お菓子と壺
4章スタートです。
ロスクバ村を、早朝のうちに旅立つ。
負傷している襲撃者3人は村に残していき、村人に手当てと見張りを続けてもらう。
ナルドットの街に着いたら、フィコマシー様が御領主様に事件の次第を伝えてくれるそうだ。なので、その後の裁きはおそらく、御領主様に委ねられることになるだろう。ナルドット侯の管轄外で起きた事件であるが、彼の娘が被害者なのだ。
男たちの命がどうなるか……貴族階級の令嬢を襲っている以上、只で済まないのは間違いない。
死刑じゃ無くて重労働とか無期懲役に止めて欲しいところだけど、さすがに刑の重さにまで僕が口を挟むのは僭越だよね。
既に亡くなっている敵の遺体は、村の共同墓地の片隅に本日中に葬ってもらう予定だ。
ロスクバ村の人々に掛かる負担を思案した僕は、更に金貨1枚をシエナさんに手渡す。フィコマシー様の名目で、村に資金援助するためだ。
シエナさんは「これ以上、サブローさんの好意に甘えるのは……」とかなり頑強に固辞したけれども、無理矢理その手に金貨を握らせてしまった。
ロスクバの村民たちのフィコマシー様への対応が冷淡な感じで、気になっていたのだ。
接待を担当した村長は別として、他の村民は遠巻きに見ているだけ。一応は敬ってるが、歓迎している雰囲気では無かった。『厄介ごとを持ち込まれて迷惑だ』と思っていたのかもしれない。
正直、その気持ちも理解できる。
労働をしてもらうからには、対価を支払わなくちゃね。
僕が供与した金貨は、ご機嫌取りの賄賂という訳じゃ無い。ただ、報酬の追加で村人たちのフィコマシー様への感情を少しでも好転させたい……そんな目論見が、少なからずあったのも事実だ。
懐はちょっと寂しくなったが、構わない。ナルドットの街に着けば、手形との交換で金貨10枚を入手できるのだから。
考えてみれば、金貨7枚分は猫族の村の皆さんの好意によって得た計算外の収益だ。フィコマシー様やシエナさんのために有効活用することこそ、正しい使い道のような気がする。
♢
ロスクバ村からナルドットの街へ向かうには、直線で結んだルートを行くよりも、整備が行き届いている主要街道にいったん出たほうが結果的に早く到着できるとの由。
そんな訳で、昨日通った道を逆方向に進む。
御者は先日に引き続きモナムさんが務めてくれているため、馬車の中のメンバーは相変わらずのフィコマシー様・シエナさん・ミーア・僕の4人だ。
フィコマシー様とミーアは、昨日と同じように楽しげにお喋りしている。
昨夜一緒に休んだおかげで、2人の距離はグッと縮まったようだ。
しかも驚いたことに、ミーアの人間語が格段に上達している。昨日は単語を片言で発音するだけだったのに、今日は人間語と猫族語をチャンポンにしながらも、ともかくセンテンスでの会話が可能になっているのだ。
おおっ、ミーアが凄い。僕が日本に居た頃なんか、何年習っても英語をサッパリ覚えられなかったよ。
ひょっとして、ミーアって僕より頭が良いの? ミーアの容姿がリアル猫だけに〝猫より頭が悪い自分〟という現実を突きつけられているみたいで、落ち込んでしまうな。
気掛かりなのは、シエナさん。少々、元気が無いように思える。
服装に関しては、良くなった。ところどころ破れていた昨日の衣装の替わりに、新しいメイド服を着用している。頭上のカチューシャも復活して『メイドのシエナ・新装開店。ですが、値引きはしませんよ!』って感じだ。
対照的に、表情は曇りがち。僕と会話する際には時おり笑顔を見せてくれるものの、どこかぎこちない。
フィコマシー様も、シエナさんの状態を察知しているのだろう。気遣わしげな視線を向けている。
シッカリしているように見えても、シエナさんは17歳の女の子。昨日は4人の襲撃者相手に大立ち回りをして、その後も息を休めるヒマなど無かった。
1日経ち、疲れがぶり返してくるのは当然かもしれない。
ここは1つ、シエナさんやフィコマシー様に寛いでもらうために、面白い小話を提供することにしよう。
彼女たちにとって、初耳のストーリーにしなきゃいけない。
とは言っても、僕に物語を即興で作る才能は無いし、やはり元の世界にあったフィクションをウェステニラ風に改変するのが手っ取り早いよね。
何が良いかな。
お伽話の代表である『桃太郎』とか? でも、女子向けのストーリーじゃ無いからなぁ。
主役を女の子にしてみるか。
……桃から生まれたピーチ姫が、犬族・サル族・キジ族の女の子を連れてオーガ島へオーガ退治に行きました。オーガに勝利したピーチ姫は金銀財宝を手に入れて、一躍富豪になりましたとさ。
……う~ん、何かピンと来ないな。
退治対象の鬼をオーガに変えたのは、上々だと思う。
オーガは、ウェステニラに生息している人型モンスターだ。身長は4ナンマラ(2メートル)を超え、見た目は凶悪、振る舞いは粗暴……まぁ、早い話が〝鬼〟っぽい。
けれど、オーガは鬼じゃ無いよ! ここは、重要なポイント。
〝鬼〟と言うと、どうしても僕を特訓地獄で鍛えてくれた鬼たちを連想してしまって、悪者に出来ないんだよね。あんなんでも一応、師匠だった訳だし。
悩みの種は、ピーチ姫。
〝ピーチ〟も〝姫〟も、れっきとした普通名詞……であるにもかかわらず、2つをくっ付けると、途端に固有名詞っぽくなっちゃうんだよなぁ。具体的には、いっつも大魔王にさらわれて、いっつも配管工に救出される女の子。
この名前を使うと、著作権法に引っ掛からないか心配になる。
それから『きび団子1つでオーガ退治に獣人の女の子を連れだすにゃんて、ピーチ姫は酷すぎるニャ! 労働基準法違反にゃ!』とミーアに非難されてしまうかもしれないし、「すると、何ですか? ピーチ姫はお宝目当てで、オーガの島を襲撃したのですか? それって、押し込み強盗みたいに思えるんですが」とシエナさんに指摘されてしまう可能性もある。
やっぱり、『桃太郎』は止めにしよう。
僕としては「皆で力を合わせて悪者をやっつける」という、単純明快なストーリーは好きなんだけどね。
女子向けのお伽話なら、『シンデレラ』か『白雪姫』かな。
でもどちらにも王族が出てくるから、王政批判と受け取られないか不安だ。
特に、王子。『シンデレラ』の王子は靴フェチだし、『白雪姫』の王子は寝ている姫にいきなりキスしようとする不審者だし、どっちも碌なヤツじゃ無いよね。
少なくとも僕は、こんな王子には王様になって欲しくない。
……困ったな。なかなか良い昔話が、見付からないぞ。
『金太郎』の主人公は山で熊さん相手に相撲を取ってばっかだし、『竹取物語』のかぐや姫は育ての親を捨てて手前勝手に月へ帰っちゃう自己中少女だしな~。
そうだ! あの話にしよう。「主人と家来」を「お嬢様とメイドさん」に変更すれば、フィコマシー様やシエナさんにも楽しんでもらえるはずだ。
「フィコマシー様、シエナさん。僕の故郷に伝わる、お話を聞いてもらえますか」
僕がそう語りかけると、フィコマシー様は「まぁ、何でしょう?」と耳を傾けてくれた。シエナさんも、興味を惹かれた様子。
「あるお屋敷に、とっても仲の良いお嬢様とメイドさんが暮らしていました」
「まるで私たちみたいね、シエナ」
「そうですね、お嬢様」
フィコマシー様とシエナさんが微笑み合う。
ヨシヨシ、好調な出だしだ。
僕は話の一区切りごとに、猫族語でミーアにも通訳してあげる。
『仲良しさんなのは、良いことニャ』
ミーアもウンウン頷いている。
「お嬢様は、メイドさんが大好きです。美味しいお菓子があると、必ずそれを半分に分けます。半分コずつ、メイドさんと一緒に味わうのです」
「本当に、私たちみたいね。シエナ」
「ええ、お嬢様。お嬢様の優しさには、いつも感謝しております。ただ、ケーキのホールを半分、私に下さるのだけは遠慮したいのですが……」
「どうして? ケーキはホール1台が、1回のおやつの基本でしょう?」
「…………」
『アタシも、お菓子は大好きニャ』
「ある日、お嬢様は珍しいお菓子を手に入れました。とても高価で、舌がトロける絶品との噂です。お嬢様は、このお菓子だけは自分1人で食べたくなりました。けれども、お嬢様はこれより外出しなくてはなりません。お菓子を何処に隠そうかお嬢様が悩んでいると、メイドさんがやって来て『お嬢様、外出の支度が調いました。あら? そのお菓子は何でしょうか?』と訊いてきます。お嬢様は『こ、このお菓子は毒入りなの。帰ってきてから、私が直々に処分するわ。貴方は絶対に食べちゃダメよ』とメイドさんに言いつけて、お出掛けしました」
「…………」
「…………」
『騙すのはイケナイにゃ』
「お嬢様の外出中、メイドさんはお菓子が気になって仕方がありません。そこで〝ホンのちょっとだけ〟とお菓子を味見してみました。すると、何としたことでしょう! 極上の美味しさです。メイドさんは夢中になって、お菓子を全部食べてしまいました」
「…………」
「…………」
『メイドさん、それは良くニャい』
「〝このままでは、お嬢様に怒られる!〟と青くなったメイドさんは、一計を案じます。お嬢様が帰宅するとメイドさんが『えーん、えーん』と泣いてました。『どうしたの?』とお嬢様が尋ねると、メイドさんは『お嬢様が大切にしていた壺を、ウッカリ割ってしまいました。死んでお詫びしようと毒入りのお菓子を食べたのに、まだ死ぬことが出来ません。えーん、えーん』と答えます。お嬢様は今更自分が嘘を吐いたとも言えずに困ってしまい、結局メイドさんを許すしかありませんでした。こうして、メイドさんは見事にピンチを切り抜けたのです。おしまい」
「…………」
「…………」
『ニャンだか釈然としない結末にゃ』
ミーアがしきりと首を捻る一方、フィコマシー様とシエナさんは黙ったままだ。
2人とも、どうしたんだろう?
この小話を聞いたら、2人が「世の中にはいろんな主従が居るのね、シエナ」「何の隠し事もない私たちとは大違いですね、お嬢様」ってな具合に和気あいあいになるとばかり思っていたんだけど。
どうも、雲行きが怪しい。
「ねぇ、シエナ。4年ほど前の冬の日のことを覚えてる?」
フィコマシー様がシエナさんに質問する。
地を這うような音程だ。フィコマシー様の声色は、あんなに可憐だったのに!? いったい、どうして?
「ハ? な、何のことでございますか?」
シエナさんの声が震えている。動揺? それとも、恐怖?
鉄壁の信頼と忠誠で結ばれていたはずのフィコマシー様とシエナさんの過去に、何があったんだ!
「学園から私が屋敷に帰ると、シエナ、貴方は私の部屋で泣いていたわね。驚いた私が慰めつつ何が起こったのかを訊いてみたら『お嬢様の机の上に置いてあった花瓶を壊してしまいました。それで、申し訳なさのあまりに毒入りのお菓子を』」
「記憶に、ございません」
シエナさんがフィコマシー様の追及質問をぶった切る。
「思い出しなさい!」
「私の秘書が、やりました」
「メイドの貴方に、秘書なんて居る訳ないでしょ!」
あ、あれ? オカしいな。僕の小話を切っ掛けに、馬車の中の雰囲気は明るくなるとの予想が……。
逆に、悪くなっちゃったぞ。
フィコマシー様とシエナさんが、わいわい口喧嘩を続ける。
しかし本気で揉めていると言うより、じゃれ合っているようでもある。
僕とミーアがオロオロしているうちに、フィコマシー様とシエナさんは長い口論に疲れてきたらしい。
お互い肩の力を抜いて、おずおずと笑い合う。
「4年遅れですがお嬢様、つまみ食いして申し訳ありませんでした」とシエナさんが頭を下げると「良いのよ。元はと言えば、お菓子を独り占めしようとした私がズルかったのだし」とフィコマシー様が謝罪を受け入れる。
おおぅ。まさか、僕が勝手に脚色した昔話と、フィコマシー様とシエナさんの間にあった過去の事件が丸かぶりするとは……。
完全に、想定外だよ。
2人が上手く仲直りしてくれて良かった、良かった。助かった。
♢
移動の途中で馬車を止め、休憩を取る。
馬車の外に出ていた僕に、フィコマシー様がヨタヨタ近づいてきた。
「サブローさん、ありがとうございます」
「え? 僕は何か、フィコマシー様にお礼されるようなことをしましたか?」
「馬車の中で、してくださったお話の件です。作り話をなさっていると見せかけて、私たちが昔を思い出すように仕向けてくださったんでしょう?」
否定しかけて、危うく思いとどまる。
フィコマシー様のふくよかなお顔に憂いの影が見えたからだ。
「以前はシエナももっと茶目っ気があって、イタズラなんかもしていたんです。でも近頃は『隙があっちゃダメ! 完璧じゃ無ければいけない』と思い詰めているのか、いつも緊張していて硬い表情を崩すことが無くなってしまいました。私を守ろうとする一生懸命さの表れだと分かっているだけに、正直見ているのが辛かったんです」
佇まいも声も、沈みがちになるフィコマシー様。
が、僕が慰めの言葉を口にする前に、彼女は語調を明るく変化させた。
「けれど、サブローさんと会って、シエナは少し変わりました。もちろん、良い方向にです。更に先程『お菓子と壺』のお話を聞かせていただいたおかげで、昨日の襲撃以降、シエナに付きまとっていた切迫感が幾らか和らいだような気がします」
シエナさんを大事に思う、フィコマシー様の気持ちが痛いほど伝わってくる。
フィコマシー様は、上に立つ者に必要とされる資質を持っている。〝侯爵令嬢〟の肩書きに相応しい方だ。
「それにしても、私とシエナの共通の記憶から寓話を作りあげるなんて、サブローさんにはビックリです。私たちに『もっと、リラックスするように』と忠告してくださったんですよね? どうやって私たちの過去の出来事をお知りになられたんですか? 私には、想像もつきません。サブローさんは本当に謎めいていて、そして素晴らしい方ですね」
フィコマシー様の声音が感動のためか、湿っている。
何かもう『単なる偶然です! 僕のほうが、ビックリしているんですよ!』と告白できる空気じゃないよね。
僕は如何にも〝自分は全てを見通しているのです。賢いのです〟といった風の意味不明なスマイルを浮かべつつ、その場を凌ぎきった。
♢
ちなみに、この小話の参考にしたのは狂言の『附子』である。
中学の時、能楽堂の授業見学があったんだよね。で、能と狂言の実演を観劇した。
能は演者が「ウー、ウー」唸ってることしか分からなくてサッパリ理解できなかったけど、狂言はそれなりに面白かった。
その演目が『附子』だったのだ。まさか異世界で、役に立つ日がくるとは思わなかったよ。
日本の古典芸能は、偉大だね!
サブローによる昔話の解釈は、独断と偏見に満ちています。
作者は必ずしも、サブローの意見に賛同してはいません(と予防線を張る)。




