モブメイド
瀕死の重傷を負っている2人の敵に応急手当を施した僕は、気絶している3人目に関しては念のためにロープで縛り上げることにした。
こんな事もあろうかと、丈夫な細縄をポケットに突っ込んでおいたのですよ。
襲撃者への処置を終えた、僕とモナムさん。
次になすべきは、襲われた人たちの安否確認だ。
馬車に近づいていくと、しゃがみ込んでいたメイドさんがヨロヨロと立ち上がる姿が見えた。
メイドさんは折れたレイピアを手から離さず、コチラに対して窺うような視線を向けている。
僕らの正体が分からず、警戒心を抱いているようだ。馬車を護る姿勢を崩さない。
メイドさんの背後は、シッカリと閉じられた馬車の扉。
多分、あの中にメイドさんにとって掛け替えのない人が居るのだろう。
僕とモナムさんはメイドさんの前に立った。
僕らは既に武器を仕舞っているが、男2人に女の子1人が向かい合っている状況だ。絶体絶命の危機は去ったとは言え、メイドさんがピリピリしているのもやむを得ない。
美少女が「サブロー様~! 命を救っていただいた以上、私の身も心も貴方のモノです。好きになったから好きにして!」などと男の妄想全開のセリフを口にしてくれる展開は、望めない様子。
いや、メイドさんが美少女であるかどうかは、これまた別の問題なのだが。
メイドさんがケガしていないかどうか心配だったため、彼女の全身をサッとチェックしてみた。
グレーの髪はざんばらになってしまっており、メイド服もところどころ破けている。……が、幸いメイドさんに目立った負傷は見当たらなかった。
ホッとする。
…………しかし、このメイドさん。容姿について何とも表現しがたい。
歳の頃は、おそらく10代後半。
グレーの髪に、ブラウンの瞳。
背の高さは、女子の平均身長。
太ってはおらず、痩せてもいない。
目は細からず丸からず。
鼻は高からず低からず。
口は大きからず小さからず。
THE平凡。THE平均。THE平準とでも言うべきか。
僕は、知っているぞ。
……これは、あれだ。〝モブ〟ってヤツだ。
メイドさんは〝美少女メイド〟では無く、〝モブメイド〟だったのだ!!!
そんな失礼千万なことを考えている僕を、メイドさんはしげしげと見返してきた。そして、彼女はハッと何かに気付く。
メイドさんの反応の意味が、僕には手に取るように分かった。
いま、メイドさんは僕を見ながら、こう思っているに違いない。
『平均身長、平均体重、顔は中の下、パッとしない容姿。彼ってば、モブタイプだわ』と。
どちらも10代半ばのモブ少年とモブ少女。
2人の間に、秘かなシンパシーが形成された瞬間だった。
少し緊張を解いたメイドさんが、僕とモナムさんに尋ねてくる。
「助けていただいて、ありがとうございました。ところで失礼ながら、どうして救援に来てくださったんですか? お2人は、いったい何者なのでしょうか?」
何て答えるべきだろう?
返事に迷っていると、モナムさんが僕に向かって頼もしげに頷く。どうやら、モナムさんが僕たちの正体について解説してくれるらしい。
モナムさんは口下手だけど、大丈夫かな?
モブ的なメイドさんを見下ろしつつ、おもむろに口を開くモナムさん。
「レスキューメイド隊」
大男の端的な返答に、少女が絶句する。場は静寂に包まれた。
「は?」
メイドさんの声が剣呑だ。
彼女の態度を一切気にせず、モナムさんが再び告げる。
「自分とサブロー、レスキューメイド隊……メイドを是非とも助け隊」
ちょっと、モナムさん! 仰りたいことは分かりますが、表現方法がマズいって。それじゃまるで、僕とモナムさんが〝メイド大好き人間〟みたいじゃないですか。
モナムさんには、メイドよりはるかに崇高な存在たるケモノっ娘が居るでしょ? 浮気はダメですよ! 今更「ミーアちゃんに褒められ隊……」とか呟いてないで、《レスキューメイド隊》や《メイドを助け隊》などといった胡乱な発言を即刻取り消してください。
僕が自己紹介し直します!
ええと、そうだな~。
……《ケモナー様ご一行》はイマイチ……《ミーアと愉快な仲間たち》も違うような……《ネコミミ戦隊ニャレンジャー》は…………う~ん。僕の単語検索能力も、たいしたこと無いね。
モブメイドさんが僕たちと距離を取るためにジリジリ下がり、ついには背中を馬車にぶつけてしまった。
少女の頭の中における僕とモナムさんの位置づけは、救援者から不審者へと格下げになった模様。
せっかくモブキャラ同士で仲良くなれるかもしれないと思っていたのに、言葉足らずなモナムさんのせいで困ったことになったな……と僕が責任転嫁していると、『サブロー!』と叫びつつミーアが丘より駆け下りてきた。
そして、僕の胸に全速力で飛び込んでくる。
『ミーア、汚れるニャ』
僕の服には、敵の返り血がついているのに。
『そんなにょ、気にしないニャ。それよりサブロー、ゴメンナサイにゃ』
『どうして、ミーアが謝るニャ?』
『アタシが女の子を助けてって頼んだばっかりに、サブローに辛い思いをさせてしまったニャン』
そう述べてミーアはしおしおとしながらも、慰めるように肉球が付いた掌で僕の頬を撫でた。
『ミーア……』
心の底が、ジンワリと温かくなる。
人を傷つけてしまったことに対する僕の複雑な感情を、ミーアは理解してくれているのだ。
何故、僕の思いがミーアには分かったのだろう?
もともと、ミーアの感受性は豊かだった。
でも、きっとそれだけじゃ無い。ミーアが僕のことをチャンと見てくれている証拠だ。
僕はモナムさんとの間にある種の断絶を覚えてしまったが、これをモナムさんのせいにするのは間違っている。
本来、このウェステニラにおいて、僕は異分子的存在なのだ。価値観のズレは、当然生じる。
気を付けなければ、異邦人たる僕は簡単に孤独の森へ彷徨い込んでしまうに違いない。
けれど、僕の側には今ミーアが居る。
ミーアと一緒に居る限り、僕は大丈夫だ。
そう思えた。信じられた。
じ~。
何者かの視線を背後に感じ、振り向く。マルブーの手綱を握ったバンヤルくんが、立っていた。
僕とミーアのふれ合いを、バンヤルくんが指を咥えつつ羨ましそうに見つめている。
いつの間にか、マコルさんたちも馬車の側までやって来ていた。
マコルさんが、メイドさんへ自分たちの素性を説明する。
「私たちは、ナルドットと獣人の森の交易に従事している商人です。森から街への帰路、たまたまお嬢さんのピンチをお見かけし、微力ながらも助力させていただきました。私は、マコルと申します。戦った2人は、モナムとサブローくんです」
さすが、マコルさん。穏やかな物腰と流暢な語り口で、メイドさんの不安を瞬く間に拭い去ってしまった。
これが大人か!
僕とモナムさんだけでは、武器を振り回す怪しい2人組にしか見えない。しかしそこにマコルさんやミーアたち、荷物を積んだ3匹のマルブーが加われば、話は違ってくる。
真っ当な行商人一行であると、メイドさんに信じてもらえたみたい。
ブラウンの瞳の少女は、乱れてしまったグレーの髪を手早く直す。そして、僕らへ向かって一礼した。
キレイな所作だ。良いところに勤めているメイドさんなのだろう。
続いて彼女が僕たちへ感謝の言葉を述べようとしたその時、馬車の中から鈴の鳴るような美しい声が響いてきた。
「シエナ。コトは収まったのですか? 貴方は、無事なんでしょうね?」
「お嬢様。ご心配をお掛けして申し訳ありません。救援に駆けつけてくれた方々のおかげで、敵を撃退できました。ご安心ください」
「本当ですか? 良かった! それで貴方は? ケガはしていないのね?」
「私は、傷1つ負っていません。ピンピンしております」
確かにメイドさんは大きなケガはしていないけど、服には破れた箇所があるし、かすり傷も少なからず負っている。だが、メイドさんは自分が受けたダメージをおくびにも出さない。馬車の中の〝お嬢様〟を動揺させないために。
気丈な女の子だ。
あと、メイドさんの名前は『シエナ』と言うらしい。
「シエナ。私、貴方の無事な姿を確認したい。それに、助けてくださった方々にお礼を申し上げねば……」
「お待ちください、お嬢様。迂闊に外に出ては、いけません!」
どうやら馬車の中のお嬢様は、扉を開けて外に出ようとしているみたい。
それをシエナさんが、懸命に諫めている。
僕たちが安全な人間であることは、もうシエナさんにも分かってもらえているはず。
お嬢様は身分が高いから、安易に人前に姿を見せたらいけないとか、そう言う理由でもあるのかな?
でも、お嬢様の決意は固いようだ。シエナさんの制止もむなしく、馬車の中で人が動く気配がした。
〝お嬢様〟か……凄いぞ。
救出した馬車の中にお嬢様が乗ってるなんて、パーフェクトなテンプレストーリーだ。ブラボーだ! トレビアンだ! 〝モブの瞳に乾杯〟だ!
胸が、期待に膨らむ。
確信する。今から姿を現すお嬢様は、ほぼ間違いなく美少女だろう。
異世界で出会う〝お嬢様〟や〝お姫様〟が美少女なのは、天地開闢以来、決まっていることなのだ。
誰が決めたのかって? ラノベ読者という、神が決めたのだ。
メイドのシエナさんがモブタイプだったのは、前座に過ぎなかったために他ならない。
いよいよ、満を持しての真打ち登場だ!
ワクワクするね。
……馬車が、ズシンと揺れた。
ん? 地震かな? どうして、馬車が揺れたんだろう?
僕が首を傾げているさなか、馬車の扉がユックリと開いていく。
そこには、神々しいお嬢様のお姿が。
僕は目を見張り、息を呑んだ。
腰が抜けそうになるのを、必死に堪える。
それほどまでに、お嬢様の容姿は圧倒的だった。
美しいブロンドヘアー。
碧玉の瞳。
生まれてより一度も日に晒されたことが無いような、白い肌。
身を包む豪奢な衣装。
お嬢様の身体は、扉いっぱいに広がっていた。横に。
お嬢様の体重に耐えかねたのか、馬車の扉の敷居がミシミシと音を立てる。
お嬢様のスタイルは、残念ながらスリムでは無かった。
しかし、グラマーとも言えない。
グラマーと呼ぶには、あまりにもその範疇を逸脱している。
お嬢様の身体は、大変肉づきが宜しい。
けれど、男性の憧れであるボン・キュ・ボンでは無い。強いて述べれば、ボヨヨン・ボヨヨン・ボヨヨンである。
そう、お嬢様は鏡餅だった。
ボンレスハムだった。
横綱だった。
お嬢様は〝デ◯(お嬢様の名誉を守るため、一部の文字を伏せています)令嬢〟だったのだ!
人外のヒロインしか居なかったため、人間のヒロインも出してみました。
モブメイドに、デ◯令嬢……。
あと、ネコミミ戦隊ニャレンジャーの構成メンバーは以下の通りです。
・司令猫……クイーン=ミーア(君臨すれども統治せず)
・赤ニャンジャー……マコル(現場リーダー)
・青ニャンジャー……キクサ(クール系)
・黄ニャンジャー……モナム(別にカレーは好きでは無い)
・桃ニャンジャー……サブロー(頭の中が桃色なので……)
・緑ニャンジャー……バンヤル(若葉マークの見習い)
ちなみにライバル団体は、イヌミミ警備隊ウルトラワン……。




