女騎士の右目の秘密
ナルドットの街へ向けて出発しようとする直前、問題が起こった。
リアノンが馬車に乗り込んできたのだ。
何でも、キーガン殿からフィコマシーお嬢様を護るように命じられたらしい。
本当かなぁ……? 疑問に思う。
フィコマシー様に対するキーガン殿やリアノンの態度から推察するに、護衛と言うより監視が目的なのでは無かろうか?
脳筋のリアノンはスパイ担当要員としては不適当だが、まさか男性騎士をお嬢様と同乗させることも出来ず、キーガン殿が苦渋の選択としてリアノンを送り込んできたような気がする。
まぁ、馬車が動き出した以上、今更リアノンを追い出す訳にもいかない。
正直なところを述べさせてもらえば、こんな傷害現行犯をフィコマシー様たちと同じ空間に居させたくは無いので、外部へ放り出してしまいたいのだが。
結局、リアノンは強引な形で馬車に居座ってしまった。
この馬車は基本的に、対面座席で4人乗りの設計だ。但し内部は広く作られているため、無理すれば6人まで乗れる。
フィコマシー様は、その……横幅がちょっとばかりアレなんで、2人分のスペースを占有してますけど……。
フィコマシー様の隣にミーアがちょこんと座り、向かい合う形で僕・シエナさん・リアノンが着席する。
何でかシエナさんが真ん中に陣取り、僕とリアノンを引き離そうと必死だ。
「メイドよ。私は少年と是非いろいろ語り合いたいのだが、邪魔しないでくれないか?」
「ダメです。いくら騎士様と言えど、『ヤる』とか『ヤらない』とか、不埒な言動を繰り返す方をサブローさんに近づけるなんて以ての外です」
「イヤイヤ。もう、さすがに少年とヤり合おうなどと目論んじゃいないよ。ただ、少年と接触した感覚が堪らなく心地良かったんでな。少年が、どこであんな腕前を磨いたのか教えて欲しいだけだ」
「せ、接触!? 騎士様、サブローさんと〝接触〟したんですか?」
メイド、驚愕。
「ああ、2度ほど接触したぞ。1度目の接触では、私の激しいアプローチが少年の心の支えを真っ二つにしてしまった。そして2度目の接触は更に激しく、私と少年の間に熱い火花が散ったものだ。私の心は震えたよ。少年も、痺れたはずだ」
「き、騎士様、お戯れを……寝言は寝てから、ほざいていただけませんか?」
「何だと! 私は、真実しか述べていないぞ。嘘だと思うなら、少年に訊いてみろ!」
「サブローさん、どうなんですか!? 騎士様の発言内容は、妄想まみれの嘘っぱちですよね?」
シエナさんが、ビビッと僕を睨んでくる。フィコマシー様とミーアも、僕に注目だ。そして意味不明ながら自信満々の表情で僕を見つめるリアノン。
どうしてだろう? 気が付くと、僕は被告人席に座っている。
告発者がリアノン、検事兼裁判官がシエナさん、フィコマシー様とミーアは傍聴人かな?
どこかに弁護人は居ないのか!
「なぁ、少年。覚えているだろう? 私とお前の熱烈な接触を!」
告発人のリアノンが、僕を追い詰める。
あれだよね? リアノンの言うところの〝接触〟って、武器での打ち合いのことだよね? 〝真っ二つにした心の支え〟とは長棒で、火花を散らせたのは剣と刀、ついでに痺れたのは僕の掌だ。
相変わらず、リアノンの言葉遣いは誤解を招く。
「男と女の〝接触〟などといったフケツな行為、清廉潔白なサブローさんがする訳ありません。しかも白昼、野外でなんて……」
シエナさんが『私はアナタを信じています』という眼差しで僕を見つめてくる。
でも、その瞳の裏に『信頼を裏切ったら、その代償は分かってるんでしょうね?』って言わずもがなの脅迫意図が込められているようにも思えるんだけど。僕の考えすぎ?
しかし検事と裁判官が同一人物であるとは、まさに中世の暗黒裁判だね。
傍聴人のフィコマシー様とミーアは、一応静観の構えだ。
ミーアは『接触って、どういう意味ニャの? ドコとドコが、くっ付いたニョ?』としきりに首を捻っている。会話の流れに、ついて行けてないみたい。
フィコマシー様は「大丈夫です。接触したって、すぐに乖離したのなら問題ありません。重要なのは、将来です」とか呟いている。
なんか一歩間違えると、フィコマシー様の僕へのなけなしの信頼が払底しそうで、怖い。
それにしても……接触、接触ねぇ……言われてみれば、あれも接触の一種には違いない。
秘境探検家が「未確認生物との第一次接触に成功しました!」と叫ぶ感じの〝接触〟ではあるけど。
ここでもし僕が「ああ、リアノンさんと僕は間違いなく〝接触〟したよ」と答弁したら、被告人席が即刻処刑台になる予感がする。
シエナさん、どうして貴方は片手に折れたレイピアを握りしめているんですか?
「サブローさん、答えてください。接触なんてしてませんよね?」
検事が追求してくる。
最終弁論で、自己の身の安全を守らねば!
「ハイ! 僕は騎士様とは、一切、カケラも、これっぽっちも〝接触〟していません。2人の関係は、清いままです」
僕は、しれっとした顔で証言した。
「何故だ! 何故、少年は偽りを述べるのだ! それほど、私との過去を否定したいのか!」
「騎士様。夢を見るのは構いませんが、現実と幻覚を混同されては困ります。空想錯乱ポエムは、日記帳に書いて、夜に1人でニヤニヤ眺めるくらいにしておいてください」
「メイドよ。その言いぐさは、ちょっと酷くない?」
リアノンとシエナさんが、ギャアギャア言い争っている。
僕は、穏やかな気持ちで窓から馬車の外の風景を眺めた。
長閑な平野が、どこまでも広がっている。
「騎士様。貴方様は既に、いいお年頃のはず。いつまでもメルヘン気分で、恥ずかしくはないのですか?」
「メイド。お前と私、そんなに年齢は違わないだろ!?」
美しい景色だ。心が洗われるね。
「私は、幻想など抱きません。常に現実的に〝お嫁さん〟を目指し、着実に地歩を固めています。段取り上手なのです」
「嘘を吐け! リアルとドリームをごっちゃにしているのは、むしろお前だ! この、メイドリームめ!」
早くナルドットの街に着かないかなぁ……早く、着かないかなぁ……。
「な! 失礼ナイト様は、お口を閉じてください!」
「迷夢こそ、童話の世界を彷徨っていろ!」
早く、早く……早く……お願いします! 早く、街へ到着してください。
「もう、我慢なりません! 騎士様、馬車の外で決着をつけましょう!」
「私は、如何なる勝負も受けてたつぞ! ……って、お前は座ったままか!? 何で、私1人だけ外に出なきゃいけないんだ!」
大至急、一刻も早く、僕を針のムシロから解放して!
♢
しばらくして、リアノンが僕らに自己紹介してくれた。
リアノンは現在19歳。代々騎士を務める家系に生まれて、幼い頃より騎士になるべく努力してきたそうだ。
「『女だから、騎士になるのは難しい』『女は男より弱い』『女は戦いの足手まといだ』などと私に文句を付けてきた男連中を見返してやりたくてな」
シミジミと語るリアノンに、シエナさんとミーアが共感する。
「女性でも、強い人はたくさん居られます。私に剣や体術を教えてくれた方々は、お2人とも女性でした。剣士と冒険者だったのです」
「スナザ叔母さん、強いのニャ」
「サブローは、どう考える? 女性は〝強さ〟において男より劣ると思うか?」
リアノンが僕に質問してきた。
呼び方が〝少年〟から〝サブロー〟に変わっているね。僕とリアノンの距離も、少し縮まったかな?
「確かに基礎体力では、女性は男性より不利かもしれません。しかし僕は、女性の戦士が戦いの場において足手まといになるとは思いませんね。現に僕が知っている最強の武人の1人は、女性ですしね」
そう返答すると、リアノンは嬉しそうな表情になった。
「ほう! サブローが讃えるとは、その女性は余程の強者なのだな。いったい、どのような方なのだ?」
「僕の師匠の1人です。身長は4ナンマラ(2メートル)を超えていて筋骨隆々、眼光は鋭利、歯向かう者は容赦無く金棒で叩きつぶす苛烈な女性でしたね」
「おお! 私よりも背が高いのか! しかも、武器は金棒! 憧れるな」と驚くリアノン。
「その方、本当に女性なんですか?」と訝しがるシエナさん。
「懐かしいなぁ。師匠はモテモテの女性だったんですよ。仲間うちからは、類い希なる美女として崇拝されていましたね」
「おお! 筋肉モリモリのモテモテの美女か! ますます、憧れるな」と興奮するリアノン。
「サブローさんは、どのような方たちから教えを受けてこられたのですか? 修行環境がとても気になります……」と憂い顔になるシエナさん。
僕はイエロー様に関する思い出話を述べているだけなんだが。
リアノンとシエナさん、2人の反応は対照的だね。不思議だな。
座席の位置関係では、リアノンの正面がミーアになっている。
ミーアとリアノンの目が合った。
「騎士さん。右目、どうして隠しているのかニャ?」
ミーアが、リアノンの眼帯について問いかけた。ミーアらしい率直さだ。
「ああ、これか」
リアノンが、右目を覆っている黒い眼帯をソッと撫でる。何やら、曰くありげだ。
三国志の武将夏侯惇のように、戦闘中に負傷してしまったとか? それとも戦国の英雄伊達政宗のように、病で失明してしまったのかな?
深刻な事情がありそうだ。
リアノンも女性なんだから、容貌の問題点を指摘されるのは辛いに違いない。心の傷になっている可能性もある。
無理して聞き出そうとするのは、ダメだよね。配慮に欠ける。
「ミーア、気になるのは分かるけど……」
僕がミーアに質問を撤回させようとしたところ、リアノンはアッサリ答えてしまった。
「物もらいだ」
「へ?」「ニャ?」
「いや~。昨夜、虫に刺されたのか、右目の瞼が腫れ上がってしまってね。みっともないから、ちょっくらアイパッチをすることにしたんだよ。どうだ? サブロー。この眼帯、イケてるだろ」
得意気な顔になる女騎士。
リアノン……お前ってヤツは……。
何だよ! 物もらいって! ホント、みっともない理由だね!!
僕は、憤慨する。
でも、オカしいな? 変だよね? 間違ってるよね?
異世界冒険モノで隻眼のキャラクターが出てきたら、もっと劇的な展開になるのが正しいあり方なんじゃ無いの?
例えば片目を潰したのは親の仇で、残されたもう1つの目の瞼の裏に宿敵の姿が焼き付いているケースとか。
例えば実は瞳の色が左右で違っていて、虹彩異色症は世間から差別されるため隠しているケースとか。
例えば眼帯の下にあるのは邪気眼で、解放すると世界が滅んでしまうケースとか。
ドラマチックな選択肢は、数多くある。選び放題だ。
それなのに冗談じゃないよ! よりにもよって、物もらいって! 虫刺されって! 『腫れちゃいました。てへっ』って!
〝隻眼の女騎士〟という字面は凄い格好良いにもかかわらず、実体が残念すぎる! 酷すぎる! ガッカリだ! 失望の極みだ! クレーム殺到だ! 誰か、脚本を書き直せ!
内心怒り狂う僕を余所に、ミーアが「そうニャの? 目は大切ニャン。お大事にニャ」とリアノンにお見舞いの言葉を掛けている。
ホントにホントに、ミーアは良い子だね! でも、ミーア。僕はその女騎士を路上に放置したい気持ちでいっぱいだよ。
スミマセン……ナルドットの街に着きませんでした。
街が遠い……。




