リアノン談義
シエナさんとミーア、リアノンのぐだぐだトークのおかげで、場に漂っていた緊張感が程よく緩和した。
思わぬ効果である。リアノンの手によって昇天してしまったオークたちも、浮かばれることだろう。
僕と戦った騎士たちを回復薬を用いて手当てしたあと、キーガン殿(と敬称呼びすることにした)とリアノン(は呼び捨てで良いよね?)は馬車から出てきたフィコマシー様に拝謁した。
僕とシエナさんが、フィコマシー様を守護するように彼女の両脇に立つ。本来バイドグルド家とは何の関係もない一般人の僕が、その家の侯爵令嬢をその家の騎士から護っているシチュエーションって、考えてみればかなり異常だよな。
キーガン殿はバイドグルド家が抱える騎士団の重鎮で、リアノンはその配下。
しかし、シエナさんは彼らへの警戒を怠らない。
バイドグルド家で、いったい何が起きているんだ?
「それでは、先程そちらのメイドが述べた内容こそ真実であると、フィコマシー様は仰るのですな?」
「ええ。シエナは、何の偽りも申しておりません。ブランとボートレは逃亡してしまい、命の危機に陥った私たちを、サブローさん方が救ってくれたのです。捕らえた賊たちの身柄は、ロスクバ村に預けてあります」
「なるほど……」
キーガン殿が少し考え込んでいる。
彼の説明によると、一足先にナルドットの街に到着したブランとボートレは「フィコマシー様から護衛任務を一方的に解かれて、ナルドットへの先行を命じられた」と報告したらしい。
キーガン殿はナルドット侯に今後の指図を仰いだのだが、「放っておけ」と下命されたとのこと。
信じられない! 仮にも、ナルドット侯はフィコマシー様の父親だろう? 街道上でメイドと2人っきりになってしまった娘の安否が、気に掛からなかったのか?
僕は憤慨しつつ、フィコマシー様の様子をこっそり窺った。彼女は何かを諦めたような顔に、寂しげな微笑みを浮かべているだけだった。
胸が、痛む。
キーガン殿が、話を続ける。
やはり、タントアムの町より『侯爵様のご息女――フィコマシー様が、行商人らしき一団とともに宿泊している』との知らせがナルドットに入ったそうだ。
侯爵令嬢が詳細不明の人間多数と同行している状況を考慮して、念のためにキーガン殿は自ら10人近くの騎士を引き連れてフィコマシー様の迎えに赴くことにした。
そして僕らと出会うや否や、揉めてしまったと言う訳か……。
キーガン殿は責任ある地位に就いている人間らしく、沈着な物腰の中年男性だ。思慮深い人柄にも見える。それなのに、侯爵令嬢であるフィコマシー様に対する態度がどうもオカしい。言葉遣いこそ丁寧だが、フィコマシー様を見る目が異様なほど冷ややかなのだ。
リアノンに至っては欠伸をしたり髪を掻きむしったり、主家の御令嬢たるフィコマシー様の眼前であるにもかかわらず、無礼きわまりない挙動を隠そうともしない。
そんな部下のリアノンを、キーガン殿は叱責せずに放置している。
バイドグルド家に仕える騎士たちの規律と礼節は、どうなってるんだ!?
思わず抗議しかけたが、シエナさんが無言の眼差しで僕に自制を促してきたため、辛うじて堪えた。
「分かりました。ともかく、フィコマシーお嬢様にはこのままナルドットの街へ向かっていただきます。ロスクバ村には、ナルドットより人を派遣しますので」
キーガン殿の発言に、疑問を覚える。どうして今すぐロスクバ村に使いを差し向けないのだろう?
僕の疑問に気付いたのか、キーガン殿は弁解を始めた。
「この場の騎士の中で、即応できる体調なのは自分とリアノンだけです。ですが自分には隊を率いる責任がありますし、リアノンを単独行動させるのは……」
キーガン殿が、セリフを濁す。
確かにリアノンは1人にしちゃイケない人種だね。たちまち、何らかのトラブルを起こしそうだ。
「承知しました」
要請を受諾したフィコマシー様に、キーガン殿は言葉を重ねる。
「それから事情の顛末を明らかにするためにも、そちらの少年と行商人の取りまとめ役のかた1人には、館まで同行してもらうことにします」
「そんな! これ以上、サブローさんやマコル様たちにご迷惑を掛ける訳には……」
フィコマシー様は反駁するが、キーガン殿は頑として方針を変えようとしない。
「フィコマシー様、お気になさらないで下さい。私も、ナルドット侯の恩恵を受けて日々を過ごしている民草です。御領主様の館に招かれるなんて、むしろ光栄ですよ」
マコルさんが、フィコマシー様を慰める。続いてキクサさんを呼び寄せて「ネポカゴ商会への商品の持ち込みなどを滞りなく頼む」と後事を託す。
「僕も大丈夫ですよ。ご心配いりません」
僕は、そう言ってフィコマシー様に笑いかけた。
フィコマシー様は、何も悪いことをしていない。
気に病まないで欲しい。
「サブローさん……マコル様……申し訳ありません」
フィコマシー様が、僕とマコルさんに深々と頭を下げた。
そんなフィコマシー様の振る舞いを、キーガン殿やリアノンは『侯爵令嬢の身で庶民に諂うとは!』と言いたげに苦々しく見つめている。
けれど、身分の垣根を越えて感謝の心を相手に示すフィコマシー様の謙虚な姿勢に、僕は好感を抱く。フィコマシー様の人格と心構えは、本当に優れている。
感銘を覚えずには、いられない。
……しかし、成り行きとは言え、思わぬ方向に話が進んだな。
『ウェステニラで自由に生きよう!』との方針を掲げている僕としては、フィコマシー様を除く権力者たち――貴族などの上流階級とは、あまり関わり合いになりたくないと言うのが本音だったんだけどね。
今回のケースでは、仕方が無いだろう。我が侭を言って、フィコマシー様の立場をこれ以上悪化させたく無い。
領主館に長居をするつもりは毛頭ないが、少なくとも滞在中はフィコマシー様やシエナさんの力になろうと、僕は心に誓った。
問題はミーアだけど……領主の屋敷に連れて行くのは、どうも不安だ。
僕の偏見かもしれないが、『権力者の匙加減1つで、一般庶民の首が飛ぶ』というイメージが中世風の世界にはある。ミーアには、冒険者としての生活以外のところで危ない目に遭って欲しくない。
どうする? キクサさんたちに、ミーアの身を一時的に預けるか?
ケモナーであることを抜きしても、彼らはミーアを大事にしてくれている。いざとなったら、全力でミーアを守ってくれるに違いない。
けれど、僅かな期間でもミーアから目を離すのはなぁ……どうしても、懸念が残る。さっきもミーアは騎士の1人から蹴られてダメージを負ったばかりだし……。
迷っている僕の側にミーアが寄ってきた。
『アタシ、サブローに付いていくニャ。サブローから離れないのニャ』
「ミーア……」
ミーアの気持ちは嬉しい。嬉しいが……。
「サブロー、ミーアちゃんを連れて行け」
いつの間にか、バンヤルくんもやって来ていた。
「お前が何を警戒しているのか、分かる。俺だって、『ミーアちゃんの安全は、任せとけ!』と胸を叩きたい。しかし、もしも実家の宿屋でミーアちゃんを預かっているところに、騎士が2、3人連れだって押しかけてきたら……俺を含めて、家の連中では多分抵抗できない」
悔しそうなバンヤルくん。
「でも、お前は違うだろう? サブロー。10人近い騎士連中を瞬く間に蹴散らしてしまったお前なら、御領主様のお屋敷で万が一の事態が起きても、ミーアちゃんの身を実力で守れるはずだ」
バンヤルくんの忠告に、ハッとする。
確かに、そうだ。
自惚れちゃいけないけど、自分の能力を過小評価してもダメだ。僕は武器の扱いにそれなりに長けている上に、魔法という隠し玉も持っている。何よりミーアを大切に想う気持ちは、誰にも負けないつもりだ。
敵の正体や意図がハッキリしない情勢下におけるミーアにとって最も安全な居場所とは、僕の隣なんだ。
僕はバンヤルくんの助言に感謝の意を示し、更にミーアに『一緒に行くニャ』と告げた。
ミーアは『やったニャ!』と喜び、僕に抱きついてくる。
ヨシヨシとミーアの頭を撫で……何やら複数人の視線を感じるので辺りを見まわしてみると、4対の瞳が僕らに向けられている。
フィコマシー様とマコルさんは微笑ましげに、シエナさんとバンヤルくんは指を咥えて羨ましそうに、僕とミーアの触れ合いを眺めていた。
4人の眼差しに気付いたのか、ちょっと恥ずかしそうにしながらミーアが僕から離れる。
♢
しばらくして、僕に打ち倒された騎士たちのうち、ブランとボートレ以外のメンバーがヨロヨロと起き上がってきた。
ブランとボートレは、命には別状ないものの未だ意識が戻っていない。
取りあえず僕はわだかまりが残らないように、騎士たちに〝ヤりすぎた〟件について謝罪して回ることにした。
アフターフォローというヤツである。
隊長であるキーガン殿より和解にいたった経緯を聞いた騎士たちは、存外あっさりと僕の言葉を受け入れてくれた。
「気にするな、少年。君に敗れたのは、我らが未熟だったため」
「戦いに遺恨を残すは、騎士の恥」
「それより、君ともう1人の少年の仲を早とちりして悪かったな」
騎士の1人が謝ってくる。
おや? 騎士さんたち、案外良い人揃いみたいだ。
「だが、君とバンヤルと名乗る少年は友人ではあるのだろう?」
「ええ、そうですけど」
肯定する。
僕とバンヤルくんは友だちだよね? 僕のほうは間違いなく、そう思っている。バンヤルくんがどう考えているかは、分からないが。『サブロー? あれは、ミーアちゃんの付録だよ』なんて言われたら、僕は多分泣く。
「なるほど。今は、〝ただの友人〟か」
「きっと、まだ互いの気持ちに気付いていないのだ」
「あの息の合い方、心の通じ方は、ただ事では無かった」
「楽しみは将来に取っておこう」
「諦めなければ、夢の扉は必ず開く」
「イケるところまで、イクべきだ」
「心はいつか、全裸になるはず」
騎士連中が、何やらコソコソ話している。
不穏な空気が気になった僕が「何をお話しで?」と問いかけると、騎士たちは「君たちは、まだ知らなくて良い」「君たちは、まだ蕾なのだ」「いずれ、開花するのだ」「我々は、それを気長に待っている」「イケるところまで、イってくれ」「少年同士、心に鎧は不要だぞ」と口々に答える。
〝君たち〟とか〝少年同士〟って、〝僕とバンヤルくん〟のことだよね。
騎士連中の頭の中で、僕とバンヤルくんの取扱いはどうなっているのかな? ……知るのが、怖い。
更に騎士の1人が、僕に確認してきた。
「ああ、少年。いや、サブローという名前だったか。君は、リアノンと戦ったそうだね」
「ええ、ホンの2、3合ですが。あの女騎士様は大変お強くて、とても驚きました」
僕の返答に、騎士連中がどよめく。
「驚くのは、我々のほうだ。リアノンの攻撃を受けて五体満足で居られるなんて、信じられない!」
「え! やっぱり、そんなにヤバイ人なんですか?」
おっかなびっくり質問すると、騎士たちは一斉に頷いた。
「あれは、紛うことなき狂犬だ」
「先月のオーク討伐戦における彼女の狂乱振りが、今も目に焼き付いて離れない」
「5匹のオークを、一瞬のうちに血祭りに上げてたな」
「捕らえられたオークの1匹が『くっ! 殺せ!』って強がりを言ったら、『あ、殺しちゃって良いんだ』と大喜びで、全てのオークの首を刎ねてたよ」
「あの時、捕虜のオークたちは『え!? ちょっと待って! 今のは言葉の綾で……』『話せば分かる!』『暴力反対!』『家には、年老いた親と腹を空かせた子供が……』とか叫んでたぞ」
「リアノンは、オークの命乞いに耳も貸さなかったな。『問答無用!』『〝良いオーク〟は〝死んだオーク〟だけだ』『今日はオークの〝血祭り〟日和だ。祭りだ! ワッショイ』『オークの歩兵、頭もポーン!』とか言ってたっけ」
「どっちがモンスターだか、分かりゃしない」
「あの女、訓練と実戦の見分けもつかないしな」
「俺、リアノンが同僚になってから女性という存在に対して夢を見なくなりました」
口々にリアノンへの不満をぶちまける、バイドグルド家の騎士たち。
そんな彼らに、僕は恐る恐る語りかける。
「で、でも、リアノンさんにも良いところはありますよね?」
「リアノンの良いところ? 敵が居れば、見境なく噛みつく点くらいかな?」「アイツは、味方にも噛みつくけどね」「狂犬どころか狂獣、イヤ、〝狂モンスター〟だな」「リアノンと比べたら、メスオークやメスゴブリンでさえ、麗しきレディに見えるよ」「まさしく最狂にして最凶、そして最恐ですね」「ついでに最脅でもある」「驚異的脅威」「すなわち、歩く災害」
「み、皆さん。少しばかり言い過ぎなのでは……。リアノンさんは、女性なんですよ」
「ハッハッハ。サブローは、まだ若いね。一口に〝女性〟と言っても、世の中にはいろいろなタイプの女性が居るのだよ」「そもそも、リアノンを通常の〝女性〟の範疇に入れて良いのか?」「確かにリアノンを女性と認めることは、全ウェステニラの女性に対する冒涜かもしれんな」「あれは女性と言うより、〝女性と似た何か〟ですよ」「人間以上、女性未満」「モンスター以上、人間未満」「鋼の肉体」「鋼の精神」「鋼の脳みそ」
騎士たちは余程リアノンへの鬱憤が溜まっているのか、ここぞとばかりに言いたい放題である。しかし……。
「み、皆さん。もう、そのくらいで……」
「どうしたんだね、サブロー。何を震えているのかな?」
「皆さんの後ろに……」
僕の指摘に顔を青くした騎士たちが、ギギギとゼンマイを回すような動き方で、後ろを振り返る。
そこには、隻眼の般若が立っていた
「面白そうな話をしているな。私も話題に参加させてくれ」
般若が、凄惨な笑みを浮かべる。
「待て、リアノン。誤解だ」「今のは言葉の綾で……」「話せば分かる!」「暴力反対!」「家には、年老いた親と腹を空かせた子供が……」と、慌てふためく騎士たち。
「問答無用!」
「「「ギャー!!!」」」
街道上に響く、騎士たちの悲鳴。
血の雨が、降った。
僕? 僕は、一目散に惨劇現場から逃げ出しましたよ。
春雨ならともかく、血の雨には濡れたくない。
修羅場より、叫声と打撃音が響いてくる。
「皆で私の悪口を言って酷いよ、酷いよ」
ドカ! バキ!
「酷いのは、お前だ!」
「私の心は、深く傷ついたよ!」
バキ! グシャ!
「現に傷ついているのは、俺たちだ!」
「乙女心の危機だよ」
トベシャ! グァーン!
「我々は、命の危機だ!」
「償って、償って!」
プチ! ベシ! ドベシ!
「慰謝料を要求したいのは、コッチだ!」
「頭がポーン! 頭をポーン! 騎士でポーン! ポンポコポーン!」
ブン! ブン! ブン!
「剣を振り回すな! それは、さすがにシャレにならない!」
リアノンさんはショックを受けると、喋りかたが幼児返りするらしい。
♢
後で、騎士たちから聞いた話によると――リアノンによる制裁は、僕との戦いで負った傷より、はるかに大きなダメージを彼らに与えたそうだ。
その身にも、その心にも。
何故かオークの言語に精通している騎士たち……。
一応オークとゴブリンはメインの討伐対象モンスターなので、その言葉を騎士たちも勉強しているという設定です。
次回、ナルドットの街に(ようやく)着きます。




