだら、アウトなのです」
♢
直感が、囁く。
オリネロッテ様は、奇怪しい。
今の僕には、彼女がウィンチェスター・ミステリー・ハウスと重なって見えるのだ。
外観は立派で住みやすそうなお屋敷だが、その内側は複雑怪奇。そこかしこの暗闇に、怨念や悪意が潜んでいるような予感がする。
オリネロッテ様の外見は、並外れて美しい。しかし、あの麗姿を脳裏に浮かべると、言いしれぬ懸念と緊張感が胸中に沸き上がってくる。
一見は、何の変哲もない美麗な風景画。
けれど眺め続けていると、気持ち悪くなってくる。
よくよくチェックすれば、遠近法が微妙に狂っていた。
オリネロッテ様との出会いは、そんな絵画の鑑賞体験と似ている。
いくら美しかろうと、僕は作者が鑑賞者を騙すために意図的にデッサンを狂わせた絵画を自室に飾ろうとは思わない。
僕は、優しい絵、キレイな絵、楽しい絵が好きなのだ。
いろいろツッコミどころ満載(なんで、地球とウェステニラの花が同じなんだ!? とか)の回だと思いますけど、スルーできるところはスルーしてくださいませ。お願いします。
あと作者は藤原定家と千利休については、〝美の創造者〟として尊敬してます。ホントですよ!?




