仲良し少女3人
翌日、馬車の中。
僕はフィコマシー様・シエナさん・ミーアへ、昨晩の事情を説明した。
今朝の寝起きの際の反応は、3人3様だった。
目覚めた直後に、僕と顔を合わせて。
『サブロー、おはよ~ニャン』と朗らかに挨拶してくれたミーア。
ちょっぴり驚き、恥ずかしそうに俯いてしまったフィコマシー様。
仰天し、「あぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ~!!!」と奇声を発したシエナさん。落ち着かせるのに、苦労しました。
僕は、3人へと話す。
魔法によって彼女らを眠らせ、貴賓ルームへ侵入してきた男がいたこと。
ソイツは僕に発見されるや、窓から退散したこと。
その後、僕は部屋に待機して、朝まで寝ずの番をしたこと。
ミーアは『サブローが助けてくれたのニャン。サブロー、ありがとさんなのニャ』とお礼を述べてくれる。
シエナさんは「不覚を取ってしまいました。惰眠をむさぼってしまうなんて、メイド失格です」と酷く落ち込む。
車体の底を突き抜けて、地面にめり込んでしまいかねないヘコみっぷりだ。
フィコマシー様は、不安そう。
自身の知らぬ間に、寝室へ男が2人も押し入ってきていたのだ。無理もない。
「フィコマシー様、ご心配なさらずに。御身に関して、男には指一本触れさせていません。もちろん、シエナさんにも、ミーアにも」
3人の少女へと微笑む。
「あ、あの、それなら……椅子に腰掛けていた私が、何故朝方にはお嬢様やミーアちゃんと同じベッドで寝ていたのですか?」
シエナさんが、訊いてくる。
うっ……こ、答えにくい。
「そ、それは僕が……抱きかかえて、運びました……。眠った状態のシエナさんを、あのまま椅子の上に座らせておくのも……」
付け加えると、3人が同じベッドの中に居てくれるほうが、危急の際に護りやすいと考えたのだ。
天蓋付きの寝台は、3人一緒でも余裕で眠れるくらいデカかったし。
でも思い直してみると、デリカシーが無さすぎたかな。
シエナさんが再び、「ピピピピピ」と奇声を上げている……。
「申し訳ありません。けれど、誓ってオカしな真似はしていませんので」
「オ……オカしな真似っててて?」
シエナさん、動揺しまくり。
「変なところには、触っていません!」
「へへへへ変なところってててて?」
シエナさん、パニック寸前。
「え? そ、その、それは胸とか……」
「そんな! サブローさん、ご遠慮なさらずに!」
「え?」
「え?」
♢
「しかし、部屋へ侵入してきた男は何者なのでしょう…………魔法使いだったのですよね?」
フィコマシー様が、問いかけてくる。
「ええ、僕と同じくらいの年齢の少年でした」
「やはり、一昨日の馬車襲撃犯と関係が?」
沈着さを取り戻したシエナさんが、話に加わってくる。
しばらく「ピヨピヨ」と囀っていたが、故障箇所を自力で修復したみたい。
「男は、そのような口吻をもらしていましたね」
ふざけた態度ではあったが。
「そして……」
僕は、口籠もる。
これは、打ち明けても大丈夫な内容なのか?
いや、フィコマシー様たちは当事者だ。隠し事は、良くない。
「男は、王子の命令で動いているようなことを口にしていました」
「な!」「ええ!?」
フィコマシー様は息を呑み、シエナさんは狼狽えた。
「心当たりが、おありですか?」
僕の質問に答えるのを、フィコマシー様は逡巡する。代わって、シエナさんが教えてくれた。
「王太子殿下は、オリネロッテ様と親密な仲なのです」
王太子殿下は現在17歳、4つ下の弟妹が居るらしい。王子と姫の双子だとか。
そして王太子はオリネロッテ様を婚約者にしたくてたまらず、ただ今絶賛求愛中。
だが、いくらオリネロッテ様に好意を向けているからと言って、それで王太子がフィコマシー様へ害意を抱くだろうか? 意味が分からないし、理屈に合わなさすぎる。まして、弟殿下は更に関わりなど無いはず。
う~ん……。
「まぁ……そもそも、信用ならない侵入者の発言ですからね。こちらを惑わすための、偽情報かもしれません。〝王子〟と言っても、ベスナーク王国以外の王子である可能性もありますしね」
「そう……ですね……」
フィコマシー様が考え込む。
「それと、聖女……」
「聖女……ですか?」
僕の片言に、シエナさんは小首を傾げた。
「ハイ。その不審な男は、しきりに『聖女』なる単語を口にしていたのですよ。シエナさんは、何かご存じですか?」
「聖女様は、伝説的な存在です」
シエナさんが、語る。
「かつて、このウェステニラにおいて、魔族とそれ以外の種族との間で大きな争いがあったそうです。邪悪と正義の、戦争です。無論、人間も魔族と戦いました。その折に、正義の陣営には2人の聖女様が降臨されたと伝えられています。女神様より祝福を授かった聖女様……。いずれの聖女様も、人間であられたとか」
聖女が……2人?
「聖女様のご尽力により、正義の軍は魔族に勝利することが出来ました。以降、ウェステニラの多くの地域で、聖女様は敬愛や信仰の対象となっています。女神様の化身と見做している方々も、少なくありません」
「なるほど……あの男、何故『聖女』なんて言葉を口走っていたのか……」
「聖女様に過度な思い入れのある……なんらかの狂信者……なのでしょうか?」
「……分かりませんね」
シエナさんの疑問に、僕は解答を返すことが出来ない。
フィコマシー様に続いて、僕とシエナさんも思考の迷路へと入り込んでしまう。
聖女……女神の化身……魔族。
ん? ちょっと、待て。あの黒ずくめの少年、やはり魔族だったのではないか?
魔族の少年が、ベスナーク王国あるいは他の国の王子の命令を受けて動いている?
では、聖女とは? アイツは確か、『壊れた聖女』と述べていたような……。
もしかして、聖女は……。
僕はチラリと、フィコマシー様へ目を走らせる。
まさか……ね。
さて、どうしよう? フィコマシー様やシエナさんへ、これも告げるか?
……………………。
僕は、首を軽く振る。
いや、止めておこう。
いくら何でも、この情報は怪しすぎる。殆どが、僕の直感にもとづく憶測だ。今更確認しようもない話をしても、いたずらにフィコマシー様たちの不安を煽ってしまうだけだ。
僕らは今日中には、ナルドットに到着する。そうなれば、フィコマシー様とシエナさんはバイドグルド家の庇護下に入る。
冷遇気味とは言え、フィコマシー様は御領主様の実の娘なのだ。襲われたと知ったら、キチンと守ってくれるはず。
僕の護衛の役目(?)も、おしまいだ。
侯爵家ならば騎士が多数仕えているだろうし、お抱えの魔法使いも居るに違いない。彼らは、僕なんかより、よっぽど頼りになる。フィコマシー様たちは、安全だ。
一介の風来坊に過ぎない僕がアレコレ気に掛けるのは、余計なお世話というものだよね。
もとより、フィコマシー様及びシエナさんとは、ナルドットへの道中を共にしただけの間柄。
街に着けば別れることは、最初から決まっていたのだ。彼女たちは侯爵家へと赴き、僕とミーアは冒険者になるべく頑張る。僕らの運命は、一瞬交差したのみ。おそらく、再び交わることは無い。
僕に出来るのは、彼女たちの未来が幸運であるように祈ることくらい……。
と、ミーアが突然『シエナの武術のお師匠様が、にゃんとスナザ叔母さんだったのニャ!』と猫族語で興奮気味に僕へ報告してきた。
僕・フィコマシー様・シエナさんの3人が揃って沈み込んでしまったため、車内の空気を変えようと思ったみたい。
ミーアはただ無邪気なように見えて、意外に気を遣うタイプだ。
良し! ミーアの配慮に乗らせてもらうとするかな。
それに、その知らせには純粋にビックリしたしね。
僕がシエナさんのほうへ顔を向けると、メイドさんは笑顔になっていた。
ミーアのお喋りの中身を察したらしい。
「私も、ビックリしました。ミーアちゃんとスナザ様は同じ猫族、しかもお2方とも黒猫なので、『ひょっとしたら』とは推測していたのですが。スナザ様は私に体術や武器の扱い、それ以外にも広い世界より得た知識など、イロイロな事柄をたくさん教えてくださいました。とても、素敵な女性でした」
『さすが、スナザ叔母さんニャ!』
ミーアは大喜びしつつ「アタシも、スナザ叔母さんみたいな、立派な、冒険者になる、のにゃ」と人間語で己が意気込みを発表する。
ミーアの決意表明を聞き、フィコマシー様もシエナさんもニコニコしている。
昨日までのミーアはフィコマシー様には懐いていたけど、シエナさんに対してはやや他人行儀に接していた。でもスナザ叔母さんがシエナさんの先生であった事実を知り、認識が変化したようだ。
ミーアは、シエナさんのことを更に好きになったらしい。心を許しているのが分かる。
猫族少女のおかげで、馬車の中の雰囲気は明るくなった。
「ミーアちゃんも、叔母に当たるスナザ様から武術の手ほどきを受けたのでしょう? するとシエナとミーアちゃんは、どちらもスナザ様の教え子。姉妹弟子ですね」
フィコマシー様の指摘を受けて、シエナさんもミーアも凄く嬉しそうな表情になる。
シエナさんは「私は1人っ子だったから、妹が欲しかったのよね」とニマニマしているし、ミーアはミーアで『アタシのほうが早くスナザ叔母さんに鍛えてもらったんニャから、アタシがお姉ちゃんニャ。妹が増えたのにゃ。姉は、大変なのにゃ』と猫族語で呟いている。
どうも、2人とも自分が〝姉〟で、『新しく出来た妹の面倒を見なきゃ!』と勇み立っているらしい。
フィコマシー様とシエナさん、そしてミーアの仲が急速に深まっている。
善き哉。善き哉。仲良きことは、美しき哉。
しかし、ホンのちょびっと疎外感。
シエナさんの話によると、彼女は4年ほど前に、旅の女剣士と冒険者をやっているスナザさんより、ミッチリ武術を仕込まれたそうだ。
それでメイドであるにもかかわらず、シエナさんはあんなにレイピアの扱いが上手だったのか。
あと、女剣士はフードファイターでもあったそうです……何だ、それ?




