裏切られた騎士たち
シエナ視点が、まだ続きます……。
♢
純粋な眼差しで互いの心を確認し合う2人の少年、サブローとバンヤル。
その美しい光景を純粋な眼差しで見られない3人の少女、シエナとミーアともう1人。
実に、対照的である。
困ったちゃん系少女代表のシエナは、頭の中をグルグルさせていた。
(ダメよ。それは間違っているわ、サブローさん、バンヤルさん。貴方たちが進もうとしている道の果ては、不毛の荒野よ。でも、今ならまだ『若さ故の過ち』として笑って引き返せる段階のはず。そうよ、私はサブローさんの〝未来の嫁〟! サブローさんに『正しい男女交際』を教え込む義務があるわ。場合によっては、バンヤルさんには物理的に退場してもらいましょう。ごめんなさい、バンヤルさん。これも、サブローさん(と私)の将来のためなんです)
だから、いつアンタが『サブローの未来の嫁』に内定したんだ。
あと『物理的に退場』って、いったいバンヤルに何をする気だ。怖すぎる。
困ったちゃん系少女から暴走系少女に進化しそうなメイド。
そんなシエナに目を付けられて、知らないうちに〝命の危機〟を迎えてしまっているバンヤル。
誰か、シエナとバンヤルにそれぞれ注意をしてやってくれ。
もちろん、〝注意〟の方向性は全く違う。片方には懇々と説教を施し、片方には用心を促さなければならない。
つい先日までは『みんなで一緒にいつまでも旅を続けたい』なんぞと殊勝なことを考えていたのに、今ではバンヤル排除に頭を悩ませているシエナは、実に勝手な少女である。
初恋とは言え、拗らせすぎだ。
シエナとミーアともう1人の少女に恨み辛みのこもった目で見られているのに気付かないバンヤルは、張り切った声をモナムに掛けている。
「お願いします! モナムさん」
バンヤルのモナムへの呼びかけを聞いた瞬間、シエナの恐慌は頂点に達した。
(なに言ってくれちゃってんの、バンヤルさん! 自分とサブローさんの爛れた関係に、モナムさんまで巻き込む気!? 男3人で〝くんずほぐれつトライアングル汗まみれ〟になろうなんて不届き千万なことを企ててるの? 若いからって欲望を滾らせすぎよ。不道徳の極みだわ。そんなの、アラレも無さ過ぎる! 行き先に広がる風景は、不毛の荒野どころの話では無いわ! 断崖よ! 絶壁よ! 転落人生よ! 魔界転生よ!!)
言い過ぎである。
(モナムさん! お願いします。ここは年長者として、貴方がバンヤルさんとサブローさんをビシッと窘めてください。例えば、次のようにバンヤルさんとサブローさんに言うのです! 『バンヤル、サブロー、君たちがこの道を選ぶのは、早すぎる。もっと人生経験を積みなさい。君たちは、まだ同性では無く、異性に目を向けるべき年頃なのだよ。特にサブロー、君は悟るべきだ。すぐ側に君に相応しい女性が居るのではないかね? 具体的には、メイドの職業に就いている子とか』)
モナムのセリフを捏造し、その中にさりげなく〝自分推し〟を滑り込ませているシエナ。
意外に図々しい。
シエナの隣のミーアも『モナムさん。バンヤルをぶっ飛ばすニャ』とか呟いている。
少しばかり気力を回復させた馬車も、何やらモナムに期待しているようだ。彼へ向けて、熱気を放射している。
だが、少女たちの勝手な目算は裏切られる。
「了解、了解」と、モナムが頼もしく頷いたのだ。
(アアアアアア!)
シエナの脳内には、『アニキ!』っと叫びつつモナムに駆け寄るサブローとバンヤルの画像が映し出された。
(絶望だわ、破滅だわ、万事休すだわ、地獄絵図だわ、無明の闇だわ)
やっぱり、言い過ぎである。
ミーアは『パパ、ママ、カニ鍋は美味しいニャン。みんなで食べるニャン』と独白しながら天空を見つめている。
現実逃避してしまったらしい。
馬車は、無生物に逆戻りである。体力・気力・心力、全て尽き果てている。
中の空気が抜けた風船状態の少女たちを尻目に、事態は進展する。
「モナムさん、お願いします」
バンヤルがモナムへ、マルブーに積んでいた長棒を渡す。
サブローは猫族より約4ナンマラ(2メートル)の長棒を武器として貰ってきていたのだが、馬車の中には持ち込めないためバンヤルに預けていたのだ。
長棒を受け取ったモナムは「ウォォォォ!」と気合いの入った大声を出しつつ、長棒をサブローへ向けて投擲した。
凄い勢いで飛んできた長棒を、サブローは危なげなくキャッチする。
「ありがとうございます!」
モナムとバンヤルに礼を述べると、サブローは長棒を構えて騎士たちと対峙した。
〝殺傷力が高すぎる山刀ククリでの戦いはマズい〟と判断したサブローは、殺さずに敵を制圧できる長棒へと使用武器をチェンジすることにしたのだ。
そんなサブローの思惑を即座に読み取り、応えてみせたバンヤルとモナム。
少女たちより、よっぽどサブローと心が通じ合っているのは間違いない。
ちなみに『お前にとって1番大切な守りたい人は誰だ?』というブランの質問に関しては、サブローはスルーを決め込んでいる。
公開羞恥プレイに付き合う義理は無い。
「さぁ、仕切り直しです。前もって言っておきますが、僕が許せないのはミーアに乱暴したその男と」とサブローは未だに地面に転がったままのボートレに目を走らせる。
「シエナさんとフィコマシー様に失礼な態度を取った、ブランと名乗る輩だけです」
サブローは、キツい目で正面のブランを睨む。
「それ以外の騎士様たちには、特に恨みはありません。手を出して来られなければ、コチラからは攻撃しませんので」
不敵な笑みを浮かべるサブロー。
少年の勇姿に、少女たちは復活した。
「サブローさん! 『シエナさんに手を出す男は、絶対に許さない。彼女は僕の大事な人だ!』なんて、そんな大きな声で叫ばれると、私、困ってしまいます」と、ちっとも困った風では無いシエナ。
『さすが、サブローにゃ。アタシは最初からサブローのこと信じていたのニャ。ホンのちょっぴりも、疑ったりなんかしなかったのニャ』
ミーアは、しきりにコクコクと点頭している。
馬車も元気を取り戻した様子だ。リズミカルにバウンドする。ぼよよん、ぼよよん。
……そろそろ、この少女たちに天罰として雷が落ちても良い頃合いなのでは無かろうか?
「坊主ゥゥゥゥ! 調子に乗るなぁぁぁぁ!」
激昂したブランが、サブローへ剣で斬りかかってくる。
しかし、サブローはブランに剣を振るヒマなど与えなかった。棒でブランの足を払い、呆気なく転倒させてしまう。そして、剣を持った腕の手首を仮借なく踏みつけた。
グギャっと、ブランの手首が折れる。
苦痛に呻くブランの首を棒で圧迫し、気絶させるサブロー。棒の先端で喉を潰さなかったのは、せめてもの情けなのだろう。
早すぎる戦闘の結末に、他の騎士たちはブランの助けに入る機会を見付けることさえ出来なかった。
ブランを片付けたサブローは、改めて騎士たちと向かい合う。
「ミーアとシエナさん、フィコマシー様の仇が討てて、僕の気は済みました。ここで、手打ちにしませんか?」
サブローは落ち着いているが、もちろん騎士たちは納得しない。
「少年! お主の気は済んでも、私たちの気は済まない」
「はらわたが煮えくり返るとは、まさにこのこと」
「君は、我々の逆鱗に触れた」
サブローへ、口々に言い返す騎士たち。
やはり、騎士にとって仲間の存在は掛け替えのないモノなのであろうか?
「よくも、我々の期待を裏切ってくれたな!」
「『ハ・ガクーレ』実践編を、この目で見られると思ったのに!」
「これほどガッカリしたのは、生まれて始めてだ」
「騎士の純情を弄びおって! 許さん、許さんぞ!」
「まだ、間に合う。もう1度、私たちに夢を見させてくれ!」
「イケるところまで、イクべきだ」
「『ハ・ガクーレ』の教えは、森羅万象に通じているはず……心を裸にしても、恥じることは無いぞ、少年よ。プリーズ、心裸ば~んSHOW!」
怒りの方向性が、どうもオカしい。サブローにヤられたブランとボートレの立場が無い。
「……? 良く分かりませんが、掛かってくるなら手加減はしませんよ」
騎士たちが何に腹を立てているのかサッパリ理解できないサブローだが、油断はしない。長棒を持って、騎士たちと睨み合う。
サブローと騎士たちの間にある緊張感は徐々に高まっていき、ついに臨界点を超えた。
「ウオォォォ!」
騎士たちが一斉にサブローへ襲い掛かってくる。ブランとボートレを倒したサブローの手際を実見し、1対1では勝てないと認識して集団戦法に切り替えたのだ。
サブローに動揺は見られなかった。次々と攻撃を仕掛けてくる騎士たちに対して、縦横無尽に棒を振るう。急所を突き、足を払い、腕を打って武器を手放させる。
その美しい動作は、まるで舞っているかのようだ。
シエナは、恍惚とサブローの戦い振りに見入ってしまう。
ミーアは特に反応しない。巨大白蛇をサブローが倒した事実を知っているミーアにとって、サブローの強さは〝当たり前〟のことなのだ。
馬車の雰囲気は、やや悩ましげだ。サブローの勝利は喜ばしいものの、バイドグルド家の騎士たちの身も気に掛かるのだろう。
僅かな刻が過ぎる間に、サブローに打ち掛かっていった騎士たちは全て地面に倒れ伏していた。
残っている騎士は2人。
1人は、ブランとボートレを詰問していた人物。おそらく、騎士たちを率いている隊長。
そしてもう1人は、その隊長を守るようにサブローの前に立ちふさがっている人物。赤茶けた髪をポニーテールにした、長身の女騎士だった。
ミーアとシエナさん、フィコマシー様が〝ポンコツ3人娘〟みたいになってる……。
3人とも、「賢明度」は高い設定のはずなのに……。
次回から、サブロー視点に戻ります。




