女騎士とメイドの対決(イラストあり)
★ページ下に、登場キャラのイメージイラストがあります。
あと、今回は内容が少しお下品です……。
剣を構えつつ僕にジリジリと近づいてくる通り魔……じゃ無かった、女騎士。
僕は長棒の先端を強盗犯……じゃ無かった、女騎士に向けて牽制する。
お願いだから、引いてくれないかな。
ここに居るのが僕とミーアのみなら、騎士全員を叩きのめしてトンズラこいても構わない。2度とナルドットに近づかなければ良いだけの話だ。最悪、獣人の森に戻るという選択肢もある。
でもフィコマシー様やシエナさんの立場を考えると、話し合いに持ち込める余地は残しておきたい。
戦争と一緒だ。勝ち戦であっても、敵国政府を瓦解させてしまったら、後処理が極端に面倒になると聞いたことがある。
敵対組織が正常に機能していてこそ、和平交渉も可能なのだ。
バトルは小さな戦争だ。今回のケースでは、敵国の首都に当たるのが、あの隊長。女騎士は、首都防衛のために集められた敵側最後の部隊と言ったところか。
どうする? 敵戦力を殲滅して、相手国の首都を丸裸にするか?
……いや、止めておこう。中年男性騎士の全裸なんて見たくない。それに、あんまり追い詰めて逆上されても困る。
――――この時の僕は、明らかに驕っていた。戦い慣れたベテランの騎士がまだ2人も残っているのを承知していながら、もう勝った気でいたのだから。
多くの騎士を長棒で手も無く打ち倒してしまったことで、調子に乗っていたとしか言いようが無い。女騎士の実力は、まだ未知数だったのに。
「イァァァァァ!」
突如絶叫したかと思うと、女騎士が驚くべき早さで僕に駆け寄ってきた。剣を高く、上段に掲げている。
叫び声にしろ、剣の構えにしろ、まるで薩摩の示現流だ。
もの凄いプレッシャー感じる。
気付いた時には、彼女はもう僕の目の前まで迫っていた。そのまま、袈裟懸けに剣で切り込んでくる。
「ウワッ」
僕は咄嗟に長棒で、剣撃を受け流そうとした。しかし冷静さを欠いた条件反射的な行動だったため、剣の勢いを完全には殺しきれなかった。
ガツンッと。
長棒が両断される。切り飛ばされた部分が宙を舞い、僕の手元に残った棒は半分の長さになっていた。
この長棒は木製だけど、密度の高い特殊な樹木を元に作っているので非常に硬い。そんな超硬度の木製長棒を、女騎士は一撃で真っ二つにしてしまった。
今まで相手にしてきた騎士たちとは、強さのレベルが全く異なる。桁違いの難敵だ。
彼女の初太刀を真っ向から浴びたにもかかわらず、僕が無傷だったのは、たまたま運が良かったからに過ぎない。
下手したら、致命傷を負っていた。
「サブローさん!」
『サブロー!』
シエナさんとミーアの叫びが、耳に届く。
……くそ! 僕は馬鹿か! 何を油断してるんだ! 戦後処理なんて下らないことを、グダグダ言ってる場合か。そんなヒマがあるなら、まず女騎士を叩っ切れ! 後々のことは、勝ってから考えろ。『戦いは、犬と言われようが畜生と言われようが、勝つことが全てでソーロー(by朝倉宗滴)』だ!
僕が負ければ、バイドグルド家のフィコマシー様やシエナさんはともかく、ミーアの身が危険に晒されてしまうじゃないか!
「ヨオッスァァァ!」
女騎士が再び奇妙な雄叫び(女性だから雌叫びか?)を上げて、間髪入れずに2撃目を打ち込んでくる。
ここは後方に下がるべきじゃ無い。むしろ、踏み込むべきだ。
僕は短くなってしまった棒を投げ捨てると、腰の山刀ククリを抜いて彼女の斬撃を弾き返す。
バキッ!!
剣と刀がぶつかり合い、火花が散った。
女騎士の打ち込みは、とても強力だった。腕に衝撃が伝わり、微かな痺れを掌に覚える。
歯を食いしばって、女騎士を睨み返す。
彼女の武力は、ダガルさんに勝るとも劣らない。手を抜いて勝てる相手じゃ無い上に、戦いに時間を掛けていたら、今しがた長棒で倒した騎士たちが復活して彼女に力添えしてくる危険性もある。
速攻、彼女をククリで切り倒すのが、ベストだ。
おそらく大怪我を負わせてしまうだろうし、結果として死なせる可能性もある。
でも、今は絶対に臆しちゃイケない時だ。
覚悟を決める。
「おお! 良いぞ、少年。貴様のその眼差し。さっきまでの腑抜けた眼と大違いだ! 私の攻撃を防いだ腕前も、なかなかのモノだ。倒し甲斐があるよ」
女騎士が舌なめずりをし、隻眼を爛々と輝かせる。あたかも獲物を見付けた猛獣の如き、凶暴さ。
「久方ぶりの殺し合いだ。大いに楽しもうじゃないか!」
この女騎士。命のやり取りを楽しめるなんて、戦闘狂よりワンランク上の危険人物だ。
「申し訳ありませんが、僕は安全第一主義者でしてね。『取扱い注意』の騎士様には、早々に退場してもらいます」
「言うねぇ。しかし『安全第一主義者』とは、いったい何の冗談だ? 私の見立てでは、貴様は私と同類だと思うがね」
女騎士が、トンデモ発言をする。
巫山戯たことを、ぬかすな! この刃物を持った通り魔め! 『ラブ&ピース』をモットーとしている慈愛あふれる僕に対しての誹謗中傷は、許さないぞ。名誉毀損罪で、訴えてやる!
僕と女騎士が再び刃を交えようとしたその時、通り魔オンナの背後より落ち着いた男性の声が響いてきた。
「剣を引け。リアノン」
「何故ですか!? キーガン様」
隊長らしき騎士の指示に、女騎士が反発する。
「どうやら、相互の認識の間で行き違いがあったらしい。まずは、詳細な事情を知りたい」
「私がこの不届き者を叩きのめしたあとに、他の人間からジックリ話を聞けば良いじゃないですか!」
「お前は戦いにおいて、手加減を知らん。その少年を殺してしまったら、話が拗れて上手くいかなくなってしまう」
「殺さない程度に痛めつけるようにします!」
「お前は先月のオーク討伐戦でも似たようなセリフを吐いていたが、結局皆殺しにしてしまったでは無いか」
「あれは、だって捕らえたオークが『くっ! 殺せ!』なんて言うから、望みは聞いてあげたほうが良いかなと思って……。私は、親切なんですよ」
2人の会話の内容がオドロオドロしいんですけど。
親切心で、モンスターのオークを皆殺し……〝親切な鏖殺〟ってか!?
やっぱりこのリアノンって女騎士、仲間内でも〝要注意人物〟として見られてたのね。
「大丈夫です、キーガン様! 殺したりなんかしません! ちょっと、ミンチにするだけです」
おい! ミンチにされたら、死んじゃうだろう! この女騎士、どれだけ肉料理が好きなんだ。
「ダメだ、リアノン。ミンチもスライスも許さない!」
「3枚おろしも、ダメですか」
「当然だ」
キーガン様とやらの叱責は頼もしいけど、2人の言葉のやり取りは、どう聞いても騎士同士じゃ無くて、料理人同士の会話だよね。
あと、3枚おろしは、魚料理の手法です。リアノンは肉料理と魚料理、どちらを作りたいのかハッキリしてください。
『サブロー!』
「サブローさん!」
女騎士とキーガン様が言い争っている間に、シエナさんとミーアが僕の側に駆け寄ってきた。
彼女たちには、この猛獣オンナの近くに寄ってきて欲しくは無かったんだが……これも、気を抜いて無様な真似を見せてしまった自分のせいだ。猛省しなくちゃいけない。
『ミーアは、さっき騎士に蹴飛ばされたばっかりニャン? 安静にしてニャくちゃ、ダメじゃニャいか』
『平気にゃ。もう大丈夫ニャン。それよりサブローのほうこそ、ケガはニャい?』
「サブローさん、ご無事ですか?」
「ご心配をお掛けしてスミマセン、シエナさん。僕は平気です。ミーアも、不安にさせちゃってゴメンね」
僕は、シエナさんとミーアに笑いかける。僕の傷一つ無い身体を確認し、2人はホッとしたようだ。
「ああ!? 何だ、このメイドと猫族。私と少年との〝お楽しみの時間〟を邪魔しようって言うのか?」
リアノンが、シエナさんとミーアを怒鳴りつける。
「お、〝お楽しみの時間〟って、貴方、サブローさんと、いったい何をするつもりなの!?」
恐れ気も無くリアノンに言い返す、シエナさん。
「互いが気になる、男と女が向かい合ってるんだ。ヤることなんて、決まってるだろう?」
「『互いが気になる、男と女が向かい合ってヤること』……イケません! ダメです! そんなのハレンチです! フケツです! オテントー様が高いうちからヤることじゃないです!」
シエナさんが、顔を赤らめながらリアノンに喰って掛かる。なんか、シエナさんが誤解しているような……。
「なにが、イケないんだ? 日の光が降り注ぐ中で、汗まみれになりつつヤりあうのが良いんだろうが。まぁ、暗闇の中でヤりあうのも、なかなかオツなものだけどね」
「く、暗闇の中……」
「ああ、真っ暗だと相手が見えないからね。手探りで、ヤりあうしか無い。互いの息づかいや体臭、ぶつかり合う感触がより重要になるんだ。姿が見えてるときより、もっと興奮するんだよ」
「汗まみれ……体臭……息づかい……興奮…………っ!!! 卑猥です! 淫靡です! 猥褻です! 不道徳です!」
女騎士の物言いに、シエナさんが目をグルグルさせている。ミーアは意味が良く分からず『ニャ?』と首を傾げていた。
あの、シエナさん。その女騎士が口にしている〝ヤる〟って言葉は、〝戦う〟もしくは〝殺す〟って意味ですよ? 理解してますか?
「サブローさん!」
女騎士と対峙していたシエナさんが急に僕のほうを向き、キッと睨めつけてきた。
「サブローさんは、どうなんです? この女の騎士様と、ヤり合いたいんですか?」
シエナさんが、涙目だ。
……『なみだめいど』とお呼びしたい。
アホな思いつきを脳の裏側へ押しやり、僕は背筋を伸ばしてメイドさんに返答した。
「イ、イイエ。ヤりたくありません!」
「そうですよね! サブローさんが、出会ったばかりの女性とヤり合いたいなんて、考えるはずありませんよね!」
シエナさん、とっても嬉しそう。
「何だと、この卑怯者! 逃げるのか! さっきまでは、ヤる気充分だったくせに! この火照った私の身体をどうしてくれる!」
女騎士が喚く。
誤解を招くような言い方は止めてくれ!
「騎士様。サブローさんは、貴方なんか相手にしません。どうか、お帰りください」
シエナさんが、フフンと自慢げに鼻を鳴らす。何故か、勝ち誇っている。
話について行けてないにもかかわらず、ミーアも「そーニャ、そーニャ。騎士さんはお家に帰るニャン」とシエナさんに加勢している。
ちょっと2人とも、女騎士を煽るのは止めて! この人、一見人間の女性みたいだけど、本当は正体不明の危険生物なんだよ!
僕がシエナさんとミーアを諫めようとした矢先、女騎士が露わな敵意を2人に向けてきた。
「おのれ、このメイドと猫族め! 私と少年の接近を阻もうと言うのか! せっかく盛り上がってきて、良いところだったのに!」
女騎士! だから、言い回しを改めてくれ!
「お生憎様でした。盛り上がっていたのは、騎士様お1人です。サブローさんは、鼻も引っ掛けていません。ホントに、勘違い女って困りますね」
「勘違いなんて、そんなはずは無い! 少年も、ヤる気満々だった!」
「それは、単なる騎士様の思い込みです。チョットばかり男性が付き合ってくれたからって、〝恋人〟とか、〝お似合いの2人〟とか、〝未来の嫁〟とか、〝結婚式場は予約済み〟とか、妄想に耽る女は傍目から見ていて、ひたすら痛いだけですよ」
「そーにゃ、そーにゃ」
「違う! 妄想では断じて無い! 少年の瞳は、確かに熱く燃えていた! 私の姿にくぎ付けだった!」
「そんなの、見間違いです。白昼夢です。幻です。真実に目覚めて、ペシャンコになってください」
「騎士さんは、頭の病なのニャ。お気の毒なのニャ」
3人の女性の舌戦に、男の僕はなかなか割り込めない。でも何だかんだ、女騎士のほうが押され気味に見えるんだが。
「違うもん、違うもん。誤解じゃないもん。勘違いじゃないもん」
シエナさんの猛攻撃を受けて、女騎士の左眼が潤んでいる。言葉遣いも幼児返りしちゃってるよ。
猛獣が、急に可愛いペットになっちゃったみたいだ。
身体を鍛え上げている逞しい女騎士が、自分よりはるかに背の低い少女2人にコテンパンにされている光景は、妙な可笑しみを誘うね。
リアノンさん、少し可哀そうだな。助け船を出してやろうか?
「な、なぁ少年。お前も、私とヤりたいと思ってたよな?」
「いえ、全く」
リアノンさんが僕に救いを求めてきたので、全力で撥ねつけた。
ねぇ、女騎士さん。その表現方法は直せないの? それとも、ワザとなの? 今のセリフに僕が同意できると、本気で信じてるの? 万一僕が「ヤりたいと思ってました」って答えたら、僕がシエナさんとミーアにどんな目に遭わされるか分かってんの?
「そ、そんな……」
リアノンの表情が絶望の色に染まり、彼女はついに崩れ落ちる。両膝と両手を大地につき、涙声でブツブツ語る。
「ようやく、存分にヤりあえる相手に巡り会えたと思ったのに。オーク相手じゃ、ちっとも満足できなくて、溜まりに溜まった欲求不満を今回こそ解消できると張り切ったんだけどな。私の1人相撲だったなんて……」
女騎士のあまりの落ち込みように、シエナさんとミーアは戸惑ってしまったらしい。顔を見合わせ、2人してリアノンに近づいていく。
「騎士様、ごめんなさい。言い過ぎました」
「反省してるニャ」
シエナさんとミーアの優しい言葉に、リアノンは「グスッ」と鼻をすすりながら顔を上げる。
「そうか。こんなヤりたいだけの女である私を、受け入れてくれるのか?」
「ええ。正直オークを相手にしてたなんてドン引きですけど、そこまで騎士様が追いこまれていたとは思いもよらず……」
「オークを相手、した、信じられないニャ。どれくらい、相手したニョ?」
ミーアが、つっかえつっかえの人間語で問いかける。
「ああ。一度に、5匹のオークを相手にヤり合ったよ!」
「5匹のオークにゃ!!」
「そ、壮絶ですね。とても信じられません」
「いやいや。オークなんて、意外とたいしたこと無かったぞ」
いきなりドヤ顔になる、女騎士。
「アイツ等、だらしないんだ。私がちょっと頑張ったら、あっと言う間に息も絶え絶えになって『もう、止めてくれ~』『勘弁してくれ~』『体が、モたない~』『ゴクラクに行っちゃう~』とかなんとか弱音を吐いて、情けないったらありゃしなかったな」
「オーク相手に、そこまで言わせるなんて……」
ゴクリと息を呑むシエナさん。
『異常事態にゃ。恐怖体験にゃ。でも、趣味は、人それぞれニャン』
平静なフリをしつつ、尻尾の毛をブワッと逆立てているミーア。
「オークごとき、恐れる必要は無いぞ。あんなのチョロいチョロい。私の手に掛かって、5匹ともすぐに昇天しちゃったよ」
元気を取り戻した女騎士リアノンが、得意げに言い放つ。
「オークを、手で、すぐに昇天させちゃったんだ……」
『感心すべきニャのか、怖がるべきニャのか、ビックリすべきニャのか、全力で逃げ出すべきニャのか、誰かに教えて欲しいのニャ』
いつの間にか、シエナさんの右手とミーアの左手がシッカリとつながれている。まるで、ホラー映画鑑賞中のカップルみたい。
それだけ、リアノンの告白が衝撃的だったのだろう。
隻眼の女騎士は一旦鞘へと収めた剣の柄を握り、再び抜きたそうにウズウズしている。戦うためでは無く、剣技を披露したいようだ。
「まったく以て、私の剣技は絶妙至極。オークどもも、さぞや堪能してくれたに違いない!」
「テクニックが……絶妙な……シゴク……扱く……何を、絶妙に扱いたのでしょうか?」
「たんにょー……」
「〝頭の刎ね飛ばし!〟も、完璧にやったぞ。正義の実現に、妥協は許されないからな!」
「〝完璧な頭ポーン!〟って、どんな状況なの……? 騎士様の頭の中身が〝阿呆~ん〟なのでは?」
「ニャ? せいぎニョじつげん……せいぎニョじつえん……〝性技ニョ実演に、妥協は許されニャい〟……???……人間語は難しいニャン」
「見たいか? オーク(の命)を果てさせた、私の華麗な剣技」
「見たくありません」
「見たくないニャ」
「見ろよ」
「イヤです」
「イヤにゃ」
「見て」
「ヤ」
「ニャ」
……どうしよう? この3人の女性の会話、どこからツッコんで良いのか分からない。
呆然としている僕の肩を誰かがポンポンと叩く。
振り向くと、騎士の隊長(キーガンさんと言ったか?)が僕のことを生温かい目で見つめていた。
僕と隊長は頷き合い、互いの意思を確認し合う。
女性の会話に男性が口を挟むとロクなことにならない。聞かなかったことにしよう。
リアノンのイメージイラストは、貴様二太郎様よりいただきました。ありがとうございます!
朝倉宗滴は戦国時代の越前の武将です。作中のセリフは『朝倉宗滴話記』に出てきます。
ちなみに朝倉宗滴は79歳で病没するまで現役の武将であり続けた、スーパーお爺ちゃんです。「100歳になっても歩けるうちは引退しねえぞ~」とか言ってました(実話)。




