鬼さんはカラフル
ガイドさんは僕を特訓地獄の入り口となっている扉の前まで連れてくると、「それでは、お達者で!」と爽やかな笑顔を見せつつ去っていった。
地獄での生活に、達者もなにも無いと思うんだが……。
深呼吸を1つする。
特訓地獄へ足を踏み入れるべく、思い切って扉を開けた。
学教の教室くらいの広さの部屋に、乱雑にいくつもの机や椅子が置かれている。そして、退屈そうにしながら何体かの人間型生物(?)がペチャクチャお喋りをしていた。
その生物たちは、部屋へ入ってきた僕に一斉に注目する。
「おお。坊主、よく来たな!」「やった! 久方ぶりのお客さんだ」
揃って、詰め寄ってきた。
歓迎の雰囲気なのは有り難いけど、みんな身長が2メートルを超えている巨大な体格だけに、圧迫感が半端ない。
数は5体。誰もが、ムキムキの身体。
怖ろしげな顔の額には2本の角があり、口からは牙がはみ出している。衣装は、寅縞の腰巻きのみ。
……うん、どこからどう見ても、紛うことなき鬼だよね。
すぐに目に付く特徴……5体あらため5人は、それぞれ身体の色が違う。赤・青・黄・黒・緑だ。
まるで子供向けの特撮番組に出てくる戦隊のメンバーのようだな……。
「あの、ここは特訓地獄ですよね?」
「その通りだ。いや~、近頃は特訓を受けにくる罪人が少なくなって、暇を持てあましていたんだ。全力で訓練してやるから、楽しみにしていな!」と赤鬼さんが言う。
全員、凄いハイテンションだ。働けるのが嬉しくてたまらない猛烈サラリーマンみたいだ。
ひょっとして、給料が固定制では無くて出来高制だったりするのだろうか?
「あ、あの、僕は罪人じゃありません」
怪訝そうな顔をする鬼たちへ、懐より爺さん神に貰った紹介状を取り出して渡す。
顔を寄せ合って手紙を読み終えた鬼たちは揃って二カッと笑い、僕に向けてサムズアップした。
「OK! 良く分かった。異世界へ行くために、能力を底上げしてくれと言うんだな。任せておけ。ウェステニラとやらでも楽々無双できるくらいまで、坊主を鍛え上げてやるぜ!」
「いえいえ、それほど高望みはしません。日常生活を安心無事に送れるくらいで、僕は充分です」
赤鬼さんの有り難い言葉に対して、予防線を張る。
確かに僕は異世界におけるチート無双に憧れたけど、それは無償で能力を貰えるのを前提にしていたためだ。チート無双の域に達するまで訓練を続けるなんてことになったら、永遠にこの特訓地獄より抜けられなくなるかもしれないじゃないか!
僕の発言に不満そうにしている鬼たちへ、自己紹介することにした。
「僕は、間中三郎と言います。よろしくお願いします」
鬼たちは口々に返答してくれる。
「俺はレッド」と赤鬼さん。
「自分はブルー」と青鬼さん。
「私はイエロー」と長髪の黄色い鬼さんが述べる。一際、背が高い。
「ワイはブラック」と黒鬼さん。
「僕はグリーン」と緑色の鬼さん。僕と一人称が同じだ。
しかしながら、なんで名前が英語呼びなんだろう? 普通に、赤鬼とか青鬼とかで良さそうなもんだけどな。
あっ、そうか。黄鬼と緑鬼に関しては、語呂が悪すぎる。発音の良し悪しによって鬼同士の間でイザコザが起きないように、誰も彼も英語名で統一しているに違いない。
僕が名前の謎を名推理で解き明かしていると、赤鬼さん、じゃなくてレッドが話しかけてきた。
「サブローよ。異世界へ行くのに、そんなに志が低かったらダメだ。俺と一緒に訓練に励んで、異世界最強を目指そうぜ」
レッドが無茶ぶりしてくる。
それにしても、いきなりサブロー呼びですか。
「いや、そんなの僕には無理です。僕は、身の丈に合ったささやかな幸せを得たいだけなので」
「ほう。サブローの望む、ささやかな幸せとはどのようなものですか?」
ブルーの問いかけに、沈思黙考する。
「そうですね。最低3人以上の美少女に囲まれて、お金に不自由せずに毎日好きなことをして暮らしたいです。時々は、人に害をなすモンスターを倒して賞賛を浴びたりもしたいですね」
「どこに、ささやかな要素があるんや?」
ブラックが疑問を呈してくる。
えっ、僕の願望ってささやかじゃないの?
「思ったより、サブローはダメダメなようだ。しかし、かえって鍛え甲斐があるかもしれん」
気のせいか、イエローの眼光がいささか剣呑だ。
「まぁまぁ、僕はサブローの気持ちも分かります。男と生まれたからには、女性にモテたいと思うのは当然です」
グリーンは、僕の気持ちを分かってくれる。良き理解者の存在は、まさに宝だね。
5人の鬼たちがガイガイワヤワヤと僕の品評をしている最中に、ふと考える。
ここに居る5人の鬼は全員、男だ。鬼と言えばムキムキなオスがデフォルトだけど、それは昔話に限った話。現在の漫画やアニメでは可愛い鬼っ娘が頻繁に登場する。地獄の鬼たちの中に、そんな鬼っ娘が混ざっている可能性もある。寅縞ビキニで、空を飛んで、電撃を放ち、語尾が『だっちゃ』な鬼っ娘が……。
上手くいけば、異世界に行くまでもなく、美少女と出会えるかもしれない!
「あの、鬼さんたちはみんな男ですけど、女の鬼さんも居られるんでしょうか? 可能なら、会ってみたいんですが」
僕の質問に、室内はピシッと凍った。あたかもその場がコーキュートスに変貌したかのように、部屋の中は寒々とした空気に包まれる。
鬼たちは全員硬直しながら、ギギギッと僕のほうへ顔を向けてきた。
「ど、どうしたんですか? 僕、何か変なことを訊いてしまいましたか?」
一変した雰囲気にガクブルしつつ、鬼たちの表情を見回す。
「なぁ、サブロー。お前、女の鬼に会いたいと言ったな?」
レッドのあまりに真剣な眼差し。
「ハ、ハイ。皆さんのような男の鬼さんに会ったついでに、女の鬼さんにもお目に掛かりたいと思っただけなんですけど……」
僕のフォローに、レッドは〝それ以上喋るな〟というように首をゆるゆると横に振った。
「イエローは、女の鬼だ」
「えっ」
「もう一度、言う。イエローは、女だ」
そんな馬鹿な!
イエローを、改めて見る。
背は他の4人の鬼たちより頭一つ分高く、逞しさも勝っている。筋肉ムキムキ度は、5人の中で1番だ。短髪の4人に対して、イエローは確かに長髪ではある。それに良く確認すると、胸の部分を粗末な布で覆っている。
ひょっとして、アレはバスト隠し? でもあの胸は、曲がりなりにもオッパイと呼べるシロモノなのか? どう考えても発達した胸筋で、それ以上でもそれ以下でもないぞ。
呆然と突っ立っている僕へ、イエローがこめかみに筋を浮き立たせながらユックリと話しかけてきた。
「サブローは、私を男だと思っていたわけだ」
優しげな口調。しかしその眼は殺気を放ち、口は耳元まで裂けて巨大な牙が剥き出しになっている。
ヤバい!
僕の危機察知レーダーが、緊急警報を鳴らす。弁明や言い逃れは火に油を注ぐだけだ。こうなれば、取り得る手段は唯一つ。
「申し訳ありませんでしたー!」
僕は全力でジャンピング土下座をかました。
『だっちゃ』の鬼っ娘は全男性読者の憧れ。