憧れの〝女騎士〟
サブローが〝女騎士〟への熱い思いを語る回です。まぁ、つまるところグダグダ回です……。
長棒を使って騎士たちを倒していくうちに、僕の頭は冷静さを取り戻していった。
『戦う時は、脳みそを常に冷えた状態にしておくように』と言うのが、特訓地獄におけるブラックの教えだからね。
もちろん、僕が比較的クールに振る舞えているのは、絶対に許せない相手であったボートレとブランの始末を早々に付けてしまっているからでもある。
あの2人の罪は、ミーアやシエナさんに酷い言動をぶつけたことだけじゃ無い。馬車が賊の襲撃を受けた際に、フィコマシー様たちを見捨てて逃げた前科もある。
その品性も行いも、騎士失格だ。
かなりの重傷を負わせてしまったが、特に悪いとも思わないね。
僕も、そろそろ〝ウェステニラ流〟の風儀に染まってきたらしい。
ブランとボートレ以外の騎士たちには、格別の恨みは無い。なので、多少は手加減した。
長棒による打撃を受けて皆地面に転がっているけど、ダメージは打ち身や捻挫くらいで済んでいるはず。この世界には回復薬もあるし、後遺症は残らないだろう。
……いや、『皆』と思い込むのは、早計だったね。まだ、騎士は2人ほど残っている。
隊長らしき中年の騎士と、彼を守るように僕と向かい合っている女騎士が、健在だ。
女騎士……オンナキシ……おんなきし……甘くまろやかな、魅惑の響き。
おそらく現代日本の青少年に『貴方がヨーロッパ中世風の異世界に行ったと仮定して、会いたい職業の№1は何ですか?』と尋ねたら、『女騎士!』と答えるケースがかなりの数に上るに違いない。
『騎士』では無いよ。『女騎士』だよ。ここ、大事なところ。
なんで男騎士は駅前で配られるティッシュ扱いなのに、女騎士には希少な高級和紙なみの価値を付けてしまうのかな?
《異世界研究家(自称)》の肩書きを持つ、僕は推察する。
たぶん……異世界を夢見る日本の若人にとって、『騎士』はリアル的存在であり、対して『女騎士』は非リアル的存在なんだろう。地球の歴史上でも、女騎士は超レアだからね。
想像の翼を広げられる余地が非常に大きいため、自己の願望を多大に投影しちゃうのだ。
結果として、期待値は爆上がりする。
異世界の女騎士には、日本の健全な青少年の夢が詰まっているのですよ。
挙げ句、ついつい様々なシチュエーションを彼女たちに強制体験させてしまうんだよね。当然、フィクション限定の話ではありますが。
例えばエプロンドレスと合体させたヘンテコリンな鎧を着せたり、ビキニアーマーを着せたり、お姫様と無意味にイチャつかせたり、何でか知らんけど腹ペコで行き倒れさせたり、女性の衣装のみを溶かす特殊なスライムとヌルヌルさせたり、オークの捕虜にして「くっ! 殺せ!」と叫ばせたり………………日本の青少年の〝夢〟って、つくづくロクでも無~な。
イヤイヤイヤ、これは日本の青少年に限った話では無いよね。
問題を矮小化しては、イケないイケない。
『女騎士』への憧れは、世界規模の現象だ。
ワールドクラスなのだ。
世界中の男と言う男が、『女騎士』なる見果てぬ夢に、惹かれて焦がれて止まないのだ。
その証拠に、ジャンヌ・ダルクの歴代肖像画を見てみろ! ことごとく〝色白の美少女〟として描かれているじゃないか!
まぁ、厳密にはジャンヌは騎士では無くて、むしろ成り上がり貴族なんだけど……あと、魔女にして聖女か。
ジャンヌ・ダルクの肩書きが、多彩すぎる。
ともかく数々の肖像画に描かれた『鎧に身を包んだジャンヌの姿』こそ、世界中の男が憧れる『女騎士』の具象化そのものなのだ。
ここで「ジャンヌの正確な風貌って、伝わって無いんだよな。でも、もともとは農夫の娘だろ? 『ガッチリした体格の日焼け娘だった』と推定するのが常識だと思うんだが……」なんて疑問を呈してみろ。命に関わる。
500年以上の歳月にわたってジャンヌを崇拝してきた、幾億を超える男たちが怒り狂うのは必定だ。「『女騎士』のイメージを汚すのか!」とばかりに弾劾され、異端審問に掛けられた末、火刑に処されてしまうに違いない。
『女騎士』は、美女ないしは美少女でなければならないのだ。
ジャンヌ・ダルクが『清純で可憐な色白の美少女』でなければならないように。
そして、ついに僕の目の前に、日本中の青少年が憧憬する『女騎士・異世界バージョン』が!
フハハハハ! 空しき現代日本の少年たちよ! そのほう等には、『実物の女騎士』を拝めるチャンスなど皆無であろう!
僕を妬め! 僻め! 羨ましがれ!
而して、刮目せよ!
我、本物の女騎士と邂逅せし僥倖に恵まれり!
来た! 見た! 勝った! ……と、ユリウス・カエサル(共和政ローマの将軍)の戦勝報告を引用。
で、感激に身を震わせつつ、女騎士をトップリ観察する。
彼女は、僕に向かって剣を構えている。
防具は簡素なチェインメイルを着ているだけだ。そもそも、この場に現れた騎士全てが本格的な戦闘を想定していなかったらしく重装備では無かったのだから、彼女が身軽な服装にしているのも当然と言えば当然だろう。
つまりは、常識範囲内の姿だ。
……ツマラナイ。
われ知らず、文句を付けたくなる。
せっかくの女騎士なんだよ! 少しは、奇抜な格好をして欲しい。
ビキニアーマーなんて贅沢は言いませんから、やたら目立って敵の集中攻撃を受けそうな純白の鎧とか、胸の部分だけむやみに膨らんでいる不自然きわまりないデザインの鎧とか、下半身がスカート変形している訳の分からん鎧とか…………多少は青少年の夢に迎合してくれませんかね?
あと、彼女は背が高い。なんと、男の僕より身長がある。
僕の身長が約170センチなので、彼女は180センチくらいはあるんじゃなかろ~か。
身体つきも、シッカリしている。
別に太ってはいないが、ゴツゴツしてると言うか、カタカタしてると言うか、服を脱いでも『私、固いんです! 身持ちが堅いだけじゃ無く、物理的に硬いんです!』ってな感じだ。
そりゃ、騎士なんだから毎日身体を鍛えているだろーし、筋肉がついて、逞しくなっちゃうのは仕方ないよね。仕方ないんだけど…………『一見華奢な少女騎士が、剣を振るえば天下無双!』といったドリームシチュエーションは到底望めそうに無い。
ついでに、彼女は色白でもなんでもありませんでした。
屋外生活に慣れている騎士らしく、程よく日焼けしていました。
う~む。健康そうな小麦色の肌は、僕としてはけっこう好きなんですけどね。
年の頃は、おそらく20歳前後。
顔立ちは……どちらかと言えば、凜々しいタイプかな?
スッキリした鼻筋、引き締まった口もと、そして……そして……そして……凶悪犯と見紛うばかりの物騒な目つき…………認めたくない。認めたくはないが、彼女の目つきはヤバすぎる。必要以上に、眼光が鋭すぎる。通り魔みたいだ。『視線で人を殺せる』ってヤツですね。
騎士なんでしょ? もう少し、品性を具えた眼差しになりませんか?
でも目つきより、はるかに注目すべき点があった。僕を睨んでくる目が、1つしか無い。
驚くべきことに、彼女は隻眼なのだ。黒い眼帯を右目に当てていて、残った焦げ茶色の左の瞳が僕を鋭く射貫いてくる。
更に、乱雑に束ねられている赤茶けた髪。全然、お手入れして無さそーだ。
女っ気のカケラも、ありゃしない。イエロー様と、良い勝負だね。
いや。ああ見えて、イエロー様は身だしなみに気を配っていた。鬼族基準で言えば、イエロー様は充分に女らしかったのだ。
思い出せ! 真美探知機能を通して眺めたイエロー様のお姿を。天女と錯覚してもオカしくないほどの美人さんへと、メタモルフォーゼしていたはず。
危うく、求婚してしまうところだったよね……くわばら、くわばら。
え……つまり、目の前の女騎士さんは、女性っぽさにおいてはイエロー様以下ってこと?
比較によって露わになる、衝撃の真実。
むむむ。改めて考えてみると、ミーアもシエナさんもフィコマシー様も、本当に可愛い『女の子』だよな~。わざわざ真美探知機能を活用しなくても、彼女らの容姿はそのままで充分に魅力的だ。中身に関しては、言うに及ばず。
やれ『リアル猫』だ、やれ『モブメイド』だ、やれ『ふっくら令嬢』だと、くだらない不満をタラタラ述べていた過去の自分をぶん殴りたい。
あ、誤解しないでください。別に、女騎士さんに『もっと、女性としての自覚を持ってくれ!』と抗議したい訳じゃ無いんですよ。
分かっては、いるんです。
『女騎士』だって騎士である以上は、立派な戦闘要員。
服装において重要なのは、あくまで戦いやすさと防御力。ビキニアーマーなんて着ている場合じゃ無い。体格だって大きいほうが、何かと有利だ。危険な生活を送っていれば、生傷も絶えないだろう。顔つきが険しくなるのも、納得できる。
けれど……けれど、僕は悲しい。
だって彼女は、ウェステニラで僕が初めて出会った女騎士。願わくば、日本の青少年たちに自慢できるようなタイプであって欲しかった。
身の程知らずに、完璧な美少女騎士を望んだ訳じゃ無い。
『女騎士』にも、いろいろなタイプが居るはずなんだ。
色っぽいお姉さん騎士とか。
年齢高めでも母性溢れる騎士とか。
ドジッ娘騎士とか。
貧乏で鎧も買えない、頑張り屋さんの見習い少女騎士とか。
ヒラヒラなマントを羽織った、姫騎士とか……〝姫〟で〝騎士〟なんて、意味不明だけど。マント着用も、意味不明だけど。
しかし現在僕と対峙している女騎士は、そのどれにも当てはまらないタイプだ。
どんなタイプかって?
え~と……彼女について所見を述べさせていただくと、目つきは悪いし、隻眼だし、背は僕より高いし、殺気ムンムンだし、服装はビキニアーマーじゃ無いし、なんかギリギリ歯ぎしりしてるし、ぶっちゃけ『お近づきになりたくないタイプの女性№1』にしか見えない。
ハッキリ言って、2本足で立っている猛獣だ。彼女に「今日の朝ご飯は何を食べましたか?」と質問したら、「ブタの生首だ」って答えるよ、きっと。
僕が長棒を構えつつ今後どうしようか思案していると、彼女が声を掛けてきた。
「……いつまで暢気に構えている。掛かってこい」
ドスの利いた低音ボイスだ。
これが女性の発する声なのか? 僕の背筋は、寒くなる。『女騎士』と言うより、まるで『女ヤクザ』だ。
警官さん、早く来て彼女に職務質問してください。そのまま逮捕してくれても、構いません。
気分が優れない。
ああ。フィコマシー様の愛らしいお声を聞いて、精神をリフレッシュさせたいなぁ。
「おい、聞いているのか? 平面顔」
この女ヤクザ、今、聞き捨てならないセリフをほざいたな。
僕の麗しきハンサムフェイスをフラットフェイスと呼んだよね? 愚かにも、程がある。如何に隻眼とは言え、僕の顔の中央にチャンと鼻が隆起しているのが見えないのか! 起伏がある以上、断じて平面などでは無い! ……はず。
「ふん。今更、臆病風に吹かれても遅いぞ。貴様は私が退治する」
「僕にヤられたお仲間の敵討ちですか?」
敢えて、女ヤクザ、もとい女騎士を挑発してみる。ライオンの髭を引っ張っている心持ちだ。
「ハ!」
女騎士が鼻で笑う。
「あんな『ハ・ガクーレ』信者どもがどーなろうと、私の知ったことか。だが、貴様の棒さばきや体術はなかなか面白い。貴様はどうやら、私が戦うのに相応しい相手のようだ」
女騎士の隻眼がギラギラし始める。好敵手(?)と出会えて嬉しいみたい。
なんか、彼女、戦闘狂っぽいね。持っている剣も使い込まれた立派なモノだし、明らかに戦い慣れている人だよ。
この人は女騎士ではあるけど、オークに捕まって「くっ! 殺せ!」なんて状況に陥る可能性はどう考えてもゼロだと思う。
むしろ、オークを捕まえて「へっ! 殺してやる!」と叫びそうだ。
「ソチラから掛かってこないのなら、コチラよりイクぞ。ぶった切ってやる。切り刻んでやる。コマ切れにしてやる」と僕に宣告する女騎士。
怖い怖い怖い! この女騎士、怖すぎる! 彼女が女優だとしたら、歴史映画じゃ無くて、ホラー映画への出演依頼が来るよ。
憧れの『女騎士』の正体が、こんなだったなんて! 夜道で突如遭遇した不審者なみの危険レベルだよ! フェイクだ、ペテンだ、成りすまし詐欺だ!
女騎士がニヤリと笑う。ホラー映画で主役カップルを襲う、殺人鬼の笑みだ。
「貴様をミンチにしてやる」との戦慄のお言葉が、彼女の口から放たれる。
ミンチですか。
ミンチは、遠慮したい。
僕はハンバーグより、ステーキが好きなんです。
ミンチ(ハンバーグ)にされるのも、スライス(ステーキ)にされるのも、まっぴら御免ですけど。
サブローの、ビキニアーマーへの謎のこだわり……。そんなに、見たかったのか。




