握手までの遠い道のり
僕が握手を申し出ると、リアノンは何故か硬直してしまった。
「あ、握手? 握手というと、アレかな? 手と手を握り合うというヤツかな?」
「ええ。その通りです」
他に、どんな〝握手〟があると言うんだ。
「少年、イヤ、サブロー。お前は、君は、貴方は、私と、握手を、したいと、ご希望で?」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
いったいリアノンはどうしてしまったんだ? 喋り方が、覚えたばかりの外国語にチャレンジする中学生みたいになってるぞ。
「握手で、間違いないよな? 殴り合いとかじゃ、無いよな?」
「なんで、いきなり馬車の中で殴り合いを始めなくちゃならないんですか!」
リアノンの思考が、ぶっ飛びすぎてる。さすが、戦闘狂の女騎士。オーク絶対殺すウーマン。
「ス、スマナイ。まさか、私が男性から握手を求められる日が来るとは、予想だにしていなかったものでな」
「握手くらい、他の騎士の方々と、したことがおありでしょう?」
「まさか! 確かに訓練で手を握り合うことはあったが、それは相手の手を捻りあげたり握りつぶしたりして戦闘不能に追いこむための一技法に過ぎなかった。それとも、アレも〝握手〟と呼んで良いのかな?」
「いいえ。止めといたほうが、無難でしょうね」
握手は、友好を確認し合う手段です。捻りや潰しを前提にされても困ります。
「それで、サブローは、どうして私と握手をしたいんだ?」
リアノンが、僕に質問してくる。
さて、何と答えよう。
丸っきり、嘘を吐くのも、気まずいな。ここは、ある程度真実を語ろう。
「リアノンさん。僕は、貴方の〝気持ち〟が知りたいんです」
リアノンの焦げ茶色の左眼を、ジッと覗き込む。
「わ、私の〝気持ち〟を知りたいとな。なんと、情熱的な告白を……ダ、ダメだ。『騎士になろう!』と誓ったあの日、私は女を捨てたはず。女の身で立派な騎士になるには、男の騎士の数倍は努力しなければならないからな。『女どころか、お前は人間を捨てている』とか因縁を付けてきた同僚も居たりしたが、私は気にも掛けなかった。まぁ、そんなセリフを口したヤツは、首から下を地面に埋めて3昼夜放置してやったが。泣いて謝ってきても、決して許してやらなかった。男など、私にとってはライバルか、倒すべき敵に過ぎなかったのだ。しかし、しかし、まさかここに来て、女の人生最初のクライマックスと巷で噂される『男性からの告白タイム』を迎えることになろうとは! しかも、年下の少年から! 先程の戦いで2人の間に熱い火花が散ったのを目にしたと思っていたが、やはり見間違いではなかった。サブローは、平面顔のパッとしない容姿ではある。けれど、剣の腕前はなかなかのものだ。何と言っても私の一撃を受け止め、はね返したのだからな。私のパートナーに相応しい技量を持っている。最大の問題点は、サブローが現在放浪中の無職の身であることだ。父上と母上は認めてくれるかな? いや、きっと大丈夫だ。父上は常々『お前を嫁に貰ってくれるほどの勇気を持つ男性が現れるなどと言う都合の良い奇跡は、天地がひっくり返ってもあり得ないのではなかろうか? だが、全ウェステニラの人口の半分は男。絶望するには、まだ早い』と仰っているし、母上は『こんなに逞しく成長しちゃって。リアノンったら、本当に剛毅で精悍で不撓不屈で〝向かうところ敵無し〟で……どこで育て方を間違えたの?』と毎日のようにお嘆きになられている。もし、お2人の前にサブローを連れていったら、泣いて喜ばれるに違いない!」
リアノンが、スゲー高速で、何事かを独白している。
小声すぎて聞き取れないんだけど、ときどき「父上」「母上」「あなた方の娘は、やっぱり〝娘〟でした」「〝息子になってしまった娘〟では、無かったのです!」「その証拠に、私は男性から〝握手〟を求められたのです!」とかなんとか、謎めいたセリフが漏れ伝わってくる。
リアノンが口にしている単語の意味が、サッパリ分からん。
「さぁ、リアノンさん。右手か左手、好きなほうを出してください。お願いします」
僕がそう頼み込んでも、リアノンは「もにょもにょもにょ」と呟きつつ臆している。
そう言えば少し前に、シエナさんも似たような態度を……奇声を上げたり、囀ったり。シエナさんとリアノン、もしかして類友?
女騎士の顔色が、健康な小麦色から、赤くなったり青くなったり変化する。まるで、信号機だ。
うん? 何でリアノンは、こんなに〝てんやわんや〟になってるの? 僕、ただ「握手させてください」って申し込んだだけだよね?
リアノンは右の掌を上着の裾でやたらとゴシゴシし、ジックリ観察してから「よし、汗は付いてないな」と呟いた。そして怖ず怖ずと僕のほうへ、右手を差し出してくる。
僕がその手を握ろうとした瞬間、僕とリアノンの間に挟まっていたシエナさんが手刀を繰り出し、リアノンの腕を叩き落とした。
「イタ! メイド! 何をする!」
「サブローさんも騎士様も、私の目の前で何をなさっているんですか? この馬車には、フィコマシーお嬢様やミーアちゃんが同乗しているのですよ。馬車の中での不純異性交遊は、私が断じて許しません!」
シエナさんまで、なに変なこと言ってるの!? これ、ただの握手でしょ!
「ハハン。分かったぞ、メイド」
「何ですか、騎士様。その上から目線のニヤつき顔、路面に置いて、馬車の車輪で轢きたくなりますね」
「お前、羨ましいんだろう?」
「な! 何を曰いますのやら? 騎士様、おつむの具合は大丈夫ですか? 妄想ポエムを脳内で紡ぎすぎて、虚構と真実の見分けも付かなくなってしまわれたのですね」
「妬くな、妬くな、メイドリーム。私はお前より、2歳も年上。男性経験も一歩先を行くのが、世の理だ」
「意味不明の勝ち誇りは、気持ち悪いので止めていただけます? 先程は『そんなに年齢は違わない』などと仰っていたくせに……。私、妬いてなど、おりません。サブローさんとの握手くらい、私だって、したことあります。経験者なのです」
「ど~せ、お前のほうから、ムリヤリに少年の手を握っただけだろう?」
「――っ! ムリヤリなんかじゃ、ありません。両者、合意の上です。確かに私のほうから手を握りましたけど、サブローさんだってチャンと握り返してくれました!」
※注 サブローは握り返してません。
「あ~哀れだね~。男の同情を好意と勘違いするなんて。こりゃ、メイドの行く末は、冥途だね。独身地獄だね」
「仮に〝独身地獄〟なるものがあるとしたら、落ちるのは私では無く、騎士様です。私は、落下しません。『お嫁さんへの道』、まっしぐらです!」
「何を根拠に」
「だって私は、今朝方、サブローさんに抱きかかえられてベッドへ連れ込まれたんですよ!」
ちょ! シエナさん!
「嘘つけ! 寝惚けてたんだろ!」
「寝惚けてなんか、いませんでした!」
そりゃ、シエナさんはあの時熟睡していたから、〝寝惚けて〟はいなかったけど……。
「そ、そ、それなら、ベッドに入ったあと、少年と何をしたんだ? メイド、い、い、言ってみろ!?」
リアノンさん、声が震えていますよ。
「な? は? え? そ……それは……え~と、あの~、その~」
「どうした?」
「ね、眠っていました……」
「ぷ! あははは。そうか~、寝ちゃったのか~。春は眠いもんね~。ヨシヨシ。よい子のメイドはおネムの時間ですよ~。手遅れの歳になるまで、ズッと眠っていましょうね~。足掻いたところで、無駄な努力~。独身地獄への片道切符は、手放せない~。独身のメイド~、メイドの独身~、メイドクシン~」
「ムギギギギ」
「おい、こら、メイドクシン。その手に持っている、太い針は何だ? お前、さては袖の中に暗器を仕込んでやがったな!」
「左目も、眼帯が必要な状態にして差し上げます!」
「ああ!? 上等だ、掛かって来いや! 返り討ちにしてやんぜ」
リアノンとシエナさんが、ドッタンバッタンし始めた。馬車の中は狭いのに、困ったもんだ。
しばらくして、フィコマシー様がミーアの耳にゴニョゴニョと何か語りかけた。
猫族少女は侯爵令嬢へ頷くと、女騎士とメイドのバトルに割って入る。
「2人とも、やめるニャン。サブロー、困ってるニャ。サブローの顔、見るニャ。とっても、悲しそう」
え! そりゃ僕は事態の展開に付いていけずに困惑しきりだけど、別に悲しんじゃいないよ?
思わず反論しかける僕に、フィコマシー様が目配せをする。フィコマシー様の意図に気付いた僕は、咄嗟に深刻な表情を作ってみせた。
僕の様子を顧みたリアノンとシエナさんが、闘争を中止する。
「仕方ありません。サブローさんに迷惑を掛けるのは本意ではありませんので、ここは断腸の思いで騎士様に譲って差し上げます」
「いつからサブローの右手は、お前のモノになったんだ!?」
女騎士とメイドの間で妥協が成立し、不毛な戦いにようやく終止符が打たれた。
あ~何だか今の僕、2人の男を両天秤に掛けて争いの原因になりながら「ケンカしないで~、私は罪な女~」と嘘泣きするゴーマン女みたいだな。
この『複数の異性を手玉にとって悦に入る、性悪キャラクター』って、多くの物語で似たような行く末をたどるんだよね。
天罰・転落・〝ざまぁ〟の3コンボ。女性は『川や湖への身投げ』、男は『ヤンデレ女による刺殺』が、だいたいお決まりのご臨終パターン。
あれ? 僕の将来、ヤバくない?
正直、リアノンとシエナさんが揉めた理由、イマイチ掴めていないんだけど。知らぬ間に、僕ってば生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされちゃってるの!?
……と、とにかく、目下はリアノンの謎を解明することが先決だ。
こうしてついに、僕はリアノンとの握手に漕ぎ着けたのであった。
いや、ホント、なんで握手するのに、こんなに苦労しなきゃなんないの? 誰か、教えてくれ。
握手するのに、まるまる1話消費する……。




