バンヤルくんの夢
ロスクバ村には、日暮れ前に到着することが出来た。
マコルさんやシエナさんは、ちゃんと時間の推移を計算しつつ行動しているようだ。
現代日本と異なり、ウェステニラでは照明道具が発達していない。夜間になると身動きが取れなくなるため、明るいうちに目的地にまで辿り着けないと大変なことになってしまう。
出迎えてくれた村長たちに、マコルさんとシエナさんが応対する。
村人たちは、僕らの突然の来訪に驚いていた。
取りあえず、負傷している襲撃者3人の身体を治療小屋に運び込む。
村の薬師が、3人のキズの具合を確かめてくれた。
見立てでは、安静にさせておけば今日明日中に命を落とす危険性はほぼ無いとのこと。
ホッとしてしまった。
……やはり、僕には〝覚悟〟が足りないな。
ケガ人の看護と監視を、当分この村で引き受けてもらえるよう交渉する。
僕は当面の世話代として、懐から金貨1枚を取り出した。フィコマシー様の面目を潰さないように、シエナさん経由で村長の手に渡るべく取り計らう。
僕の行為にシエナさんは驚き、しきりに遠慮する。しかし、「コイツらの命を救いたいと言うのは、僕の我が侭ですので」と押し切った。
シエナさんが、「サブローさん……」と言葉を詰まらせる。しばらく僕の手をギュッと握っていたけど、やがて深々と頭を下げて金貨を受け取ってくれた。
余計なお節介だったかもしれない。
でも、フィコマシー様は貴族のご令嬢であるにもかかわらず、自由にできるお金を殆ど持っていないのではないか? と僕は推察したのだ。
謝礼金などのやり繰りでシエナさんが苦慮しているように見受けられたからね。
♢
今夜は、ロスクバ村に泊まる。
ロスクバ村は50戸ほどの小さな村だが、それでも村長宅の造りは立派なものだった。
フィコマシーお嬢様は村長宅に、僕やマコルさんたちは客人の為に用意された小屋に宿泊させてもらうことになった。
問題は、ミーア。
フィコマシー様が、ミーアと一緒に泊まりたがったためだ。
ミーアは半日の道中でフィコマシー様やシエナさんにある程度馴染んだとは言え、言葉が良く通じない点に不安があるのだろう。それに自惚れかもしれないけど、僕の傍らに居たいという気持ちも強いみたい。
〝出来れば客人用の小屋に泊まりたい〟とのミーアの思いは、僕に筒抜けだった。
ミーアに頼み込んでみる。
『ミーア、お願いがあるんニャ』
『何かニャ? サブロー』
『今夜、ミーアはフィコマシー様たちのところで休んでくれニャいかな?』
『――っ! サブローは、アタシが側に居ないほうが良いのかニャ?』
ミーアがションボリする。猫耳がペタッとなり、シッポもだらんと垂れ下がってしまった。
慌てて、誤解を解く。
『ち、違うにゃ、ミーア。僕も、ミーアと一緒のほうが良いに決まってるニャ』
『そうニャの?』
ミーアが元気を取り戻す。耳がピンとし、シッポの先が天を指した。
僕の一言でこんなに一喜一憂してくれると、ミーアが可愛くて堪らなくなってしまうね。
『それニャら何で、フィコマシー様たちのところに行けなんて言うニョ?』
『ミーア。ミーアももう分かってると思うけど、フィコマシー様はナルドットの御領主様のお嬢様なのニャ。本来は大勢の人に守られていにゃければいけない身分の方なんニャ。でも、現在は訳あって、メイドのシエナさん1人しかフィコマシー様の側に付いてない状態になってしまってるんニャ」
ミーアは、僕の言葉に黙って耳を傾けている。
『フィコマシー様は、心細く思っておられるに違いないニャン。だからミーアにはフィコマシー様の近くに居て、守ってあげて欲しいのニャ』
僕の依頼を聞いて、ミーアはトンと自分の胸を軽く叩いた。
『了解したニャ! フィコマシー様の護衛を引き受けるにゃ。〝貴人の護衛〟も、冒険者の立派な仕事の1つだもニョね』
ミーアは張り切って、村長宅に滞在しているフィコマシー様のもとへと飛んでいった。
♢
「ミーアは今夜、フィコマシーお嬢様とともに休みます」
僕がそう報告すると、マコルさん・キクサさん・モナムさんはそれぞれ頷く。
「分かりました。そのほうが、フィコマシー様たちも心強いでしょう」
「お嬢様が、ミーアちゃんに無礼を働かないか心配だ」
「放置プレイも、またご褒美」
マコルさん。さすがに、鋭い意見だ。
キクサさん。貴方の中におけるミーアの身分ランクは、少しばかり高すぎませんかね?
モナムさんは……ノーコメントで。
まぁ、3人ともスンナリ納得してくれて良かった。
大人の対応だ。
ただバンヤルくんは「ちくしょー! 俺とミーアちゃんのワンナイトフィーバーが、泡となって消えてしまった! ブクブクパーだ!!!」と駄々をこねる。
子供の対応だ。
その晩、就寝の支度を終えたあとに僕は新鮮な空気を吸おうと屋外に出てみた。
すると、バンヤルくんが1人夜空を見上げながら、独白している。
「ああ。ミーアちゃんも、俺と同じ星の海を今頃眺めているのだろうか……」
なんか、バンヤルくんが詩人みたいになってる。声を掛けづらいな。
「バンヤルくん、スミマセン。ミーアを行かせてしまって」
「なんだ、サブローか。別にそれがミーアちゃん自身の意思なら、俺に文句はねえよ。ただ……」
バンヤルくんは、何事かしばらく考え込んでいた。
脳内の思考がそのまま口を突いて出てくるタイプのバンヤルくんが、言葉を濁すとは珍しい。
「ただ、俺はミーアちゃんにフィコマシー様とあんまり親しくならないで欲しいんだ」
「それは、どういう意味? ハッ! ひょっとして、ヤキモチ? イケないなー、バンヤルくん。女の子同士の友情に嫉妬しちゃダメだよ」
「ちげーよ! 何をどう聞いたら、そんな解釈になるんだよ!」
バンヤルくんが叫ぶ。
「俺は、ミーアちゃんの身の安全を危惧しているだけだ」
「フィコマシー様もシエナさんも、良い人だよ」
僕だってミーアは大切だけど、バンヤルくんがフィコマシー様たちのことを誹謗するなら看過できない。
僕の口調に抗議の気配を感じたのか、バンヤルくんが髪の毛をガリガリと掻きむしる。
「誤解すんな。お嬢様やメイドの人柄がどうこうって問題じゃね~んだよ。……サブローは、お嬢様の1つ下にオリネロッテ様って名前の妹君が居るのを知ってるか?」
「フィコマシー様たちから、少し、話は伺ったよ」
「そのオリネロッテ様なんだけどな、王太子殿下と恋仲って噂がある。現在、王太子殿下の最も有力な婚約者候補になってるそうだ」
「えっ……」
驚く。
そこまでは、シエナさんも話してはくれなかった。
「おかげで、御領主様のオリネロッテ様への肩入れは深まるばかり。一方、フィコマシー様の侯爵家における立場は微妙になってる」
「微妙と言っても、フィコマシー様もオリネロッテ様も、どちらも侯爵様のご息女なんでしょう?」
「ああ。だが、そこには明確な愛情の差がある。しかも、そのことを御領主様はハッキリ態度に表しているんだ。周りの人間が、影響を受けない訳が無い。フィコマシー様へご機嫌伺いに出向くナルドットの商人なんて、今じゃ殆ど存在しなくなってしまった。オリネロッテ様のところへは、わんさか押し寄せてるけどな。ま、オリネロッテ様と違って、フィコマシー様は滅多にナルドットへお見えにならないが」
「そんなに酷い境遇の差が……」
フィコマシー様とシエナさんの心情を考えて、憂鬱な気持ちになる。
「それにしても、バンヤルくんは侯爵家の内情に詳しいね」
「マコル様の取引相手であるネポカゴ商会は、ナルドット指折りの大店なんだよ。商人は情報が命なんで、俺もそこの従業員からイロイロな話を出来る限り聞くようにしているんだ。〝白鳥と白豚〟についての風評も、そこで仕入れた。まったく、失礼なあだ名だよな」
バンヤルくんの発言に、僕は同意する。
ホントだよ。〝白鳥〟なんて性悪なあだ名を付けられたオリネロッテ様とやらは、気の毒だよね。
僕がオリネロッテ様に同情していると、「ブタ族に失礼な話だ」とバンヤルくんが憤慨する。
あれ? 何か、僕とバンヤルくんの認識にはズレがあるような……まぁ、良いか。
バンヤルくんが、フィコマシー様に関する話題を続ける。
「『愛してない』ぐらいなら、まだ良い。『御領主様は長女を嫌っている、疎んでいる』といった流言まである。迂闊にフィコマシー様へ近づくと、御領主様の不興を買いかねないって、もっぱらの評判だ」
「そんな……」
絶句する。
フィコマシー様の置かれている状況が、そこまで過酷なモノだとは思っていなかった。
「なので俺は、ミーアちゃんに下手にフィコマシー様と接近して欲しくないんだよ。ミーアちゃんは優しいからな。後でフィコマシー様の身の上を知って、心を痛めるかもしれない。お嬢様に気に入られたせいで、何らかの不利益を被る可能性だってある。だから、サブロー。今夜は仕方が無いにしろ、明日以降は出来るだけお嬢様とミーアちゃんが仲良くならないように、注意を払えよ」
僕は、バンヤルくんが打ち明けてくれた内容についてよくよく吟味してみた。
そして、ユルユルと首を横に振る。
「それは、出来ないよ」
「サブロー! お前、ミーアちゃんが何かトラブルに巻き込まれたらどうするんだ!」
「貴重な情報を教えてくれたことには感謝するよ。バンヤルくんの話の中身は、一切隠さずにミーアへ伝えると約束する。その上で今後どうするかは、ミーアの自由意志に任せたいんだ」
バンヤル君は口をつぐんで僕を見返していたが、やがて深々と溜息を吐いた。
「俺も、ミーアちゃんの意向を掣肘するのは本意じゃ無い。でもな、サブロー。だったら、お前は全力でミーアちゃんを守れよ。ミーアちゃんに悲しい思いをさせんじゃねーぞ」
「分かってる。いざとなったら、この身に代えてもミーア……ミーアちゃんを守るよ」
僕がミーアの名前を呼び捨てにする度にバンヤルくんの目つきが鋭くなるので、急いで〝ちゃん〟呼びに修正する。
「バ~カ。ちっとも、理解して無ーじゃね~か。お前がミーアちゃんを庇ってケガしたら、ミーアちゃんはもっと悲しんじまうだろ。だからお前は、自分も傷つかないようにしながら、ミーアちゃんを守らなくちゃならないんだ。お前が強いってことは、今日の戦闘を見て、俺にも良く分かった。お前なら、ミーアちゃんの身も自分の身も、どちらも同時に守れるはずだ」
「…………」
「な、何だよ?」
「バンヤルくん。それって、僕のことも心配してくれてるの?」
「そ、そんな訳ねーだろ!? 何を、勘違いしてんだ。俺がお前のことを気に掛けるとか、あり得ねーよ!」
動揺したのか、バンヤルくんが早口になる。
何てことだ! バンヤルくんが、デレている。
バンヤルくんは、ツンデレだったのだ!
僕はバンヤルくんの気遣いを有り難く思うと同時に、ウェステニラで(と言うより人生で)初めて遭遇したツンデレが男であることに、秘かに涙した。
「サ、サブローとミーアちゃんはナルドットでの滞在先を、まだ決めて無いんだろう? 俺の実家が宿屋をやってるから、良かったら利用しろよ。お安くしとくぜ」
ツンデレのバンヤルくんが、アタフタしつつ話柄を変えてくる。
「ありがとう。前向きに検討させてもらうよ。バンヤルくんは、宿屋の息子さんなんだね。将来は家を継ぐの?」
「イヤ。俺はマコル様のもとで修行して、ゆくゆくは独立した商人になりたいんだ。そしていつかは、きちんと店舗を構えた商いをする」
へぇ~。僕と同世代なのに、既にバンヤルくんは明確な将来像を持っているんだね。
ちょっと尊敬しちゃうな。
バンヤルくんが、宣言する。
「俺が経営する店の従業員は、全て獣人にするつもりだ!」
僕の中のバンヤルくんへの尊敬度が、下がりました。
僕のジト目に気付いたのか、バンヤルくんが言い訳を始める。
「思い違いすんなよ。これは、単なる俺の好みの押し付けじゃ無ーんだ。俺の夢の実現のために、必要な措置なのさ」
「バンヤルくんの夢?」
「ああ。俺は、〝人間と獣人の架け橋〟になりたいんだ」
バンヤルくんが、曇りなき瞳で語る。
「ベスナーク王国でも、まだまだ獣人への差別は行われている。最近のナルドットでは、人間至上主義を掲げるセルロド教の布教活動が活発化して、その信者が少しずつ増えてきてさえいるんだ。獣人の割合が他の街より多いから、それだけ人間と獣人の間の摩擦が大きくなってしまっているのが原因なのかもしれない」
バンヤル君が、澄み切った声で話す。
「憂慮すべき事態だ。微力ながら、俺は人間と獣人が平等に分け隔てなく働ける職場を作って、両者の間にある壁を僅かなりとも取り除いていきたいのさ」
「バンヤルくん!」
感動した。
僕は、バンヤルくんを見誤っていた。
正直、今まで僕はバンヤルくんのことを〝ケモノっ娘大好き少年〟とか〝ケモナリスト・ボーイ〟とか〝ミーアに近づけちゃいけない人物ナンバーワン〟などと考えていた。
でも、違ったんだ。
バンヤルくんは、単なるケモナーじゃ無い。『人間と獣人が平和に暮らせる、より良い社会』を目指している、マジメな少年だったのだ。
真摯な紳士だったのだ。
理想に燃えるバンヤルくんの姿は、僕の目には眩しすぎる。
『ハーレムを作りたいな~』なんて邪な願望を抱いてる僕とは、雲泥の差だ。
我欲まみれの自分が、恥ずかしい!
「素晴らしい夢だね! バンヤルくん」
「おお! サブローも分かってくれるか」
バンヤルくんが、微笑む。
純粋な大志を掲げる少年の表情は、美しい。同性であっても、惚れ惚れしてしまう。
「今のところ、従業員は10人を予定している」とバンヤルくん。
フムフム。
将来の夢について、細部まで詰めているんだね。僕の中のバンヤルくんへの尊敬度は、成層圏にまで達っする勢いだよ。
バンヤルくん、君の未来に栄あれ!
「10人の内訳は、犬っ娘・猫っ娘・狐っ娘・狸っ娘・羊っ娘・兎っ娘・熊っ娘・虎っ娘・鹿っ娘、そしてハムスター娘にするつもりなんだ」
「えっ……」
なに? その、ケモノっ娘オンパレード。
「どうした? サブロー。何か言いたそうだな。やっぱりハムスター娘はやめて、ビーバー娘にすべきだと、お前も思うのか?」
「そ、そうじゃ無くて、従業員は全てケモノっ娘なの?」
「もちろん」
バンヤルくんは、『何を当たり前のことを訊いてんだ?』という顔をする。
ダメだ、この少年。
あまりにも、欲望丸出しの将来設計だ。
『人間と獣人が平等に分け隔てなく働ける職場』って言ってたにもかかわらず、人間は雇い主のバンヤルくん1人しか居ないじゃないか! あとは全員、ケモノっ娘。
ケモナーは、どこまで行っても所詮ケモナーだったのだ! 僕の感動を返してくれ!
「ふ~ん。結局バンヤルくんは、商売にかこつけてケモノっ娘ハーレムを作りたいんだ?」
バンヤルくんへ、軽蔑の眼差しを向ける。
けれど考えてみれば、僕もハーレムマスターを目指す身。バンヤルくんとの相違は、ハーレムメンバーの種族構成だけ。
つまり今のバンヤルくんは、他人から見た僕の現在の姿そのままなのか。
胸に突き刺さるモノがあるね。
「ふざけたことを、言うんじゃ無えぞ。ハーレムなんて不誠実な振る舞いを、俺がする訳ないだろ!」
バンヤルくんが怒る。
おや? 僕の早合点だったのかな?
「俺は全てのケモノっ娘1人1人と、誠実にお付き合いしたいだけだ」
バンヤルくんは、清々しく言い切った。
うん、バンヤルくん。それって『ハーレム』とどこが違うの?
僕の中のバンヤルくんへの尊敬度は、マントル層まで落下しました。
バンヤルくんは、今後ミーアの半径10ナンマラ(5メートル)以内に立ち入り禁止ね。
少年漫画における主人公のライバルがツンデレってケースは良くありますよね。
別に、バンヤルくんはサブローのライバルじゃ無いですけど……。




