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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第四章 バイドグルド家の白鳥

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魔族と聖女 

「貴様、今、シエナさんに何をしようとした?」


 声を低くしつつ、問い詰める。


「ああ~。オネンネ中のメイドちゃんには、永遠の眠りについてもらおうかと思って。オレって、親切だろ?」

 気安い口調で述べる、黒ずくめの男。


 ――――コイツ!

 落ち着け、相手のペースに乗せられるな! よく、観察しろ。


 男が着用している上下の服装・手袋・靴などは、揃って闇夜にとけてしまいそうな黒色で統一されていた。

 ……忍者みたいだな。

 そして、首から上だけは外気に晒している。


 ――若い。僕と、同世代か。


 細い目と高い鼻梁(びりょう)、抹茶色の髪。この期に及んで、おちゃらけた言葉遣いと態度を保っている。今にも、口笛を吹き出しかねない表情だ。

 余裕の誇示か。それとも、もとよりそういう性格なのか。


 いずれにせよ、曲者(くせもの)なのは間違いない。油断するな!


「キミ、庭をうろついていた人だよね」


 案外に丁寧な少年の喋り。が、慇懃無礼(いんぎんぶれい)としか感じない。


「隠密行動に徹していたつもりだったんだけどな~。むむ。どうやって、オレの存在に気が付いたの?」

「お前、旅館へ侵入する前に、庭へ視線を走らせて僕の姿をチェックしただろ? その時の気配で、察した。何者かが、悪質な意図を抱いて不審な動きをしている。フィコマシー様を狙っている、とね」

「へぇ!」


 黒衣の男が、驚きの声を上げる。


「あの一瞬で、感知したのかい!? 偉いね、キミ!」


 少年は本気で僕を称賛しているらしい。少しばかり、細目を見開いている。

 瞳の色は、くすんだ青――青鈍(あおにび)色か。


「キミのこと、自分、気に入っちゃったな~」


 馴れ馴れしいな。

 何だ? コイツ。


「そんなことは、どうでも良い。貴様がたった今、しようとした不埒(ふらち)な行いが問題だ。何故、シエナさんを害そうとした?」


 標的は、フィコマシー様じゃないのか?


「そ~れ~は~」

 男は、ウンザリしたように首を軽く回す。


「本当はね~、聖女をサクッと始末したかったんだ。でも、やっぱオレには不可能だったよ。だから、代わりに側仕えの女の子に死んでもらおうと思って」


 な!


「とばっちりで、申し訳ないんだけどね。しかしながら、いつまでも未練たらしく聖女の側から離れようとしない、この子がイケないんだよ。唯一の味方であるメイドちゃんが居なくなったら、聖女の心は、より一層(しお)れちゃうだろうね。それとも、枯れちゃうかな? どちらにしろ、歪みはどんどん酷くなるし、封印はますます強固になるし、コチラとしては万々歳なんだよね~」


 ……聖女? 封印? いったい、何のことだ?


「2日前の馬車への襲撃。あれも、お前が手配したのか?」


 ククリの切っ先を男へ向けつつ、尋問する。


「まぁね」


 ヘラヘラと少年が笑う。細目が、糸目になった。あくまで、不真面目な言動を貫く気らしい。

 無性に、かんに障るツラだ。


「全く役に立たなくて、ガッカリだよ。小銭で雇った小悪党だし、たいして期待してなかったけどね」


 僕はククリの(つか)を固く握りしめながら、手前に引く。いつでも、突きを放てるように。


「おいおい。()る気充分なようだね。キミって、ボ~とした外見によらず過激なんだな~」

「フィコマシー様たちに……」

「ん?」

「何をした? どうして、彼女たちは眠り続けている?」

「さぁ~。キミは、何でだと思う?」


 浅薄な口調による反問。相手のペースに乗せられるな!


「……闇魔法の《睡眠(スリーピング)誘引(インデュース)》……だな」


 僕の答えに、男は呆気に取られたようだ。一瞬、真顔になる。


「おお!? 凄い、凄いよ、キミ! 分かっちゃうんだ? ホントに、何者なんだい?」

「正体不明なのは、お前だろう?」


 コイツ、魔法使い……それも、闇魔法の使い手か? 


 闇魔法は光魔法に次いで、習得が難しい魔法だと、イエロー様に教わった。


 そもそも、人間で闇系統の魔法を積極的に覚えようとする物好きは少ない。エルフは、闇魔法そのものを嫌っている。

 闇魔法は、魔族が最も得意とする系統の魔法であるためだ。


 魔族は、それ以外の種族――人間・エルフ・ドワーフ・獣人などと極度に仲が悪い。敵対関係にあるとさえ言える。

 故に魔族を除いた種族の間では『闇魔法=魔族=邪悪』といった安直な図式が、成り立ちやすいのだとか。


 そして、闇魔法を扱うこの男……一瞥(いちべつ)する限りは普通の人間、10代後半の少年にしか見えないが……なんだろう? 得体の知れない雰囲気を、身にまとっている。


 この少年の姿を()の当たりにしていると、背筋に氷柱(つらら)を押し付けられているような気分になってしまう。

 フトした拍子に、男の内側より漏れ出てくるモノ……底知れない不気味さ、あたかも妖気とでも呼ぶべき何か……。


 この男……この細目の少年……擬態(ぎたい)しているのではないか?

 蜘蛛やカマキリは、獲物を襲うために植物などと体色を同化させるケースがあると聞く。コイツも……


『お前、魔族だろ?』


 少年はビクッとし、糸目を開ける。

 瞳の色は、青鈍(あおにび)だったはず。


 しかし、今は赤い。鮮血を思わせる(くれない)


 魔族語による問いは、あくまで引っ掛けだった。

 だいたい、僕は魔族を実際に見たことなんて無いのだ。男が本当に魔族であったとしても、見破る(すべ)などない。


 が、男には魔族語が通じた。殆どの人間にとっては未知の言葉である、魔族語を理解しているとなると……少なくとも、コイツは見掛け通りのただの少年ではあり得ない。

 それだけは、断言できる。


 僕は緊張感をより高めつつ、男を見据える。


『ギャハハハハハハハ!』


 少年が笑い出す。赤い瞳が、闇夜に煌めく。


 笑い声の音量は、控えめだった。部屋の外には聞こえない程度。

 けれど、その響きは異様なまでに耳障りだ。まるで壊れた機械より垂れ流されるノイズ。


 哄笑。いや、狂笑か。

 人間の口から出ても許される、声の形では無い。


 男の笑いが、ピタリと止まる。


「キミ、名前は?」

 少年が、真面目な顔で訊いてくる。瞳の色は、くすんだ青に戻っていた。


「ハ?」

「ねぇ、名前を教えてくれないかな?」

「……サブローだ」

「サブローくん……ね。覚えておくよ」


 男が、何度も頷く。楽しげな表情だ。


「いや~。ツマラナイ任務ばっかりでウンザリしていたところに、嬉しい驚きだよ。今晩、わざわざ出向いてきた甲斐があった。キミのような切れ者をいつの間にやら(はべ)らせているなんて、やっぱりグチャグチャに壊れていても、聖女は聖女と言うことなのかなぁ」


 ペラペラと喋る少年。聞いているだけで、不愉快になる。


「聖女さん、この見た目だろ? 婚約者とは不干渉だし、男とは無縁の生活をしていたはずなのに、意外や意外。手が早かったんだね~。これはいわゆる、男好きの聖なる性女とか? いや、メイドちゃんのことも手放そうとしないし、ひょっとして両方イケるクチ? 聖女様、やる~。ギャハハハハ」


 話の内容に、ついていけない。

 だが、コイツがフィコマシー様やシエナさんを馬鹿にしているということだけは理解した。


「やれやれ、そんなに怒らないでくれよ。こんな務め、もともとチャンと果たす気なんか無かったんだ。その証拠に、ほら、見てくれよ。オレは、丸腰だろう?」


 少年は、大袈裟に両腕を広げてみせる。

 確かに、目に映る範囲で武器を携帯している様子はない。しかし、コイツは魔法使い。人を害するのに、得物を用いる必要など無い。


「サブローくん。お願いだから、怖い目で睨まないで欲しいな~。ホントに、テキト~に済ませて、ちゃっちゃと帰る気でいたんだよ。けど、王子が〝ヤイノヤイノ〟とウルサくてね。形だけでも『仕事はしました~。しかし、上手くいきませんでした~』と示さなくちゃならないわけよ。察してくれない? 宮仕えは、辛いのよ」


 王子……だと? 

 コイツ、王子の命令でココに来たのか。それじゃ、一昨日の馬車への襲撃も……。


 だが、この男の口舌はあまりにも滑らかすぎる。こちらを欺くための、フェイクの可能性もある。

 真実を知るには、とっ捕まえて吐かせるしかない。


「それじゃ、オレはそろそろお(いとま)しますんで……」

「僕が、貴様を黙って見逃すとでも?」

「勘弁してよ~。当分、キミの大切なお嬢様たちには、ちょっかい出さないと約束するから。実のところ、前々より『目立つ立ち回りはするな!』って、上の連中にキツく命じられていたんだよ。『聖女は、放っといても自滅する。それを、待っていれば良い』とかなんとか。コッチの準備も、整っていないしね。なのに、馬鹿王子が焦っちゃってさ。まぁ、陛下があんなことを言い出した以上、無理はないけどね」

「なかなか、興味深い話だな。腕の1、2本叩き折った後に、ジックリ聴かせてもらおうか」


 ククリを構えつつ、少年へにじり寄る。


「ふ~ん。オレと、やり合う気かな? でも、こんな狭い場所で戦ったら、周りにどんな被害が及ぶか分からないよ。それこそ、キミが守ろうとしているお嬢様やメイドちゃんも……」


 うすら笑みを浮かべつつ、男は眠り続けるシエナさんへ接近しようとする。

 くそ! ターゲットは、あくまでシエナさんなのか!? 


 させるか!


「キミさぁ~。血気盛んなのは良いけど、そんな物騒な刀を振り回すつもり? 女の子たちに当たっても知らないよ」


 男は呆れたように、溜息を吐く。


「…………」

 僕は少年から目を離さずに、ゆっくりとククリを鞘に収めた。


「お! 納得してくれたの? やっぱ、平和が1番だよね!」


 どの口がほざく!


「忠告……感謝する!」

 前動作(まえどうさ)無しで、いきなり男の顔面へパンチを繰り出す。


「うわ~、短気だね。――ぐ!」


 僕の右ストレートを軽々と躱す少年。その腹部へ左の拳を放ち、めり込ませる。

 こっちが、本命の攻撃だ!


 男は苦痛の呻き声を漏らし、膝を落とし掛けた。

 が、僕が追撃する前に、素早く窓際へ移動する。


「いや~。キミって、強いね~。でもこんなとこで真剣(マジ)に殺し合うとか、馬鹿らしくてオレは御免こうむるよ。それでは、サヨナラ~」


 少年は3階の窓から、全く躊躇せずにヒョイと飛び降りた。


 急いで駆け寄り、窓の外を見下ろす。

 黒装束の男は凄いスピードで、建物より離れていく。あっと言う間に、その姿は闇夜に紛れ、見えなくなってしまった。


 どうする? 跡を追うか? 

 しかし、フィコマシー様たちは眠ったままだ。無防備な状態になっている彼女たちを、残していく訳にも……。


 だが、男を捕まえて真相を吐かせたい思いが募る。


 いや……冷静になれ、サブロー。優先事項を、見失うな。

 大切なのは、ミーア・フィコマシー様・シエナさんの身の安全だ。


 そもそも今から全力で追跡したとしても、男を捕捉できるかどうかは疑問だ。


 深呼吸し、窓を閉めた。

睡眠誘引スリーピングインデュース》の魔法の効き目は、それほど長くない。強引に起こさなくても、朝方になれば、3人とも自然に目が覚めるだろう。


 ミーア、フィコマシー様、シエナさん……今は、眠っていてもらおう。

 おそらく、今晩はもう襲われることはないはず。見張り役は、僕だけで充分だ。


 椅子に座って眠り込んだままのシエナさん。体勢が不自然で、苦しそうだ。

 サッと彼女を抱き上げ、フィコマシー様のベッドへと運ぶ。


 寝台に3人の少女を並べて横たえ、着衣に乱れが無いか確かめた上で、シッカリと毛布を掛けた。

 彼女たちに恥をかかせるわけにはいかない。


 フィコマシー様とシエナさんに挟まれて眠るミーアが、ニャモニャモと寝言を口にしている。

 耳を澄ますと『お団子3姉妹はベッドの中にゃ~』と呟いている。


 どんな夢を見てるんだよ、ミーア!? けど、なんて現在の状況にピッタリな言葉!

 僕は思わず吹き出し、ミーアの頭をソッと撫でた。


 猫族少女の毛並みの感触は、相変わらず抜群の心地よさだった。

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― 新着の感想 ―
ふっくら増量の聖女(当社比7倍) 見事に色んな常識をぶっ壊しましたね! (╹▽╹) 封印……ベルトかコルセットかな? 解き放つ時、たゆんたゆん比率が爆増します。 にしてもバンヤルくんの言う通り、きな…
[良い点] フィコマシー様が聖女!! 封印ってなんだ……聖女という名前のイメージから、魔族に不都合な存在なのかな?と思いきや、王子に陛下ときたぁああああっ! えっ。 魔族の魔王と魔王子というわけではな…
[良い点] 刺客の飄々とした感じが良かったのと、会話の内容が暗示的でとても面白かったです。サブローの分析も冴えていて、とても偉かったと思います。 [一言] 最後にミーアちゃんで和むというのも良かったで…
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