サブローの1番大切な人
シエナ視点、続きます。
♢
ミーアの呼びかけに応えて、殺気を収めたサブロー。彼の目に、理知の光が戻っている。
しかし仮にサブローが戦闘態勢を解いたとしても、今更ブランが引くはずも無い。
「へ! その腰の刀は飾り物かよ。この臆病者が!」
実際、抜刀しないサブローに対して、ブランはむしろ好機とばかりに斬り掛かってきた。
「サブローさん、危ない!」
『サブロー、避けるニャ!』
サブローの危機に、悲鳴を上げるシエナとミーア。
だが冷静になったサブローには、ブランの剣筋が良く見えているようだ。
少年は少女2人に力強い笑みを向けて安心させると、平気な顔をしながら騎士の攻撃をヒョイヒョイと躱していく。
ブランの長剣は、サブローに擦りもしない。
サブローとブランの力量の差は、誰の目にも明らかだった。
「この坊主、ちょこまかと逃げ回りやがって」
ブランはようやく、サブローが自分の手には負えない強者であることを悟ったのだろう。同時に、少年が素手でボートレを倒してしまった事実も思い出したに違いない。
サブローといったん距離を取り、剣を構え直す。
ブランとて、幾度も修羅場を潜ってきた騎士だ。サブローの戦い方を観察しているうちに、つけ入るスキを見出したらしい。
――少年は自在に動いているように見せ掛けながらも、少女たちを護れる位置取りに拘っている。
「よう、坊主。お前、イヤにメイドや獣人を護ろうと必死だな。気になる女でも居るのか?」
ブランが唐突に変な話題を持ち出す。
「メイドのシエナか? けど、シエナは平凡なツラだよな。身体つきも貧相だし、おまけに性格も悪い。バイドグルド家には、もっと上玉で美人のメイドがわんさか揃ってるぜ。良かったら紹介しようか?」
サブローが黙ったままなのを良いことに、ブランはペラペラ喋り続ける。
「それとも、あの猫か? ボートレが蹴ったら、お前、すんげー怒ってたもんな。ま、確かにチョットばかり見目が良いのは認めるが、所詮は獣人だからな。ペット扱いの奴隷にでもする気か? しかしながら、ベスナーク王国は聖セルロドス皇国とは違って獣人奴隷は公認されて無いんだよ。陛下の手になる獣人差別撤廃令が、あるんでな。止めといたほうが、利口だぜ」
シエナとミーアを小馬鹿にしたように一瞥した後、ブランは馬車の方角へ目をやった。
「あ! もしかして、フィコマシーお嬢様を護ろうってんのか? 〝白鳥〟のオリネロッテ様ならともかく、〝白豚〟に命を懸けるほどの価値なんてあるのかね? まぁ、あんな醜い出来損ないでも、一応は貴族のご令嬢の端くれ。背伸びした坊主がいっちょ前に張り切る『騎士ごっこ』の護衛対象としては、打って付けかもしれんが」
「黙れ」
ブランの鬱陶しい長口舌を、サブローが底冷えした声で遮る。
「その汚い口を閉じろ。ミーアは可愛く、シエナさんは清楚。そしてフィコマシー様は気高い方だ。3人への侮辱は許さないぞ」
シエナはドキッとした。
自分たちを庇ってくれるサブローの優しさが嬉しくて、思わず涙を零してしまいそうになる。
(私は、たかがメイドなのに……。『シエナさんは清く、正しく、美しい。僕には勿体ないほど魅力的な女性です』なんて、サブローさん、いくら何でも私を褒めすぎだわ)
サブローは、そこまで褒めてはいないんだが。
シエナの脳内改変・拡大解釈が、また始まっている。
『可愛い? サブロー、今、アタシのことを人間語で「可愛い」って言ったのニャ? 聞き間違えじゃニャいよね?』
ミーアも、何やらモゴモゴ呟いている。
更には、遠くよりゴトンと何かが揺れる音。フィコマシーが乗っている馬車が、少しばかり動いたような?
「アッハッハ。坊主、本気か? お前、獣人やらメイドやら白豚やらのために、俺たち騎士と殺し合いをしようってんだな。とんだ、物好きだぜ」
ブランが、サブローを愚弄する。
サブローの賞賛に『ぽ~』となりつつもブランの横柄な態度に腹が立ってたまらないシエナは、はたと勘づく。
ブランの話題の持って行き方が、不自然なまでに粘っこい。どうして、彼はこんな下世話なお喋りを執拗に続けるのだろうか?
(ブランは屑だけど愚鈍では無い。この会話にも、彼なりの意図があるはず。それは何?)
シエナは懸命に考える。
(サブローさんへの挑発、あるいは時間稼ぎ!?)
シエナがサブローに注意を促そうとした時には、既にブランを中心に6~7名の騎士がサブローを半円形に取り囲んでしまっていた。
謀が図に当たったブランは、得意気な顔をしている。
「坊主、もう逃げられないぜ。折角なんで、あの世に送る前に遺言代わりに聞いといてやる。結局のところ、お前が1番守りたい、大切な人は誰だったんだ?」
「僕の……守りたい大切な人……?」
サブローは騎士たちに包囲されているのに、全然動じていない。それどころか、顎に手を当てて何事かを深く考慮している。
(え? サブローさん、何を悩んでいるの? も、もしかして『自分にとって1番大切な守りたい人は誰なのか?』ってこと!? ブランの馬鹿げた問いかけに、真面目に答える気なの?)
シエナは命のやり取りが行われている緊迫した場面であるにもかかわらず、アワアワしてしまった。
(ば……馬鹿ね、シエナ。サブローさんにとって1番大切なのは、ミーアちゃんに決まってるわ)
シエナは自分に言い聞かせる。
ゆっくりと頭を上げたサブローは、ミーアを見た。
(ほら、やっぱり)
シエナが胸の奥に鈍い痛みを感じつつそう思っていると、サブローはおもむろにミーアより視線をずらしていく。
16歳の少年と、17歳の少女の目が合う。
(え……サ、サブローさんが、私を見ている!? どうして? ひ、ひ、ひょっとして私がサブローさんにとって〝1番大切な守りたい人〟なの? や、やっぱり、未来の嫁だから?)
誰が、未来の嫁だ。
この期に及んで、メイドはポンコツだった。
シエナがアワワワワしているうちに、サブローは更に馬車のある方向へ目を向けた。
(な……! サブローさんの〝1番守りたい人〟は、お嬢様!? そう言えば、サブローさんは『ブタ好き』を公言している奇特な方だったわ。『ブタなら、一緒に寝ても構わない』とか述べてたし……)
暗にフィコマシーお嬢様を『ブタ』呼ばわりしている自分に気付かないシエナ。
このメイド、本当にお嬢様に絶対の忠誠を誓っているのか?
「さぁ、答えろ坊主。お前にとって〝1番大切で守りたい人〟の名を!」
ブランが声を轟かせながら問いただす。
サブローを包囲している騎士たちも、どういう訳か固唾を呑んで、少年の返答を待っている。
シエナのドキドキは強まる一方だ。
(サブローさんは、誰の名前を挙げるの? 本命のミーアちゃん? 対抗の私? それとも、大穴のフィコマシーお嬢様?)
こともあろうに、自身が仕えている侯爵令嬢を〝大穴〟と認識して憚らないメイド。
召使いとしての再教育が必要だろう。強制的に矯正すべし。
『ニャ……ニャ……』
シエナの隣で、ミーアが妙にクニュクニュしている。猫族の少女はここ数日間で、かなり人間語を覚えた。
もしかしたら、サブローとブランの会話の内容をある程度聞き取っているのかもしれない。
そしてシエナは感知していないが、少し離れた場所で放置気味にされていた馬車が何故かギシギシと傾き始めていた。傍目には、あたかも馬車が身を乗り出して興味津々に聞き耳を立てているようにも見える。
馬車は、無生物のはず。
怪奇現象だ。
「ミーア……シエナさん……フィコマシーお嬢様…………あ、そうだ!」
独り言を続けていたサブローが、得心したらしき声を漏らす。
少年は、心の奥底にある重大な真実を突き止めた模様。
サブローが、キッと顔を上げる。
その表情は、凜然たる決意に満ちていた。
周囲の人々の好奇心に満ちた視線を一身に集めつつ、ついにサブローは意中の人の名を宣言する。
「それは………………バンヤルくん!!!」
「は!?」
シエナは、絶句した。
『ニャ!?』
ミーアは、混乱した。
「おおおおおお!」
騎士たちは、どよめいた。
騎士たちは〝バンヤル〟という名に聞き覚えは無かったが、それが男性の名前であることは直ちに理解した。
サブローの勇気ある意思公表に、バイドグルド家の騎士たちは深い感銘を覚える。
「このような路上で、白昼堂々、男性への愛を声高らかに叫ぶとは!」「何と勇敢な少年だ」「その強さも含めて、見所がありすぎる」「相手にとって不足無し!」「茨の道は、騎士の道」「君の迷い無き選択に、最大限の敬意を」「夢にまで見た、理想の展開」「イケるところまで、イってくれ」「心の武装を解きたくなった」
口々に言いざわめく騎士たち。
異様な熱気に包まれる集団の外側で、ガタンガタンと抗議するかのように馬車がバウンドしていた。
フィコマシーお嬢様…………(泣)。
ちなみに、この場面におけるサブロー視点のシエナは『ミーアを庇いつつ、自分を心配げに見つめている健気な女性』です。




