メイド・イン・ジャパン
「シエナさん」
「シエナで、構いません。サブローさんのことは、何とお呼びしましょうか? 命の恩人なのですから、やはり『サブロー様』が良いですね。『サブロー』『シエナ』と、お互い呼び捨てにしあう関係も捨てがたいですが……」
「シエナさん」
意識して口調を固くする。
シエナさんも、さすがに僕の感情の変化に気付いたようだ。密着させていた身体をスッと遠ざける。
ああ、シエナさんの温もりが無くなってしまった……ちょっとばかり惜しかったかな……なんてことを考えてしまう僕ってヤツは、ホントにどーしようも無いね。
申し訳なさそうな態度になる、シエナさん。心持ち背筋を伸ばしながら、眼差しを伏せる。
彼女のまつげの長さは……言わずと知れた、平均値。
「スミマセン、サブローさん。少し、馴れ馴れしかったですね。ご不快に思われましたか?」
「そんなコトはありませんが、やはり知り合ったばかりの女性を呼び捨てにするのは……僕にはハードルが高くて……」
セリフは、本音が半分。もう半分は、シエナさんの意図を探るためだ。
「そうですか。サブローさんは、シャイなんですね」
シャイ。
なんて、素晴らしいワードだ。
真実は〝ヘタレで臆病なチキン野郎〟であっても〝シャイボーイ〟に単語変換するだけで、ガラリとイメージが変わる。
さすが、万能メイドのシエナさん。言葉のチョイスが、的確だ。
「分かりました。呼び捨ては、まだ早かったかもしれませんね。でも、サブローさん。私の感謝と好意が本物だということだけは、覚えておいてください」
シエナさんはそう言って、握っていた僕の手を離した。
……ドリームタイムが、終わってしまった。
それにしても、感謝はともかく『好意が本物』……ね。『本物だ』とわざわざ強調するあたり、むしろ『本物では無い』ことを証明しているような気がする。
確かに、僕はシエナさんの命を救った。だから、シエナさんが僕に対して良い印象を持った可能性は否定できない。けれど、どうも好意の示し方が唐突すぎて何か納得できないんだよな。
そう。まるで3流メイドカフェのやっつけ接客に通じるものを、感じてしまう。
メイドさんが笑顔を浮かべつつ脳内では時給を計算しているのが、お客に丸わかりみたいな……いや、僕はどんなメイドカフェにも行ったこと無いけど。
しかしながら……メイドカフェ……メイドカフェ……〝めいどかふぇ〟……か。
むむむ。商売っ気丸出しにもかかわらず、なんという魅惑的な響き。
日本に居るときに、一度で良いからメイドカフェを覗いてみたかったなぁ。
メイドカフェは、世界に誇る日本の文化だよね。
外国より入ってきた文物を改変してグレードアップさせるのは、日本の得意芸だ。メイドの本場(?)を自負するイギリス人も、よもやメイドが日本においてこんな超進化を遂げるとは、夢にも思わなかっただろう。
メイド改変は、日本の偉業。まさに、〝メイド・イン・ジャパン〟だ。メイド万歳!
頭の中で、サブロー作詞作曲のメイド賛歌《メイドよ、不滅なれ!》をフルコーラスで流す。
〝♪~我が家に居る~メイドさんたちの名前は~、永遠さん・未来さん・万代さん・千歳さん・久遠さん~、なんか皆~エターナルっぽいネーミング~♪〟
…………誰かの視線を感じる。
ふと気が付くと、フィコマシー様が、僕とシエナさんの2人をジッと見ていた。
ミーアの位置からは僕とシエナさんの手繋ぎとか腕絡みは見えなかっただろうけど、フィコマシー様は僕の正面に座っているのだ。
僕とシエナさんのイチャイチャ(?)が丸わかり状態だったに違いない。
マズいな。シエナさんはフィコマシー様にとって単なる召使い以上の存在みたいだし、スキンシップ過剰についてお怒りなのかもしれない。
『サブロー! 住所不定無職の分際で、私のメイドに手を出すとは不届き千万。罰として、市中引き回しの上、打ち首獄門。胴体は、ブタの餌にしてさし差し上げますわ!』とフィコマシー様が荒ぶる未来に、僕は怯える。
ところが、フィコマシー様はニッコリ笑ってくださった。
その福々しさに、ホッとする。
「シエナとサブローさんは、仲良しですね。シエナが男の人を気に入るなんて、珍しい。シエナは男性に対して、いつもツンケンしてますのに」
「何を仰るんですか、お嬢様!」
お嬢様のからかうような口調に、メイドさんの顔が赤くなる。
フィコマシー様相手だと、シエナさんの反応も素に戻るんだね。さっき僕へ妙な雰囲気で接してきたシエナさんよりも、こっちの彼女のほうがよっぽど魅力的だ。
「サブローさんのご助力に、私も心よりお礼を申し上げます。シエナだけで無く、私も救われたのですから」
フィコマシー様が軽くではあるが頭を下げてきたため、僕は恐縮してしまった。
「いいえ。フィコマシー様を助けるべく頑張っていたのは、誰よりもシエナさんですから。4人の襲撃者相手に1歩も怯まず戦うシエナさんの姿には、心揺さぶられるものがありました」
フィコマシー様にそう告げると、シエナさんが驚きの目で僕を見た。自分が褒められるなど、予想もしていなかったらしい。
あれだけ見事な戦い振りを披露していたのに、シエナさんって意外と自己評価が低いのかな? でもシエナさんの奮闘のおかげで、僕とモナムさんの助太刀が間に合ったのは事実だ。
「それに、僕やマコルさんたちが思い切った行動に出られたのは、ミーアが『馬車を護っているメイドさんを助けて欲しい』と主張したからです。ミーアの一声が無かったら、僕らは尻込みして見て見ぬふりをしてしまったでしょうね」
「そうなの? ミーアちゃん、ありがとう」
フィコマシー様は、ミーアへも感謝の言葉を述べた。
僕の通訳を介してフィコマシー様の謝辞を耳にしたミーアは『いや~、アタシは何もしてないのニャ』と照れている。
シエナさんが、僕へ語りかける
「話は変わりますけど、サブローさんは本当にお強いですね。3人の敵を、それぞれ一瞬のうちに倒してしまいました。サブローさんは、どこで武術を習われたのですか?」
その問いに、僕は猫族たちにしたのと同じ内容の返答をした。
〝とある場所〟で複数の師匠に鍛えられた――という設定だ。もちろん、魔法が使えることは隠す。
「サブローさんの若さで、あそこまで腕が立つ人は珍しいです。よっぽど、素晴らしい方たちに武芸を教わったのですね」
シエナさんの賞賛を、僕は「ハッハッハ。鬼のような師匠たちでしたよ」と軽く躱した。
〝鬼のような〟と言うより、〝鬼そのもの〟でしたけどね!
「それで、サブローさんが修練された場所はどこにあるのですか?」
シエナさんが茶色の瞳をキラキラさせつつ、質問を重ねてくる。
あたかもアイドルに憧れるファンみたいな表情だけど、単純に受け取らないほうが良いだろう。僕の素性をそれとなく聞き出そうとする思惑を隠すための、偽装かもしれない。
「申し訳ありません。『詳細は語るな』と師匠たちに厳命されていますので」
シエナさんに謝る。
まさか、『地獄で特訓してきました』とも言えないしね。
あまりツッコんだ問いかけをされると、何かの拍子にボロが出てしまう怖れがある。ここは、秘技〝訊かれる前に、こちらからイロイロ訊いちゃえ!〟作戦を発動しよう。
僕は、フィコマシー様とシエナさんが王都でどのような生活をしていたのかを尋ねてみることにした。
シエナさんの説明によると、フィコマシー様は16歳で、シエナさん自身は17歳とのこと。
僕が同年齢の16歳である事実を伝えると、フィコマシー様はとても喜んでくれた。
フィコマシー様は、王都で貴族の子女が集う学園に通っているそうだ。
よもや、ここで異世界ラノベにおけるテンプレ設定の1つ、〝学園モノ〟が出てくるとは思わなかった。
あれだよね、異世界学園モノと言えば、やっぱり〝王子と貴族と悪役令嬢〟だよね。そんで、ヒロインは平民上がり(もしくは、貴族の低い階級である男爵令嬢あたり)。
一昔前のお話では、平民出身のヒロインが身分の差を乗り越えて王子様と結ばれるのが定番だった。学園モノじゃ無いけどシンデレラなどが、その典型。
しかし、何でだか最近は王子の婚約者である悪役令嬢にヒロインが逆襲されるストーリーが流行っているみたい。
あの手の物語って『看板に偽りあり』だと、個人的には思う。〝悪役令嬢と平民ヒロイン〟では無くて〝ヒロイン令嬢と悪役平民〟と名付けるほうが、題材的には合ってるんじゃないかな?
悪役令嬢はまんま〝虐げられしヒロイン〟になってるし、平民出身の〝玉の輿ゲッター〟は、どう贔屓目に見てもヒロインとは言えないほど根性悪になってるよね。
その品性の下劣さは、単なる〝玉の輿ゲッター〟を超え、もはや〝腰の玉ゲッター〟の領域へ…………略して、〝コシタマゲ〟とお呼びしたい。
……そんなに沢山じゃ無いけど、〝悪役令嬢モノ〟の小説を僕は読んだことがあるのだ。
平民のヒロインと恋する仲になった王子が衆人環視の中で悪役令嬢に婚約破棄を告げて、しっぺ返しを喰らうヤツ。
どれも面白かったけど、男の僕としては唯一つ、王子がポンコツすぎる点だけはなかなか受け入れられなかった。あの〝婚約破棄〟から〝ざまぁ〟への黄金パターンって、王子は別に賢く無くても、一般常識さえ弁えていたら余裕で回避できるはず。
僕が王子だったら、悪役令嬢と平民ヒロインどっちもゲットすべく努力するだろうに。そして悪役令嬢と平民ヒロインどちらの逆鱗にも触れて、2人から〝ざまぁ〟されてしまうのだ。
……あれ? ひょっとして、僕ってポンコツ王子以下のレベルなのかな?
まぁ、それはそれとして。
フィコマシー様とシエナさんが教えてくれた内容を、整理してみる。
どうやら学園には、貴族の子女を王家のテリトリーに囲い込んで王族の子飼いにする機能が期待されているようだ。更に、ベスナーク王国の王子や王女、加えて選抜試験をくぐり抜けた成績優秀な平民学生たちも学園に在籍しているらしい。
おお。何か本当に、〝異世界学園テンプレ〟のニオイがしてきたよ。
フィコマシー様は、そんな学園に通っていて大丈夫なのかな?
侯爵家のお嬢様である、フィコマシー様。テンプレ的には、悪役令嬢の役割を振り当てられる身分だ。
まさか、『王子が婚約者』なんてことはあり得ないと思うが……。
僕が心配したところで何の役にも立たないだろうけど、気になってしまう。
僕は、フィコマシー様に好感を持っている。
身分の低い者に対しても丁寧な態度だし、メイドのシエナさんを労る姿にも感心させられた。それに何と言っても、ミーアと仲良くしてくれている。
このことが、僕の中のフィコマシー様の評価を決定づけた。
獣人への差別感情がまだベスナーク王国の人々の間に残っていると聞かされていただけに、フィコマシー様の優しさはとても有り難かった。
もしフィコマシー様やシエナさんにキツい対応をされたら、ミーアはとても傷ついたに違いない。
フィコマシー様が通っている学園は現在、約1ヶ月の春期休養に入っているそうだ。
『休暇の期間を利用して、父親であるナルドット侯のもとへ顔見せに出向くことにしたのだ』と、フィコマシー様は語る。
ふ~ん。
フィコマシー様は、侯爵家のお嬢様なんだよね? なのに、王都からナルドットの街までの道中の世話掛かりがシエナさん1人ってオカしくない? 護衛の騎士は、あの体たらくだったし。
疑問を胸中に留めて、代わりに気になっている事柄について尋ねてみることにした。
「先程、襲撃してきた男の1人が〝白鳥〟だの〝白豚〟だのと喚いていましたが、何か心当たりがおありですか?」
馬車の中の時間が、止まる。
フィコマシー様の笑顔は凍り付き、瞬きしなくなった。シエナさんが「サブローさん!」と声を荒げて僕を咎め立てる。
人間語が良く分からないミーアもフィコマシー様やシエナさんの緊張に当てられたのか、猫耳をピンとして更に毛を逆立てた。
この質問をすれば、フィコマシー様が気分を害することは分かっていた。
マコルさんたちも、意図的に男の罵声が聞こえないフリをしていたみたいだし。
でも、僕は敢えて問う。
今なら、〝空気を読まない、馬鹿な新参者の不用意な発言〟で済む。
フィコマシー様たちに嫌われたとしても、いざとなればナルドットに赴くのを取りやめれば良い。ミーアを連れて、別の街へ行くだけだ。
ナルドット到着後に、人間関係における知らない地雷を踏んでトラブルになるほうが困る。
「サブローさん! その話は、また後ほど……」
焦って話題を替えようとするシエナさんを制して、フィコマシー様がか細い声で答えた。
「〝白豚〟とは私のこと、そして〝白鳥〟とは妹のことですわ」
「悪役令嬢モノ」は大好きです。
ただ読んでると、〝ヒロイン〟の意味が分からなくなりますよね。
どっちが〝悪役〟で、どっちが〝ヒロイン〟なんだ……。
あと、〝コシタマゲる〟はお下品でスミマセン(土下座)。




