小箱の封印
前半のサブローは、かなりアホの子です。後半は……。
とうとう、旅が終わる。
ナルドットにおいても引き続き、フィコマシー様たちとお付き合いできることになったけど、それでも別々の生活に入っていかなければならない。頻繁に顔を合わせることは、無くなるだろう。
…………ふむ。今が、貴重なチャンスかもしれないね。
真美探知機能を発動させてみよう。
フィコマシー様とシエナさんがどのように見えるのか、興味がある。
もう、僕は〝真美探知機能を通して眺めた2人は、美少女では無いのでは?〟なんて微塵も思わない。
僅か、数日。
けれど、2人の本質に触れるには、充分な時間だった。
フィコマシー様の、気高さと優しさ。
シエナさんの、誠実さと健気さ。
彼女たちの内面は、眩しい光彩に満ちている。
僕は自信を持って断言できる。
フィコマシー様とシエナさんは、『真の美少女である』――と。
いえ、別に彼女らの現状の外面に文句があるわけでは無いんですよ! フィコマシー様のふっくら具合はプリティーだし、シエナさんのモブっぷりはキュートだ。
お2方とも、大変魅力的であらせられます、ます、です、です。ハイ。
しかし、僕はモテ道においては、まだまだ未熟者。光源氏の如き、上級者ではない。息を吸うように、フィコマシー様とシエナさんの美少女パワーを実感できる領域には、未だ達していないのだ。
彼女らの〝真の美しさ〟を理解するには、意識的に真美探知機能を使用せねば……。
……………………。
サブロー、お前というヤツは! この痴れ者! ひょうろく玉! 初心者! 若葉マーク! クチバシの黄色い、ヒヨッコめ! そんなに、己の好奇心を満たしたいのか!? ゲスな覗き見行為を正当化しているだけだろう!? 全く以て、怪しからん! 教育的指導が必要だね! 正座しなさい。
……………………。
スミマセン。分かってください! 〝若さ〟とは、衝動であり、イケイケであり、『しない後悔より、する後悔』なのですよ!
僕は、16歳。「あ~、やっちまった。テヘ?」が、まだ許される年齢のはず。
言い訳、終わり。
……さ、真美探知の機能を働かせるぞ! 久しぶりに人間バージョンのミーアも見たいしね!
フィコマシー様とシエナさんは、どんな姿になるのかな? 美少女なのは、間違いないだろうけど。
どきどき。ワクワク。うずうず。ソワソワ。
良し。真美探知機能、ON!
……………………。
まず、ミーア。
おお! 安定の美少女中学生だ。猫耳と尻尾も、ちゃんとついているね!
黄金の瞳に、ショートボブの黒髪。小柄ながらも、全身が躍動感に満ちている。相変わらず、元気いっぱいだ。なんか、女子中学校運動部のエースみたい。
『にゃ? サブロー、どうかしたのかニャ?』
『うん。知ってはいたけど、やっぱりミーアは可愛いにゃ~と思って』
『にゃにゃにゃにゃにゃ!?』
……………………。
ついで、シエナさん。
さてさて、如何なる美少女メイドに……あれ? モブっぽいね。真美探知機能を稼働させてるのに。オカしいな?
シエナさんの容姿、あんまり変わってない……以前のままの、モブメイド。
肩に掛かるくらいの長さのグレーの髪に、ブラウンの瞳。平均的な目鼻立ちに、標準的なプロポーション……。
いや。よく確かめるんだ、間中三郎16歳。
シエナさんは、もはや単なるモブでは無いぞ。オーラを発しているではないか!
今の彼女から感じるモノ――それは、圧倒的なプレゼンス。可憐な自己主張。温かい光をまとった煌めき。
さしずめ、〝スペシャル・モブ〟とでも呼ぶべきか。
存在感がある、モブ。
矛盾、ここに極まれり。
そんなシエナさんを、真美探知の能力をフル回転させながら眺めてみると……彼女の見目形そのものに、劇的な変化はやっぱり起こっていない。
この点、猫族のミーアとは違う。
しかし常態と比較して、明らかに〝美しさの質〟が異なっている。
うん、大幅にバージョンアップしているよ。今にも咲きつつある花を、目撃している気分。
まさに、グッドルッキング・モブ・メイドだ!
そもそも、本来の彼女の姿だって、充分すぎるほどに素敵なのだ。モブだけど。
で、真美探知の機能によって、外見に内面の美しさがプラスされた……。結果、シエナさんは、華麗なるモブ・美少女へと変貌を遂げている。爆上げだ!
髪は、錫の糸。瞳は、琥珀の輝き。
平均的なスタイルは、抜群なまでのバランスの良さだ。
短所が、まるで見当たらない。
見事なまでに、調和がとれている。
そ、そうか! 〝平均〟とは、それ自体が絶妙なハーモニーだったんだ!
平凡こそ、至高! 平準こそ、究極!
そんな真理に今の今まで気付かなかったとは、なんてお馬鹿な僕。土下座不可避である。
ごめんなさい! ビューティフル・アベレージ・モブ・ガールのシエナさん!
「サブローさん、いかがされたんですか? 私のことを、じっと見て」
「スミマセン、シエナさん!」
「は? え?」
「僕の眼は、節穴でした」
「え? は?」
「シエナさんの完璧さを悟るのに、こんなに時間が掛かってしまうとは……」
「ののののの!?」
「貴女の欠点なき美しさを目の当たりにし、僕は今、猛烈に感動しています!」
「ななななな!?」
……………………。
最後に、フィコマシー様。
実は、真美探知機能の効果を最も試してみたいと思った相手は、フィコマシー様なのだ。
彼女が、〝真の美しさ〟を内面に秘めているのは確実だ。
真美探知によって現れるのは、どのようなフィコマシー様なのだろうか? ふっくら美少女? ウェステニラ版楊貴妃? それとも、フィコマシー様は繊細な神経をお持ちの方だし、案外スレンダーだったりして……。
いやいやいやいや、そうじゃ無い。
もちろん真美の姿に関心はあるが、僕はそれ以上に〝フィコマシー様の秘密の正体〟が気になるのだ。
昨夜の侵入者の発言……〝聖女〟。
ひょっとして、『聖女』とはフィコマシー様のことを指しているのでは? まさかとは思うが、アイツの語り口は、どうもそれっぽかった。
真美探知機能を活用することで、フィコマシー様が抱える真実の一端を垣間見られるのであるまいか?
期待してしまう。
何と言っても、真美探知は、少女の〝内面〟を窺い知るのに最適な機能だからね。手前勝手な探究心に突き動かされていることは否定しないが、フィコマシー様が心配でたまらないのも、また事実。
あの少年、『グチャグチャに壊れていても、聖女は聖女』といった意味深なセリフを述べていた……。
フィコマシー様が壊れているなんてあり得ないが、万一問題が存在しているのだとしたら、早めに発見し、手を打っておきたい。
単なる杞憂であってくれれば良いのだけれど……。
真美探知機能発動状態で、フィコマシー様へ、ソッと目を向ける。
…………? 何も……見えない。深い霧が、立ち込めている。
ど、どうなってるんだ? 訳が分からない。
焦りつつ、霧の中へ視線を走らせる。視界を覆い尽くす、白い闇。
靄が充満し、先を見通すことなど不可能だ。
いつしか、周囲より音が消えている。耳が痛くなるほどの、静けさ。
頭の中が混乱する。視覚も聴覚も、役に立たない。
平衡感覚を失っていく。
捻れた空間。狂った磁場。歪な光景。反転する世界。
いずれが天で、いずれが地か。どちらが前で、どちらが後ろか。
これが、フィコマシー様の〝美しさの本質〟? そんな馬鹿な! もっとシッカリ、目を凝らせ! 集中しろ!
…………霧の奥の奥。深淵に、何かがある。なんだ、あれは?
小箱?
奇妙な形をした箱が、ポツンと置いてある。遠い日に誰かが落として、そのまま忘れ去られてしまったかのような――。
おそらく、1度も開けられたことの無い箱。厳重に鍵が掛けられ、更に幾重にも縄でグルグル巻きにされている。
絶対に箱の中身を外に持ち出させない、何者の目にも触れさせない――そんな執念を感じる。
これは、いったい……待てよ? アイツは、何て言っていた?
そうだ、確か――『歪みはどんどん酷くなる』『封印はますます強固になる』と。
歪み。
封印。
フィコマシー様の内側。
歪んだ空間に封じられているモノは――。
「フィコマシー様……」
口を開きかけたその時、ガタンと身体が揺れる。馬車の動きが突然止まったのだ。
不思議に思ったらしいシエナさんが、車体の窓より顔を出して進行方向をチェックする。彼女がヒュッと息を呑む気配が伝わってきた。
「お嬢様は、馬車の中から出ないでください」
緊張した面持ちで、シエナさんはフィコマシー様に言い含める。
そして、素早い動作で馬車の扉を開けて外に出ていった。僕も、彼女の後に続く。
異変が起きたのなら、シエナさんをフォローしなければ。
馬車の前方に、道を塞ぐような陣形で10人ほどの騎士が立っていた。騎士たちの背後には、彼らが騎乗していたであろう数頭の馬も見える。
ナルドットの街より遣わされたフィコマシー様の出迎えか?
タントアムの町から何らかの報告が行ったのかもしれない。しかし、単なる迎えにしては人数が多すぎる気もする。
みんな軽装ではある。けれど揃って腰に剣を提げている以上、油断は禁物だ。
「フィコマシー様がお乗りなのは、あの馬車か?」
隊長らしき中年の騎士が、隣に居る若い騎士2人へ尋ねている。
あの2人の騎士、どこかで目にしたような?
僕が記憶を探っているさなか、シエナさんが怒りの声を上げた。
「ブラン! ボートレ! フィコマシーお嬢様を見捨てて逃げた貴方がたが、今更どの面下げて現れたの!」
あ! 思い出した。馬車襲撃現場より逃亡した2人の騎士だ。
「お嬢様を見捨てて逃げた? どういうことだ、ブラン、ボートレ」
隊長が、ブランとボートレを詰問する。
2人の騎士は、ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべた。
「いやぁ、とんだ言い掛かりですね。俺たちは、フィコマシーお嬢様から護衛の任を一方的に解かれてしまったんですよ。『ナルドットへ先に行ってなさい』との命令付きで」
「全く、お嬢様の我が侭にも困ったもんです」
な! コイツら、言うに事欠いて、なんて嘘八百を並べたてるんだ!?
いつの間にか馬車の周りに集まってきていたマコルさんたちも、口を挟もうとはしないけど腹を立てている様子。
まして、シエナさんにとって彼らの暴言は我慢の限界を超えるものだったようだ。
「自分たちの卑怯さをお嬢様に擦り付けるなど、決して許される事ではありません! 恥を知りなさい!」
「メイドの君、少し落ち着きたまえ。事情を話してくれないか?」
隊長は、比較的話が通じる人みたいだ。シエナさんの言葉にも耳を傾ける姿勢を見せる。
「ブランとボートレは、4人の賊に襲われたお嬢様を置き去りにして、臆病にも逃げ出したのです!」
「へぇ。もし仮に4人もの敵に攻撃されたのが事実なら、なんでお前やお嬢様は無事なんだ? オカしいじゃ無いか」
ブランが、シエナさんを嘲弄する。
「そ、それは、サブローさんや行商人の皆様方が護ってくださったからです」
「馬鹿を言うな。こんなヒョロッとした坊主や商人の輩に、何が出来るってんだ。嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐け。それより、シエナ。お前、たかがメイドのくせに騎士である俺を呼び捨てにするとは、イイ度胸だな」
ブランは右手を振り上げた。拳を固めている。シエナさんを殴るつもりだ!
僕は急いで割って入り、ブランの振りかざした右腕をガッシリ掴む。
「まぁまぁ、シエナさんも少しばかり言葉が過ぎたようです。お互い、冷静になりましょう」
「な、なんだ坊主。貴様! 手を離せ!」
ブランが怒鳴るので、僕は彼の腕を解放した。ブランが、よろける。
シエナさんを背後に庇いつつ、事態の収拾を試みる。
「どうやら、行き違いがあったようです。けれど路上で言い争いを続けても、仕方ないでしょう? 取りあえず、ナルドットの街へ向かいませんか?」
極力下手に出る。
これからナルドットの街で冒険者になる計画なのに、御領主であるナルドット侯の騎士と揉めるシチュエーションは御免こうむりたい。
それに、フィコマシー様やシエナさんと交流を続けていくと決めたのだ。この件が、彼女たちと付きあう上での支障になったら困る。
ま、どっちにしろ生き証人である襲撃者3人がロスクバ村に居るからね。
真実は、すぐに明らかになるはず。
僕が穏やかに語りかけているにもかかわらず、ブランは腰の剣に手をやった。
他の騎士たちも、何故か臨戦態勢だ。
まったく、誰も彼も喧嘩っ早くて閉口しちゃうね。
冷静沈着で平和主義、どんなピンチに陥ろうとも決して我を忘れたりなんかしない、穏健気質な僕を見習って欲しいものだ。
みんな、クールに行こうよ、クールに。短気は損気だよ!
『シエナに酷いことするなんて許さないニャ!』
馬車から出てきていたミーアが、騎士たちに喰って掛かる。
クールじゃ無い筆頭は、ミーアだった……。
ミーアには、馬車の中でフィコマシー様の護衛をしていてもらいたかった。でもミーアは好奇心旺盛な性格だから、ジッとしていられなかったんだろう。
シエナさんを案じて、『妹弟子を守らニャきゃ!』と思ったのかもしれない。
「あ!? この、汚らわしい獣人風情が!」
ボートレと呼ばれていた騎士が喚きちらすや、いきなりミーアを蹴飛ばした。あまりに突発的な乱暴にミーアは反応できず、蹴りをマトモに受けて吹っ飛ぶ。
ミーア!!
『にゃ!』
ミーアの悲鳴。
「ミーアちゃん!」
シエナさんが、ミーアに駆け寄る。
「テメェら!」
バンヤルくんの怒声。
マコルさん・キクサさんの顔が険しくなり、モナムさんも殺気立つ。
僕は……僕は……僕の感情は、凍り付いていた。
眼前で、ミーアに危害が加えられた。
ホワイトカガシの牙に貫かれたミーアの姿が、脳内にフラッシュバックする。
血まみれの彼女の姿が。
瀕死の彼女の姿が。
僕は、なんて愚かで――――
絶望。痛哭。自責。業苦。
ま・た・ミ・ー・ア・を・ま・も・れ・な・か・っ・た。
…………。
プチンと。
頭の中で何かが切れた。
ああ、分かったよ。騎士の皆様がた。
要するに。
貴方たち。
全員。
死にたいんですね?




